第02話『追放』
人には必ずやらなくてはならない儀式がある。
生まれた子は必ず協会にある水晶で『聖女』としての適性があるかどうか調べるのだ。初代『聖女』が女性だったという事でその称号名になっているが、男も女も適正があれば『聖女』の名を与えられそのまま国の管理下に置かれ、教育され、国を支えなければならない。
『聖女』の適性――それは魔力の保有量。
人が持つ魔力は限られている。せいぜいコンロに火をつけるとか暗い道を足元が見える程度に明るくする程度。『魔法使い』と呼ばれる冒険者もいるが、平均値よりも魔力量が多いというだけで、それほど多くの魔法が使えるというわけではない。
だが、まれに桁違いの魔力を持って生まれ来ることがある。その者が『聖女』となるのだ。
そして、初代『聖女』が平和と安寧のために張ったと言われている『人間の国全体を覆う魔法陣』を維持し、『聖女』として国の平和と安寧を祈る。
この魔法陣は人間の国を他の種族から守るためにある。世界にある全ての国を守るのだ。相当な魔力量が必要なのも当然だった。
やりかたは簡単。人間の国にある鍵を起点とし、魔法陣を作り上げそれを維持するだけ。言うは易し。
魔法陣が不安定になると、人間の国の守りがなくなることで他の種族が国に襲撃に来たり、農作物の収穫量が減少したり、気候が安定しなくなったり、その他にも各地で争いが増えるなど次々と発生するだろう。
ちなみに我が妹、リアナはこの国が建立されてから今までで一番の魔力の持ち主だ。当然リアナは『聖女』として国を守る――はずだったのだが、リアナは国でお姫様のような暮らしが楽しかったようで『聖女』としての役目はあまり果たしていなかった。しかし、それは世間にバレていない。何故か。
全て私一人で行っていたため、そのような結果になったのだ。
リアナほどとはいかなくても『聖女』としての魔力を持って生まれた私、セリナは、妹のおもり兼『聖女』として教育され、国を支えてきた。
今この国の『聖女』は私とリアナだけだったので、リアナの仕事も私がやればバレることはかった。
なにより歴代最高魔力の『聖女』であるリアナを重宝せよとの国のお達しで、周りにいた人々がこの事実を漏らさなかったというのが大きい。
それでも、それでもよ。必ずその真実はどこかで漏れるものである。人の口に戸は立てられない。しかし、そうだとしてもわからないお馬鹿さんか、それをネタになにかをやらかそうとしている腹黒だらけがこの国、というわけなんだけど。
そして、お馬鹿さんの一人であるアルベルト第二王太子殿下は、可愛い可愛い聖女様のリアナと運命の出会いを果たし、恋に落ち……嫉妬に狂って妹にアレコレいじめをする、現婚約者のセリナさえいなければ……と考え始める。
それに、はためから見れば『妹を支えず役にも立たない姉』という構図がじゅうぶんに出来上がっていたので、それを理由に追い出したかったというのが本命なのかもしれない。そんなのが婚約者、未来は自分の嫁と考えるだけで、アルベルトは嫌だったでしょうからね。
そして起こったのがこの騒動、といったところだろう。
さすがに。さすがによ。国王はリアナの怠慢ぶりを知っているようだった。けれども、リアナの膨大な魔力が魅力的に思え、リアナの機嫌を損ねたくなかったか、私などいなくてもリアナをこれから教育していけば良いと思ったか、そこらへんは私にはわからず。
国王には幼い頃にしか会っていない。あとは遠くで盗み見た程度だ。なのでどのような人物か私には図りかねる。
他の人の評価などあてにはならないからね。
……しかし、リアナは焦ったでしょうね。ずっと私がやっていたことをこれからは自分でやらないといけないのだから。だから必死で止めたのでしょうけど無駄に終わったと。これで今までのようなお姫様のような生活はできなくなるでしょう。まぁ大変。
「おい。もっと早く歩け」
私の後ろにいる二人の兵士のうちの一人がイライラしながらそう言う。
無茶言うな。こっちは重たい公式『聖女』ドレスだぞ。
重たい紫のドレスが、さらに重たくするかのように金や銀で繊細な装飾がされている。さらに腰まである長い髪をまとめた、たくさんの髪飾りたち。そのうちの一つは特別なもので、絢爛な輝きを放つかんざし調の髪飾りだ。こちらも重いし固い。
――まぁ、この人達もなにも知らないのだから仕方ないか……なんて。
「ふ……」
バレないようにそっと笑みをこぼす。
あのアルベルトだけではない。この国の者は魔法陣の維持がリアナだけで成り立っていると思っている。そして私は魔力だけ認められている役立たずの『偽物の聖女』だと。
おかげでどこに行っても私に向けられる目は冷たい。『偽物』は出てけ!と何度言われたことか。
……ほら。こうして毅然と街を歩いていても、道を開けていく民衆の目が冷たいこと。やっとか、って思っている人もいるでしょう。
「うふふ……」
今度は、わかるように笑った。私を見て、周りの人々がざわついている。
『偽物の聖女』の笑みが、どれほど嫌悪感を引き起こすだろう。きっと、私がいなくなって、嬉しく思うに違いない。
……でも、実は私も同じよ。
当たり前でしょう!こんな国、いつだって捨ててどこかに行きたかったわ!罵倒や中傷、陰口、石や物を投げつけられる……そんな場所にいたいわけがない。
この国では、誰もがリアナの味方だ。両親も、知っている人も、知らない人も、みんな、みんな!
あぁ、嬉しい。こんな重いドレスを着ていなければ、今すぐにでも駆け出したい気分だわ。
そして絶望しなさい!貴様らの平和が今日で終わることを思い知れ!
私が復讐もせずに国を出るとでも?否!断じて否!しっかりと魔法陣に細工を施してやったわ!
魔力ギリギリの魔法陣にしておいたわ。すぐにでも魔力を注がなければ、魔法陣は機能しなくなる。
でも、ちょっと待って。そこには簡単には解けない仕掛けがあるの。でも仕掛けを解かない限り、魔力を魔法陣に注ぐことはできない。でもそれは当然よね、この国の要だから、他の誰かが魔力を操って支配することを防がなければならない。
仕掛けはたくさん。元々あった仕掛けはパスワードのみ。そこに繊細な魔力操作で取り除かなきゃいけない魔力の塊だったり、順番通りに魔力を注がなければ解けないものだったり、特定の操作をしたのちに魔力を適量注がないといけないものだったり、ここでは語り切れない仕掛けが色とりどり!
リアナはそんなこと知らないわ。というか、私以外誰も知らない!
あぁ、こんな大変なことになってしまうなんて!魔法陣で守られているこの国、人間の国が終わってしまう……困れ、困れ……あははははは!
はは……は……
………………
まぁ、リアナがちゃんと魔力を自在に操れるようになれば、この仕掛けは解けるのだけれども……
「着いたぞ。手を出せ」
国の入り口にある外敵から守る大きい門の前。兵士は私の腕を乱暴に持ち上げると手首に重たい石の手錠のようなものをつけた。
「これでお前は本当になにもできないな。せいぜい野犬に食われないようにしろよ」
ドンッ!と背中を押され倒れる私。そして……
「じゃあな『偽物の聖女』さんよ」
いかにも重たそうな音を立てて……門は閉まっていった。
――ややあって。
やれやれと起き上がりドレスの埃を払い、腕を上げて大きく伸びをする。
どこまでも続く綺麗な青空。さわさわと囁く草達。人のいないゴツゴツとした地面に敷かれている道。
あぁ……自由だ……
つい数十分前までは鳥かごの中にいる気分だった。でも、もう私は好きに生きていいんだ……!
顔を両手で覆った。
これからどうしよう?
持ってきたものは私が小さい頃から大事にしてきた書物と日記だけ。これには私のノウハウが全て書かれている。
時空の倉。時間と空間の狭間に収納できる倉庫のような魔法。容量は魔力量によって決定される。いつでも出し入れ可能な便利な魔法で、一般人でも使える簡単なものだ。
荷物をまとめる時間さえもらえなかった。だが、こんなことも日常茶飯事だ。
だから、私はここに大切なものは全てしまっておいていた。
とりあえず着替えよね、こんなドレス着てる庶民なんていないもの。それから夢見ていた冒険者になるのもいいかも?それとも、どこかに腰を据えてのんびり暮らすのもいいかもしれない。魔力の扱いかたはわかっている。それを使った商売を開いてもいいかもしれない。あぁ、なんでもできる。なんにでもなれる。もう、あんな……
……あんな……
――聖女としての訓練は過酷を極め、逃げることも許されなかった。幼い頃から戦場に放り出されることもあった。
だが私はそれでも諦めず、自分の身を守る術を学び始めた。人々の心を読む観察眼、いざという時に役立つ戦闘技術、自身の持つ莫大な魔力の操作、それらは全て私の生存本能が生み出したものであった。
「……だめ」
首を左右に振る。
思い出すな。こんな素晴らしい日に思い出してはいけない。前を向け。
自由だ。憧れていた自由だ。
大きく深呼吸。
……よし。大丈夫。いつもの私だ。いつもの誰もが知っている『偽物の聖女』のセリナだ。
大丈夫。
大丈夫……
「……よし」
私は後ろを振り返ることをせず、そのまましっかりとした足取りで歩を進めたのだった。