第15話『遺跡探索04』
広場から黒いモヤが完全になくなった。天井に空いたいくつかの穴と細長い窓から陽の光が差し込み、放った明かりの魔法の光も加わることで、ようやく全貌が見えた。
思っていたよりも広い場所で、壁だと思っていたものは柱だったようだ。円形の部屋ではなく縦長で、私たちが入ってきた通路とは別に大きな扉もあり、ステンドグラスが綺麗だ。それと壊れた像にイス、荘厳な作りの壁。よく祈りを捧げに行っていた大聖堂に似ている。
その真ん中あたりに私は座っている。床を見るとエンシェントスケールキャットがハマって動けなくなっていた円形の穴が、ぽっかりと空いている。座っている私の腰より下あたりくらいの深さだ。
円形の穴か……
魔力と同様に、瘴気も円の力で威力が上がる。今は穴しかないが、ここに魔法陣が描かれていてもおかしくはないな、などと思うがわざわざ調べる理由もない。放っておこう。
「終わったのか……?」
リオナルドが剣を収めながら私のほうへ歩み寄り、私の両腕の中で眠るエンシェントスケールキャットを見る。
あれほど固かった紫のウロコは美しく柔らかい毛になり、恐ろしい爪も足先の中に収まっている。
三本のしっぽは細長く、先には手のひらサイズのもこもこした毛がついている。小さな翼も愛らしく感じる。そして、大きくなっていた時には気がつかなかったが、ぺたんと折りたたまれた耳があった。
なるほど。だから『キャット』という名前なのか。まるで愛らしい子猫のようだ。
「ええ。もう大丈夫だと思います。元凶はこの子の中に埋めこまれた瘴気の種でした。取り除き、体中に渦巻いていた瘴気も全て魔力に変えて、今この子の力となっています。遺跡の中の瘴気も……」
私はあたりを見回す。浄化の粉が光に当たりキラキラと光っている。ここで暴れたとき、風に吹かれた粉が他の通路へと流れていっただろう。そしてここに来るまでに撒いた分もある。
「浄化の粉が作用して、時間とともに消えていくと思います」
「そうか……セリナは本当にすごいな。よくやってくれた」
「えっ、いや、あの……」
リオナルドが優しく私の頭を撫でる。
なんというか……そんな子供扱いしないでほしい。
撫でられるなど初めてのことにどう言っていいのかわからず、リオナルドから目をそらすしかなかった私。その私につられたのか、リオナルドも私と同じ方向を向いたようで……
「あれは……死体か……?」
言われてよく見ると、部屋の端のほうにいくつか転がっているものが見えた。
それは魔物たちの死体と……大小さまざまな大きさのエンシェントスケールキャットの亡骸だった……
おそらく、暴れているエンシェントスケールキャットを助けようとやってきて、逆に返り討ちに遭ったのだろう。死体は瘴気にやられてどす黒い色をしていたり、もう骨になっているものもある。
「……弔おう」
「リオナルド様」
歩きだそうとしたリオナルドに、私は首を横に振って止める。
「死した肉体は風化し骨になり、それはやがて大地を豊かにし、魂は天へと昇り洗練され、見守る神となろう――それがエンシェントスケールキャットの死生観です」
私はかつて読んだ本に書かれていた言葉をそのまま口にする。
それは、エンシェントスケールキャットの説明に書かれていた言葉。魂を導く『聖女』が覚えておかなければならない種族の理。
人間にも死者への悼みかたが色々あるように、他の種族にも色々あるのだ。
「エンシェントスケールキャットの亡骸はそのままに……」
「……そうか……わかった……」
リオナルドはなにやら少し考えたあと、私の言葉にゆっくりとうなずき同意する。
そんなリオナルドの横で私は目を閉じて祈る。エンシェントスケールキャットを抱えているため手を組むことはできないが、魂をあるべき場所へと導く手伝いはできる。
優しく心ある魂よ……どうかもう痛みのない場所へと……
――少しの沈黙。
やがてゆっくりと目を開け、しまったと後悔する。
私はもう『聖女』ではないのだから、こんなことしなくても良いのに……
自分の中にこびりついた『聖女』に苛立ちながらふとリオナルドを見ると、彼も目を閉じていた。祈っているのだろう。
少ししたのち、リオナルドも目を開けて私に微笑む。
「立てるか?疲れただろうし一度街に戻ろう。あとは人を派遣してもらい、残っている魔物の確認と退治だ」
これだけ浄化されまくった場所だ。初心者冒険者でも簡単に倒せるレベルにまで成り下がっているだろう。
正直そんなに疲れてはいないが、やらなくて良いというのだからやらない。
だが……
「私は遺跡のそばにある森の中に行きます……この子は、自然の魔力の中で回復させるほうが良いと思います」
森の奥に住むと言われているエンシェントスケールキャットだ。きっと自然の力を浴びたほうが良い。そのほうが回復も早いだろう。
「では私がその役目を――」
「いいえ。万が一また暴走してしまった時のために、私がつきそいます」
「でもそれでは君の疲れが取れないじゃないか」
「大丈夫です。自然の魔力は私も癒してくれますので」
少しの沈黙。
リオナルドの顔が珍しく笑っておらず、心配そうに私を見つめている。そんなリオナルドにいつもの笑みを向けた。
そういう表情も計算なのかしら?でも私はその程度で心を開くと思わないでね。
「……わかった。じゃあせめてその場所までエスコートさせてくれ」
「わかりました」
手を差し出すリオナルド。私はエンシェントスケールキャットを片腕で持ち、その手を取り立ち上がった。そしてリオナルドが歩き出し、その後ろをエンシェントスケールキャットを抱えなおしながら続いていく。
行きと違ってよく見える遺跡。
空気が澄んでいて、浄化の粉がキラキラと光にあてられ、まるで夜空に散りばめられた星のように綺麗だった。
かなり壊れていたり、瘴気で生きる植物が枯れていたり、そこらに魔物が倒れているのを気にしなければ、なかなかに風情のある遺跡だ。
壁には文字や絵が刻まれており、歴史やなにかの暗号でもありそうである。古代文字だろうか?だが、私が知っている文字とは違う。なにかが隠されているのだろうか?
そんなことを思いながらリオナルドについていく。私も覚えているが、これだけ広くて他の道もあるのにリオナルドの足に迷いが全くない。
さすがに少し疲れが見えるが、それでも動き回っていてなおこの程度ですんでいるリオナルド。
剣の腕前に加え、戦闘能力も私が見てきた中で群を抜いている。
『東国』の騎士にしてAランクの冒険者、という以外わからない男。しかし今回の戦闘でわかったこともある。
この男が自身の魔力で強化しているのは『目』だ。
魔物と戦っている最中、魔力が『目』に集まっているのが見えた。
私の正体を見抜いた観察眼、戦いで動きを見極める力、一度通った道を『目』に焼きつけることができる能力。あの銀の瞳は、いつだって鋭く相手をとらえる。
……なるほど。騎士なのに、普段街の監視の仕事をしているのはその実力だけじゃない、ということか。
そうと分かった以上、スキを見せるわけにはいかない。
だが……リオナルドはその能力を悪用するわけではない。
その『目』で魅了させて全て話させるという使いかたや、相手を透視するなんていうのも可能だろう。
他にも人を操ることができたり、過去や未来を見通したり、視線を動かすことで対象を斬るなんてこともできると聞いたことがある。
リオナルドの実力なら、研究と努力次第で使えるはずだ。だが、できるのかできないのか、それをしようとはしなかった。
そんな相手にスキを見せずにずっと疑い続ける……?
『お姉様はそうですよね』
「………………っ!」
「……?どうした?」
「……いえっ……なんでもありません……」
私の言葉に再び前を向き進み始めたリオナルドの背中を見て、自戒する。
私は今なにを考えていた?人間なんてみんな同じだと何度も味わってきただろうが。
信用するな。信頼するな。私は一人でいい。孤独が一番いいんだ。
そう心に決めたはずだ。揺らぐな。
「……ニゥ……」
私の腕の中でエンシェントスケールキャットが小さく寝言を言った。
天井にお腹を見せ、少し体をねじった状態ですやすやと眠っている。さっきまで苦しそうだった息は整っていて、良い夢を見ているようだった。
その愛らしい姿になんだか力が抜けて笑みが語ぼれる。そして大きく息を吐いた。
心の中にたまっていたなにかが少し消えた気がしたのだった……




