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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第一章『東国(ひがしこく)』編
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第20話『第一歩』

リオナルドが私に『休んでいて』と言い、どこかへ向かおうとしていたので聞いたら、食料を買うついでに街の様子を見てくるというので、必死に止める羽目になった。

自身の顔が割れている自覚がないのか、隠れきる自信があるのかは知らない。だが、リスクを上げることはやめてくれと説得をしても、返ってきたのは『大丈夫だから』の一言。そんなわけあるか。


そんな押し問答をしていたら、夜が明け――


葉についた朝露が陽の光に当たって綺麗に輝いている。

そんな感想を抱けるほどには騒動が落ち着いたそのとき――少女はようやく目を開けた。


「目が覚めたようですね。気分はどうですか?」


私が奪った――少しの間だけ『東国』から借りている例の敷布の上に寝ている少女、その横に座った私が声をかける。

少女は何度か瞬きをして『うーん』と目をこする。焦点が合わないそのままむくりと起き上がると、少女にかけられていた布がずり落ちた。


「起きて大丈夫か?痛みはないか?」


そばで立っているリオナルドが少女に声をかける。少女は焦点の合わない瞳でリオナルドを見つめるだけ。

これは……まだ状況を把握できていないな。


「奴隷紋は消えましたよ。痕は少し残っていますが、大丈夫。もう自由です」


私の言葉に少女はハッ!となって自身の背中を触り、ビクッ!と体を震わせ顔をしかめる。

まだ痛みが残っているのだろう。取り除きたいが一時的な対処にしかならないし、自然治癒の妨げにもなりかねない。

少女は自分の両手を見つめ始めた。そして、自分の頬をゆっくりと触り始める。


「……わたしはセリナという女を連れ去る」


ちら、と少女が私を見たので、にこりと微笑み返す。

少しの沈黙。

やがて状況を理解したのか、少女の黄色の大きな瞳が、さらに見開かれた。


「……体、動かない」


少女は武器を持って私に襲いかかろうと……しない。

ひたすら自分の頬をムニムニと触っている。


それが抑揚のない少女の表情が変わったのを、初めて見た瞬間だった。


リオナルドが安心したという風に息を吐くのが聞こえた。いつもの穏やかな微笑みではなく、優しい笑みを浮かべ少女を見ている。

そんな少女は私に、こてん、と首をかしげて見せた。


「……ここは?」

「街から少し離れた森の中です。とても澄んだ空気で良い場所でしょう?」


そう。私たちがいるのは、この前浄化したばかりの遺跡を囲っている森の中。


さすがに『東国』の騎士たちが行き来している遺跡からは離れている。だが、あそこに多量の浄化の粉を撒きまくったおかげで、この森全体に魔力がたくさんあり、一時的にだがパワースポットのようになっている。

少女もだが、私もリオナルドも回復するにはちょうど良い。そう思ってここを選んだのだった。

ここは川も木々も生き生きとしているからか、見える景色がとても綺麗だ。風も心地良く吹いていて、できるならいつまでもここに居たい……そう思うと結構気に入ってしまっているのかも。


「……いいかも」


少女は手はそのままで、ゆっくりと辺りを見回している。景色を気に入ったようでなにより。

……さて。もう少し景色を堪能してもらいたいところだが、先に話してもらわないといけないことがある。


「あなたの名前、聞いてもいいですか?」

「………………」


奴隷に、まるで両親が愛情をこめて子供につけるような、そんな名前をつける『ご主人様』は少ない。便宜上、番号やコードネームのようなものをつけることがある程度。この少女もその類だろうか……

少女は私をまっすぐ見る。体がぶるっ、と震えているのに気づいた私は、少女の手をそっと取り両手で包み込む。

そして、その黄色の大きな瞳をじっと見つめ返した。


「大丈夫」

「……あ……う……」


それから少女の言葉を待つ。風が吹く。木々が木の葉の音を立て、彼女の茶色の髪を優しく撫でた。まるで応援するかのように。

そして……少女の口が動いた。


「……ジュウサン……って呼ばれてた……でも、お母さん、は、ノ、ノエルって……呼ばれて、呼んで、くれ、てた……っ!」


少女――ノエルの瞳から、大粒の涙となって溢れて落ちた。

私は震えるノエルの手を決して離さずに……そして優しくノエルを見つめ続けた。


「ノエル……とても素敵な名前です」

「……わたっ……しはっ……数字なん、か、じゃっ……なくて……っ!ずっと……!ずっと……!わたっし、は昔から……っ!わ、わわわたしっ、ノエル……っ!」

「そうですか。ではこれからはノエルと呼びますね」

「うん……!うんっ……!」


大声で泣くノエル。初めて会ったときとはまるで別人のように子供らしい。

たまっていたものが開放されたとき、人はみんなこうなるのだろう。


――私もそうだった。


彼女の背中には傷つけられた痕があった。戦闘で傷ついたのもあるだろうが、それだけではないことはこの様子を見ればよく分かる。

自身の体に合わない大きな服を着せられ、ボロボロのままで放置され、ただ番号で呼ばれる消耗品。

十三番目、そう呼ばれていたとノエルは言った。

ということはおそらく、ノエルは十三番目の奴隷……


もう私は『聖女』ではないし、希望やら癒しやらを背負っているつもりもない。

だが、その『ご主人様』とやらに少なくとも十三人分、同じ思いをしてもらわないと、この胸のムカムカがとれそうにないみたいだ。


ちらりとリオナルドを見ると、唇をかみしめ苦々しい顔でノエルを見ていたが、やがてノエルの後ろにゆっくりと回って背中をさすり始めた。

銀の瞳はノエルに見せないようにしながらも鋭く、怒りと悲しみに満ちているように見えた。


私はノエルに目を戻すと、手をずっと握り続けた。

震えるその手が止まるまで。その声が全てを吐き出すまで。

その涙がたまった心の膿を、全てを出し終わるまで。


ずっと。ずっと……




「決戦は今夜です。必ず『ご主人様』に思い知らせてやりましょう」

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