第17話『サーモンのレモンバターソテー』
「エンシェントスケールキャットは……その、確かに安全が確認されたあと国が保護、という話だったのだが……国の方針が変わったようで、一晩経っても特に問題なさそうなら保護するよう命令が出ていて、その……」
『休まなくてもいいのか』と、話をそらすリオナルドを連れて街まで戻り、前にも来た大衆食堂で朝ご飯を食べた。もちろんおごりで。
サーモンのレモンバターソテーとサラダにパンという豪華な軽食に舌鼓を打ち、とても満足して美味しい紅茶で一息。
これで冷静に話を聞けそうだ。そう思った私は『じゃあ部屋に戻って休もうか』と言うリオナルドとともに部屋に戻り、にっこりと笑って尋問。
もちろんエンシェントスケールキャットのことについて。
「なるほど。それで?」
「いや、私も今朝クインに知らされたばかりなんだ!でもせめてエンシェントスケールキャットの目が覚めるまではと言ってみたんだが、命令だときかなくて……すまない」
クインとか言った女が持っていた、エンシェントスケールキャットを囲む透明な四角い箱。
あれは熾天晶匣という魔道具だ。
使用者の魔力量に依存せず中にいる者を回復・保護する魔道具で、戦場や旅先で応急処置できるのが大きなメリット。外部からの攻撃や強い魔法の影響を一定時間防ぐことも可能。
呪いや毒などは効果が薄く、使える回数が決まっている消耗品で、一般的にもよく使われる親しみ深い魔道具だ。
そう考えると確かにちゃんと保護されている。だが、聞いていた話と違うと頭にくるものはある。
「いや、大丈夫だ。悪いようには決してしない。それだけは絶対に約束できる」
「はぁ、そうですか」
焦って早口でまくし立てるリオナルドを見ていると、怒りが少しずつ収まってくる。
出会ってからそんなに経っていないけれど……この男、結構表情が変わるのね。てっきりずっとニコニコしているだけだと思っていた。
――まるで私のように。
そんなことをふと考えると、考えても仕方がないという余裕が私の中で生まれてきた。リオナルドの意外性が私の怒りを少しずつどこかに飛ばしていっているみたいだ。それにここでリオナルドに怒ったところでなにも変わらない。
本当。本当に、あれだけニコニコ笑いながらこちらを観察し、プレッシャーをかけてきた男とは思えないくらい。
なんだか肩の力が抜けて笑えてくる。
エンシェントスケールキャットを国に渡すというのは聞いていたことだし、それが遅いか早いかの違いだ。私に危害が及ぶわけでもないと思えば……そこまで怒らなくてもという気分になってしまった。
私はため息を小さくついて、苦笑しながらリオナルドを見る。
「もういいです。よくわかりました。それよりも、私はこれからどうしたら良いのでしょうか?」
「あ、あぁ。そのことなのだが」
対面に座るリオナルドが姿勢を正しコホン、と咳払いを一つ。その間に私は紅茶を口に運ぶ。
「今回の件、本当にありがとう。おかげで街が守られた。しかもこんなに早くに解決するなんて……セリナは『東国』の恩人だ」
頭を下げるリオナルドに面を食らう。
お礼をされるようなことをしたのだろうか?これくらいこと、やるのが当たり前のことだと思っていたのに。
私は慌てて紅茶のカップを置き、両手を横に振った。
「い、いえ、あの、頭を上げてくださいリオナルド様」
「個人としても『東国』の人間としても礼を言いたかったんだ」
頭を上げて私を見るリオナルドの笑顔がまぶしい。心の底からの感謝と安らぎによる言葉と穏やかな態度。
……私なんかに……?
「それで、今後の話だけど、今回の件の規模が大きすぎてギルドが確認に手間取っているようなんだ。だから、それが終わって報酬を決めるまでは、ここに滞在してもらうことになると思う」
「そうなのですか」
「そうだな……一週間もかからないとは思う。国も事態を把握していることだからね」
早く他の国に行きたいところだったが、報酬がないと動くこともできない。仕方がないか。
「その間はぜひこの城下町を堪能してみてはどうだろう?セリナはまだ来たばかりでまだ行っていないところがたくさんあるだろう。私が案内するし、おごるよ」
ほほう……言ったな。浄化の粉たくさん買って、痛い目に遭わせてやろうか。そして魔道具の値段の恐ろしさを思い知らせてやろうか。
……なんて思ったけどやらない。宿代や食事代すらおごってもらっているし、このままおごられっぱなしだと逆に借りを作ることになりそうだから。
――となると、さて、どうしようか?
リオナルドの言う通り観光してもいい。美味しいもの、珍しいもの、そういうものを自由に見るために出ている旅だ。
だが、どうしてもあの遺跡で感じた不思議な力が気になる。それに『東国』に魔法陣の影響が出ていないのも気になる。魔法陣とは人間の国を守るための結界ではなかったのか?
私が知らないなにかがあるような気がして、どうにも心が落ち着かない。
だが、リオナルドがそのことを話すとは思えないし、遺跡探索の許可を出しそうにもない。
ならば、なんとかこの男の『目』を出し抜いて、遺跡を調べる方法を見つけたいが……
「セリナ。一応言っておくけど、余計なことはだめだよ」
……ちっ、やっぱり見抜かれたか。本当に厄介な男だ。
このリオナルドの『目』とカンをかいくぐるのは至難の業だ。
ならば……おとなしくしているしかない、か。
ふぅ、とため息を一つ。そして苦笑する。
「わかりました。では、リオナルド様のお言葉に甘えさせていただきます」
「そうこなきゃな。セリナが気に入りそうなところに案内させてもらうよ」
『東国』のことをなにも知らないのだから、この選択も悪くない。ついでにリオナルドから『東国』について色々聞き出そう。当たり障りのないことなら簡単に答えてくれそうだ。
それに、私の記憶とこの世界の相違――魔法陣が不安定になっているはずなのになにも変わらない世界についても気になる。そういうのを調査する意味でも観光はうってつけのはずだ。
そうして私はリオナルドとの観光を口実にして、密かに調査することに決めた。




