第21話『ウサギのネックレス』
「おや。家族で買い物かい?いいねぇ」
「ホホ、孫にとびきりのプレゼントがしたくてのぅ。のうばあさんや」
「……ええ。そうですね。じいさま」
老夫婦が孫を連れて買い物をしている……という設定にした。
なにを言っているのか、自分でもよくわからなくなったので孫――ノエルが楽しそうに商品を見ている間に、こうなった経緯を思い出そうと思う。
まず私たちはお互い簡単な自己紹介をした後ノエルに『ご主人様』について知る限りのことを聞いた。
そしてノエルの『ご主人様』への襲撃は今夜に決まり、そのためには色々と準備が必要になってしまい、買い物に出ることになった。
リオナルドが行くというので反対。もちろん理由は顔が割れているから。
私とともに行方不明のままでいてもらわなければ困る。行くなら私のほうがマシだ。と、至極まっとうなことを言った私に、リオナルドが『大丈夫』と自信満々で自分の荷物から取り出した、なにやら手のひらサイズの薄い紙……いや、布?それを私たちに見せてきた。
『仮相のヴェール』という魔道具らしい。
使い方は簡単。顔に貼り付けるだけで、あらかじめその紙に登録された顔に変貌できる。
さすがに声や背丈を変えることはできないが、とリオナルドが自身の顔にそれを貼りつけると、あらゆる女を魅了させるであろう顔がしわしわの老人になった。骨格も変わっている。
「あとは着替えるだけで誰も気がつかんというわけじゃ」
そう話すリオナルドの声が変わっている。そういう特技を持っているらしい。
パチパチと拍手するノエルの横で、私は口を開けていた。
いや、背丈と魔力でわかるだろっ!
……そう思ったし実際にそう言ったが、リオナルド曰くそれがわかるのはセリナレベルだ、と反論されてしまった。
驚きすぎて思わずいつもの調子じゃない言葉を使ってしまったことを反省しつつ、まぁそこまでするのならばとリオナルドにお願いをして、私はノエルとともにここで待とうと決めたところで問題が発生した。
「……わたしも……街、行きたい……」
喜ぶリオナルド、ダメという私。
リオナルドは服を買ってフードをしていればバレないと言うが、リスクを少しでも減らしたい私は猛反対。
その口論に決着をつけたのは、ノエルの一言だった。
「……わたし、街に行く。セリナと一緒は嫌。セリナ嫌いっ」
リオナルドにべったりとくっつき私に敵意を見せるノエルを見て、なにを争っているのだろうと急激に気持ちが覚めていくのを感じた。
それなら仮相のヴェールを一枚でいいからくれたら、それを見て一人で待っているから二人で行けばいいという私に、リオナルドが微笑んで仮相のヴェールをもう一枚取り出し、私の顔に貼りつけた。
「これは国家機密じゃ。解析してしまいそうなセリナに渡すわけにはいかんし、なによりセリナ一人にさせるわけにはいかないのう?狙われているのは君なんじゃから」
――そんなわけで……顔を変え老夫婦となった私たちは、リオナルドが普段から持っているという、いつもと違う服を着替え終えるまで待ち、街へと繰り出したのだった。
まずは私とノエルの服装選び。この『東国』の国民っぽい服装をリオナルドが選んだ。
もちろんリオナルドのお金で。
そのあとは突撃のための準備。最低限の必要な物だけそろえた。
リオナルドのおごりで。
そして、ノエルが目を輝かせ見ていたチョコレートがたくさんかかったケーキの看板。ノエルが『こんなもの食べたことがない』というので食べた。ついでに私もいただいた。同じく食べたことがなかったので。
リオナルドの支払いで。
そして今は、小物を見ているノエルを二人で微笑ましく見ているところである。
えぇ。もちろんお会計はリオナルドで。
笑みを浮かべるのは得意だが老人の真似事は初めてなので、どうしたらいいのかよくわからない。とりあえず人当たりの良い人物になれば問題ないだろうと、いつものようにとある人物の真似をする。
そう――私の中で一番人当たりが良いと思っている人物、妹のリアナの真似だ。
リアナの人を虜にするふるまいは私にはないもので、素直にすごいと思っている。教育係にも『聖女』としてリアナのようになれとよく言われた。
だから、人当たりの良い演技をしようと思うと、やはりリアナの真似事のようなことをしてしまう。
……いや、今はそんなことどうでも良い。
横をちらりを見ると、目が合ったリオナルドが私へ、にこりとしわしわの顔で微笑みかけてくる。
なにをやっているのだろう……そう思っているが、目の前のノエルが得た自由の邪魔をする気にはならない。とまどいながらも楽しそうに街を歩き、食事をし、好きな物を選ぶ。
なにものにも縛られない世界。それが自由だ。
「……これにする」
何度もこてん、と首をかしげながらもノエルが選んで見せてきたのは、デフォルメされたウサギが描かれたものがついたネックレス。なんの付加価値もないガラクタのようなものだ。
「そうかそうか。じゃあじいさんが買ってあげるからね」
リオナルドがノエルの頭を撫でると、ノエルは嬉しそうに笑う。子供らしい無邪気な笑顔だ。
私はそれを見て微笑みながらも、心の中でため息をついた。
ノエルの自由への一歩、その手助けと言えば聞こえが良いのだろうが、あいにく私にはそんな余裕はない。私自身が自由を求めているのに。他人への手助けなんてもうしたくない。
……だが、ノエルが戸惑いながらも見せる一瞬の笑顔。自分でもわからないが、なぜかこれだけは見たいと思ってしまう。
子供に限らず、老若男女どんな人間も嫌いと思っているし、ノエルはリアナのような可愛らしい容姿をしているわけでもない。
なのになぜ……?
「どうかのうばあさんや?似合っておるじゃろう?」
リオナルドが見せたのは、買ったばかりのウサギのネックレスをつけたノエル。正直どうでもいいが、にこりと笑いすこし大げさにほめてみる。
……と、ノエルはまたも笑顔を見せた。
私も笑う。作った笑顔で。
「そうですね。じいさま」
……この気持ちは……一体なんなのだろう……?




