第16話『野宿』
私は野宿をしている。
穏やかな川が近くを流れ木々がたくさんあり、月と星が良く見える場所で座り、ひざにエンシェントスケールキャットを乗せて、その柔らかな毛並みを優しく撫でていた。
地面には柔らかい敷布、焚火の近くにはあたたかい飲み物、ひざとエンシェントスケールキャットの間にはふかふかの布。肩にはあたたかいコート。
こんなに快適な野宿は初めてだ。
――遺跡を出てエンシェントスケールキャットが穏やかに過ごせそうな場所を探し、そこに腰を据えようとすると、リオナルドはおそらく自分の部下であろう者たちが来るまで、ずっと私のそばを離れず、そしてその部下が持ってきたものを手際よく準備した。それがこの野宿セットである。
『別になくても良い』と言った私に『風邪をひいたら困る』と言って譲らなかったので、折れた私はおとなしくこの場に座ることにした。
そのおかげでいつでも眠りにつけそうなくらいには心地良い。
だが、エンシェントスケールキャットが目覚めるまでは眠るわけにはいかない。しかし、この心地良さとエンシェントスケールキャットの寝顔が睡魔を呼んでくる。
三日は余裕で起きていられる私が、まさか眠気と戦うことになるとは。
『東国』の気候は『中央国』に比べて少し暑いが、川や海が近くにあるからかそれほどまでに暑さを感じない。夜になると、それが顕著になる。
自然を好む、エンシェントスケールキャットが『東国』にいたというのもわかる気がする。
リオナルドは部下の男たちに指示を出したあと、遺跡の中にいる魔物は全て討伐された。やはり残っていたのは浄化の粉で弱体化した魔物だけだったので、討伐も簡単にできたと、部下とともに討伐しに行ったリオナルドが言った。
そのあとも上司に似たのか、部下たちは月が天井に来ても、遺跡の中を隅々まで念入りに探索していた。
明日は遺跡内の清掃作業だという話だ。ご苦労様。
改めて瘴気が一掃された遺跡を見たとき、神秘的な力を感じた。不思議な力……だが、嫌な感じはしなかった。
あの力は一体……
ぜひ探索してみたいものだが、許してもらえなかった。今は『東国』の関係者しか入れない場所となっている、と。
貢献したのだから少しくらいと思うが、そういう決まりだからと言われたらどうしようもない。おとなしく従った。
ひざの上で寝ているエンシェントスケールキャットは、気持ち良さそうに眠っている。たまに口がむにむにと動き、寝言を小さく言っているのが可愛い。寝返りを打つ姿もまた可愛い。
順調に回復しているのを確認するだけでいいのに、どうしてもじっと見てしまう。飽きないのが不思議だ。
起こさないようにそっと撫でる。
「ねぇ、起きたらなにをしたい?」
ひとり言のようにつぶやく。
リオナルドの話だと、この子が目を覚まし、安全だとわかり次第『東国』が保護することになっている。
そのあと、エンシェントスケールキャットはどうなるのか、話は聞かせてもらえなかった。悪いようにはしない、とは言われたが人間の言うことなんて信じられない。
だから私がこの子を無理やり連れて、エンシェントスケールキャットが住む森を探しても良いのかもしれない。だが命令を反故するとなると、最悪『東国』から追われることになってしまう。
そこまでする理由も義理も私にはない。
なので、私は自分の保身のためにこの子を国に――人間に明け渡す。
……でも……
「大丈夫だからね」
『中央国』の魔法陣さえ壊れてしまえば、人間の支配は終わりみんないなくなる。それは遠くない未来に起こるはずだ。だから、なにがあろうともそれまでの辛抱だ。
そのあとは……誰にも縛られない、自由な道を進んでほしい。
私はエンシェントスケールキャットを起こさないようにそっと布ごと床に置き、そのすぐ隣で横になる。
いつ奇襲に遭うかわからない野宿で、本来は好ましくない状態。だが、今回は別だ。
目を閉じ後ろの気配を感じ取る。あの男だって今日の遺跡探索で疲れているのに、仕事熱心なものだ。
明日はエンシェントスケールキャットが回復し次第、ギルドに今回のことを報告して報酬をもらい……それからはまたリオナルドの指示待ちになる。
どれくらいの報酬になるのか、そのあとはどうなるのかはわからないが、別に『東国』に害のある行動はしていない。リオナルドから解放されるはずだ。
そうしたら、今度はどこに行こうか……他の街や村に行ってみるのも良し。それとも他の国に行くも良し。
「……ゥニュゥ……」
エンシェントスケールキャットが小さく寝言を言うのを見て、思わず笑みが浮かぶ。が、それもすぐにいつもの笑みに戻る。
私が『中央国』を離れて約半年が経つ。魔法陣が壊れたということは聞いていないし、気候変動が起こったという感じもあまりしない。
他の魔法使いを使って維持しているのか?
あの魔法陣は複数人で魔力をこめれば最低限の維持はできる。私が施した罠を全て乗り越えられる者がいたら、の話だが。
今頃『中央国』の奴らは慌てているだろう。全てを知っている私は『死んでいる』のだから、頼れるのは『本物の聖女』リアナだけ。そのリアナが重い腰を上げるとは思えない。
もしそんな妹だったのなら、私は今頃ここにはいないだろう……
魔法陣が早く壊れてしまえばいいと思うと同時に、全ての国を回るまでは保っていてほしいな、とも思う。
世界にはまだまだ美味しい足の多い生き物がいるのかもしれないし、他にもたくさん未知のモノがありそうだ。
……あぁ……ダメだ……
色々なことを考えて起きていようと思っているのに、どうにも睡魔に勝てそうにない。こんなこと初めてだ。
……少しくらいならいいだろう……
目を閉じる。敷布が上等なおかげで石や砂の感触がない。風が、川が、生き物が織りなす自然の音楽が耳に届き、私を癒してくれる。
そして……
私の意識はそのまま暗闇へと落ちていった――
『お姉様助けて』
リアナがそう言えば私は助けなくてはならない。
『お姉様なんとかして』
リアナがそう言えば、私はなんとかしなければならない。
『お姉様、大好きよ』
リアナがそう言えば、私は大好きと返さなくてはならない。
リアナが言う。私はそれに応える。私はリアナを幸せにする装置。私はリアナのためだけに生きている。私はリアナが全て。私の全てはリアナのため。
なのに……なのに……
『お姉様。貴女は今、そんなところでなにをしているのですか?』
「………………っ!」
リアナがいつものように見下してくる。床に座り込んで頭を下げなくてはならない私を。
リアナは絶対。リアナのため。リアナは全て。
私はリアナの奴隷……として……
「……リ……」
そう。リアナのために……
「……セリナ……」
……私……?
違う。私じゃない。リアナ。偽物じゃない『本物の聖女』のリアナ様よ。
「セリナっ!」
やめて……私を呼ばないで……
私を一人にして……!
「セリナっ!大丈夫か!?」
……誰……?
やめてよ……私の心配なんて……
そんなことしたら、あなたも殺され――
「セリナっ!」
「――っ!?」
気がつくと私はリオナルドに抱えられていた。
なにが起こったのか、状況の確認のため辺りを見回す。見えたのは綺麗な青空と青々とした木々。
……あぁ、そうか。
夢刃の守りを使わず眠ってしまったから、悪夢を見てしまったのか……
ゆっくりと起き上がりリオナルドから離れる。頬を触る。どうやら泣いてはいなかったようだ。良かった。他人に涙を見せてはいけない。
「すみません。つい眠って悪夢を見てしまったようで……」
「ずいぶんうなされていた……本当に大丈夫か?」
リオナルドの顔にはいつもの笑みがない。眉を下げて本当に心配そうだ。
……信じないけど。
私はいつもの笑みをリオナルドに向けた。
「ご心配ありがとうございます。大丈夫です」
私の言葉にリオナルドがホッとため息をついた。そして安心したような顔になる。
そんなに取り乱していたのだろうか?気をつけなければならない。
「それよりもエンシェントスケールキャットは――」
寝ているはずの場所を見て、なにもいないのを確認した。
そしてそこで、私はリオナルド以外の気配を感じてそのほうへ顔を向ける。
そこにいたのはリオナルドと同じような服を着た一人の女。胸には『東国』の紋章。後ろには部下らしき者たちが並んでいる。
三十代前半くらいだろうか?まったく崩れない完璧な姿勢で立っているその女は、女にしては短い黒の髪を風にあおらせ、鋭い黒の瞳は私をしっかりと見つめている。
そして、手には四角いケースのようなものに入ったエンシェントスケールキャット。
「貴女が話に聞くセリナか?」
「さぁ。残念ながらそのお話を私は存じませんので……ところで、貴女は?」
「私は『東国』騎士団、第二騎士団団長クイン。このエンシェントスケールキャットは『東国』が預かることになった」
「……えぇ。聞き及んでおりますわ。お好きに」
「柔軟な理解に感謝する。では、あとのことはリオナルドに聞いてほしい」
私に綺麗な礼をしたあと、踵を返したクインは部下とともにその場を去っていく。
その間、私は無言でなにやら困った顔をしたリオナルドを、いつもの笑みでずっと見つめていた。




