第18話『襲撃』
それは夜中に起こった――
滞在して五日目。
調べたいことや聞きたいことがあっても、のらりくらりとかわすリオナルド。イライラヤキモキしながらも約束通り毎日ちゃんとおごらせた。その後、自分の財布を確認しリオナルドが少し涙目になったところを見て、留飲を下げた日。
気配に気づき、同時に飛び起きる私とリオナルド。
二人とも襲撃の構えを取りドアのほうを向く。そのあとドアがゆっくりと開き……
そこには、一人の女がいた。
ドアを開け、その場に立ったままの女は私のほうをじっと見つめていた。
歳は十代だろうか?無表情にも似た顔にある黄色の大きな瞳は、ゆっくりと移ろうように部屋を見回している。
茶色の肩まである髪を服と同じ素材の髪留めで止めている。
灰色のフードつきの少しブカブカなトップスに黒の手袋、黒のタイトなミニスカートの下に短いスパッツを履いているのが見える。
腰に巻かれたベルトと、両太ももの少し破れた網タイツに巻かれたベルトには、左右それぞれ一本ずつ剣が収まっている短い鞘があり、腰の鞘のほうは、収まっていなければいけない二本の短剣が女の両手にある。
その服はところどころ破れていて、それは今まで場数を踏んできたということを物語っていた。
「……こんばんは」
可愛らしい高めの声で抑揚もなく挨拶をする。その黄色の瞳はずっと私だけを見ている。
どうやら狙われているのは私だけのようだ。
しかし、こういうことは慣れている。私は努めて冷静に女に話しかけた。
「こんばんは。私になにかご用でしょうか?」
「……はい」
その言葉が耳に届いた瞬間――
窓に向けて魔力の糸を放ち、部屋の外にある鉄骨に巻きつけると、それを勢いよく縮めて外に出る。
見ると、さっきまで私が居たところに女が剣を突き刺していた。
魔力の糸を使い地面に降りる。さっきまでいた宿屋のほうを見上げると、その屋根に月を背にして女は立っていた。
「それで?要件はなんでしょう?」
にこりと笑う私に、女は最初から変わらずの無表情で私を見つめ、剣を構え直した。
「……一緒に来てください」
ビュッ、と風を切る音と同時にギィンッ!という金属が重なり、はじける音が聞こえた。
私の目の前にはリオナルド。その奥には剣を一本失った女が対峙していた。
「あの少女に見覚えは?」
「ありませんが、狙われる理由ならいくらでも」
「……なるほど、なら守らなきゃな。この国の恩人を」
リオナルドが私のほうを見ずに質問を投げかけ、納得すると剣をしっかりと構える。
正直、守ってもらえると思っていなかったから驚いている。リオナルドは関係なさそうなことなのに。
それに、恩人なんてたいそうなことをしていない。私に守る価値はないのに――
そのことを言おうと口を開こうとしたが、その前に女が声を上げるのが先だった。
「……邪魔です。あなた。どいてください。あなたは連れていくことになってません」
「誰からの命令だ?」
「……どいてください。連れていくのはその人だけです」
「連れていく?殺すのではなく?」
「……どいてください」
リオナルドと話をする気はない、と。
女はリオナルドに弾かれた自分の短剣が地面にあるのを確認すると、そのほうへ手を伸ばす。すると短剣は弧を描くように宙を舞い、女の手元に戻った。
――なるほど。短剣と魔力の糸を繋いでいるのか。
短剣だろうがなんであろうが、魔力の糸で自在に操ることはなかなかできることではない。この女、相当訓練をしている。
手には二本の短剣。宙には魔力の糸で操られた二本の短剣。それが月明かりによって妖しく光る。
「私が連れていかれる理由はなんですか?」
今度は私が問う。すると女はこてん、と首を横にかしげた。
「……知りません」
襲撃や誘拐なら今まで何度もあった。
それは老若男女関係なく、逆恨みやら、リアナがやらかした罪の肩代わりやら、私がリアナを殺そうとしているという根も葉もない噂を聞いてリアナを守ろうと刺客になった者や、単純に気に入らないなど実に様々な理由で殺されかけた。
それに加えて、こういう特に理由も知らずに依頼を引き受ける暗殺者も見てきたから、特に驚くこともない。
「では私はどこに連れていかれるのですか?」
「……『中央国』です」
『中央国』からの刺客……
なるほど、私が生存していたのがバレたか。
たぶんだが、エンシェントスケールキャットのことで派手に暴れすぎた結果だろう。あれを一日で収めるなんてなかなかできないことだったらしいから、それができるのは私しかいないと思われてもおかしくはない。
それならば、もう少しゆっくりやっても良かったのかもしれない。自分の首を絞める結果になるくらいなら……だがそれだと、エンシェントスケールキャットは死んでいた。
『ニゥ』
エンシェントスケールキャットの寝顔がなぜか頭の中によぎった。そのことを忌々しく思い、心の中で舌打ちをする。
……もう過去の話だ。振り返るのはやめよう。
では今の話。こうやって襲撃されたときどうするか?いつも通りの対処をするしかない。
そして私はいつもどうしていたか。そんなの一つに決まっている。
当然――依頼者ともども皆殺しだ。
「夜中なので、お静かにお願いしますね」
私を狙ったからには、苦しんで死んでもらう。
死ぬ間際の悲鳴は好きじゃないので、ちゃんと口はふさいであげるから安心してね。
「――セリナ!?なにをっ……!?」
私の殺気に気づいたのかリオナルドが非難の声を上げるが、もちろん無視。
殺気に気づいたのか女が動く。だが――遅い。それより先に魔力の糸で拘束した。
口は最後に巻くことにしよう。殺す前に情報を集めておこうか。
「あなたの依頼主は誰ですか?」
「……教えられない」
「痛い目に遭うかもしれませんよ?」
「……いつもそうだから平気」
確かに、そのボロボロの服を見ればわかる。そういった脅しは聞かない。
ならば……
「あなたの年齢を聞いてもいいですか?」
「……知らない。十代?と言われた」
「好きなことはなんですか?」
「……別にない」
なるほど。依頼以外のことは普通に答えてくれるわけか。
それなら聞きようはいくらでもある。
「いつもこのようなことをしているのですか?」
「……してる」
「失敗したことはありますか?」
「……ある」
「失敗したあとはいつもどうしてるんですか?」
「……怒られる」
「誰に?」
一瞬の沈黙。女の首がわずかに動こうとしただけ。
おそらく女のクセである首をかしげるポーズをしたかったのだろうが、拘束されていてできなかったのだろうと思われる。
「……ご主人様に」
「おい、ご主人様ってまさか……」
『ご主人様』という言葉にぴくっ、と反応し、声を上げるリオナルド。その顔は今まで見てきた中で一番険しい。
その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏にも一つの可能性が浮かんだ。リオナルドも同じことを考えたとなると……いや、だが、そんなことは正直どうでもいい。私は狙ってきた相手に手加減をするつもりはない。
そしてこの女からはもう情報は得られないだろうと判断した私は、手をかざし血変を使おうとして――
「……苦しいです」
女は自分の魔力の糸を器用に操り、先端についた短剣を振り自分の周囲を一閃させ、自分の体に巻きついた私の魔力の糸を全て斬る。
甘い縛りにしたつもりはなかったのに、こいつっ……!
ヒュンッ、という風切り音が聞こえ、とっさに後ろに飛ぶ。すると私のいた場所に魔力の糸がついた短剣が落ちてきた。リオナルドを避けるように正確な軌道を描いて。
その間に私と距離を詰めてくる女。リオナルドが止めようと剣を振るが当たらない。
よく見ると、リオナルドはさっきまで抜き身だった剣を収め鞘で戦っている。今の攻撃も手加減したのだろう。だから外れた。
理由はたぶん、私が殺されないとわかったことと、おそらくさっきの『ご主人様』からくる予想から、この女を殺す気がなくなったのだろう。甘すぎるが、リオナルドらしいと言えば納得できる。
「……おとなしく来てください」
女は手に持った剣を私の足に向けて薙ぐ。ジャンプして避けたが、足を斬って動かなくさせるつもりだろうか?今のが当たっていたらじゅうぶん致命傷になるのだが……この女手加減を知らないのか。
ならばこちらも――
「お断りしますっ」
「ぐっ……!」
向かってくる女に私も向かって飛び、勢いをつけて女の腹に蹴りを繰り出す。その攻撃は直撃し、女は息を詰まらせそのまま吹っ飛ぶ。
そこそこ強めに蹴ったからたぶん動けなくなっているだろう。そう思い、倒れる女に近づこうとして――その場から離れる。
その瞬間、二本の短剣が私のいた地面に刺さる。短剣には魔力の糸。吹っ飛ばされながら操ってたのか。
見ると、倒れていたはずの女がいない。その間にも短剣は地面から抜かれ宙を舞う。
――上っ!
見上げると、女は月に光る短剣を魔力の糸で動かし、もう私を狙っていた。
だが甘いっ!
私は明かりの魔法を女にぶつけるように投げる。
「うっ……!」
とっさに手で目を隠して避ける女。そしてそのスキを見逃さず、私は女に手をかざして女の体に流れる魔力のコントロールを奪った。
戦闘中、ずっとやっていた魔力の解析がようやく終わった。もう女に魔力を使わせない。指一本動かすことも許さない。
「――捕まえた」
空中で大の字になって硬直する女に、手をかざしにこりと笑う私。
このまま血変を使ってめちゃくちゃにしてしまってもいいけど……
ちらりとリオナルドのほうを見ると、剣を収めずこちらの様子をうかがっている。女だろうが私だろうが、危険なことをしたら止めるとその全身で訴えている。
リオナルドをここで敵に回すわけにはいかない。それは『東国』を相手取るということになるのだから。
ふぅ、とため息を一つ。そして手を掲げたままリオナルドを見て、肩をすくめて苦笑する。
そのまま動かない私がなにもしないと確認できたのか、リオナルドは警戒を怠らないまま動けない女の背中のほうに回っていき、なにやら少し戸惑って、大きく息を吐いたあと――服を強引に上に引っ張りあげて脱がせた!
理由はだいたい想像つくが、わざと引いてるような態度でリオナルドを見る。
「えっ……リオナルド様まさか……そのような、その、ご趣味があったのですか?」
「ち、違う!そんなんじゃない!セリナ、これを見てくれ!」
慌てるリオナルド。結構からかえて楽しいなこの男。
内心笑い、表では引いた態度を見せながら、言われた通り私は女の背中のほうへ行き、確認する。
……やっぱりね。そうだと思った。
結果は予想通り。
そこには無数の傷跡と――忌々しき紋章、奴隷紋が刻まれていた。




