第14話『遺跡探索03』
リオナルドが床に浄化の粉を少しずつだが正確に円を描くように撒いていく。浄化の粉が風によって舞うが関係ない。はがれやすくはあるが、一度撒かれたところにくっつく性質も持っている。少量でもくっついていたらそれで良い。加えて、舞った粉はあたりの瘴気を鎮静化してくれる。決して無駄にはならない。
ちなみになんで円を描くように撒く必要があるのかというと。
円というのは『始まりも終わりもない』ものだ。つまり、力が永遠に循環するものとして魔法使いにとってとても重要なもの。要するに円は力を増幅してくれるわけだ。
簡単に言えば。浄化の粉で瘴気を弱めて、さらに円によってその効果を高める。
そうすることで、黒いモヤであまり見えないこの広場が見えるようになるし、エンシェントスケールキャットの瘴気を多少なり弱めることもできる。
私はさらにしっかりと全貌をとらえるために、エンシェントスケールキャットの攻撃を避けながら、魔力の糸で縛り上げていく。
魔力の糸とは一般人でも使える、その名の通り魔力が細い糸になったもの。糸の長さは魔力量に依存する。あの力ならすぐに解かれそうなものだが、私の魔力量と操作をなめてもらっては困る。その程度では解けない。
魔力で足を増強し、壁を蹴り反対側に回り、また壁を蹴って戻る。床に降りたあとは天井に行き床へと往復。しっぽの攻撃を見極めかわしながら、どんどん魔力の糸を巻きつける。
そう、これも円を描くように動く。そうやって瘴気を身体の中から出ないようにする。
そして、私が糸で完全に拘束できたと一度床に降りたと同時に――
ザァァァァァッ!
床から突然出た風のようなものが黒いモヤを取り払う。どうやらリオナルドが浄化の粉を撒き終わったようだ。
「グオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
ひときわ大きい咆哮。攻撃がやんだチャンスを逃さない。
私は再び飛んでエンシェントスケールキャットの背中に張りつく。ウロコがあって手をかけやすいがちょっと強く飛びすぎたせいで顔をうった。ウロコ固い、痛い……
それはともかく、足でもしっかりとくっついてここから動かないようにし、エンシェントスケールキャットの身体を改めてしっかりと観察する。
……やはり魔力が少しだけ残っている。これが瘴気に食い尽くされれば完全な魔物になる。まずは私の魔力を体内に少し入れ、残った魔力を守る。
瘴気の種……瘴気の種……見つからない……黒いモヤ――
大量の瘴気のせいで見えない。ならば後回しだ。この瘴気を『癒しの魔法』によって魔力に変える。
私の魔力を体内に入れ、その魔力で一気に瘴気を浄化すると魔力不足でエンシェントスケールキャットは死ぬだろう。それならばと瘴気を一気に魔力に変換させても、その変化に身体が追いつかずやはり死ぬ。
……正直それが一番手っ取り早いのでそれでも良いが、瘴気の種を見つけるまでは生かしておきたい。
少しずつ少しずつ、私の魔力と瘴気をエンシェントスケールキャットの足りなくなってしまった魔力に変換していく。
変換するのはただ浄化するよりも大変だ。さらに、死なないように魔力を操作しながらだと相当の集中力が必要になる。
だが、撒いてもらった浄化の粉の円が私の手助けをしてくれる。
「グガギャギャギャギャアアアアアアアアっ!」
大きな咆哮とともに狂ったように暴れるエンシェントスケールキャット。身体の中をかき回されている感覚なのだろう。痛みは瘴気に侵され続けている時よりも強いはずだ。
私を振り落とそうとグルグルまわり、しっぽを向けてくるが当たらない。私が背中に張りついているせいで、的を絞り切れないのだろう。
そんなエンシェントスケールキャットから放たれたのは――無数のウロコ!全方向に放たれたそれは天井に当たり、それが落ちて私のところに――
「まかせろっ!」
リオナルドが私に当たりそうなウロコをすべて斬る。あの固いウロコを簡単に斬れるなんて……!
本当にリオナルドは優秀すぎる……
当たるのを覚悟して魔力を一部防御に回したが、リオナルドが排除してくれるのならとそれを解除し、浄化のほうへと回す。
ちらりと見ると、しっぽの攻撃もリオナルドが誘導して私に当たらないようにしていた。
本当にすごいな。なにをしたらあんな芸当ができるのだろうか?やはり『東国』名物の足の多い生き物を食べたらか?
よし。この戦いが終わったら足の多い生モノを食べよう。絶対に食べよう。
鼻息を荒くし、改めて気合が入ったところで、目を閉じ浄化に集中する。精密に、丁寧に、正確に……
暴れるエンシェントスケールキャットにくっつき続けるのは少し大変だが、浄化の粉と同様浄化能力もくっつく性質がある。
理由は触れないよりも触れたほうが、触れた面積が小さいよりも大きいほうが、より真価を発揮するからだ。足を広げて大の字のようにくっつくなんて、淑女にあるまじき行動をしているのもこれが理由。
なんにせよ、ここによけいな魔力を割かなくて良いのは楽だ。
「グオオオオオオッ!」
エンシェントスケールキャットは悲鳴のような咆哮を広場に響かせ、その苦痛を取り払うように暴れまわる。
実際に痛いだろう。苦しいだろう。
リオナルドの話では、瘴気が遺跡を覆い始めたのは三か月前。だが、ここまでの瘴気になるまでにはそれ以上の時間がかかっただろう。少しずつ自分が変えられていく苦しみ。正気を失ってもなお這いずる痛み。
いっそ一思いに殺してあげるほうが楽なのかもしれない。だが生かしている。それがエンシェントスケールキャットにとって良いことなのか私にはわからない。
ただ、こちらの都合でこの選択をしているだけだ。結果新たな苦しみを生み出している。
この声が、暴れている理由が、生きたいと願っている証であればいいのに……
「身体が……小さくなってきている……?」
リオナルドの言葉が耳に届く。
どうやら、瘴気によって無理矢理身体が大きくなっていたようだ。あのままでいればやがてこの体は膨らみ続け、そのうち内部から破裂していただろう。
冷静に、慎重に、丁寧に……何度も言われた言葉を繰り返しながら瘴気を私の魔力で補い変換していく。頭から足まで。爪の先まで元の姿に戻るように浸透させる。
咆哮が小さくなるにつれ、エンシェントスケールキャットの姿も縮んでいく。
そして私のお尻が床についたくらいだった。
「……見つけた……」
ひときわ黒いモヤ。それが守るようにおおわれているその中心。心臓にあたるあたりに瘴気の種は潜んでいた。根を広げエンシェントスケールキャットを意のままに操ろうとしていたのだろう。その根ごと全て消滅させなければいけない。
集中して隅々まで探り見つけ次第消滅させる。根気のいる作業だ。根だけに。あぁダメだ。集中集中。
何度も何度も確認して根の排除を確認し、瘴気の種を消滅させる。さらに小さくなるエンシェントスケールキャット。もう咆哮は聞こえない。ゼェゼェと苦しそうな息をしてよだれを垂らしている。
これで元凶はつぶした。
だがまだ瘴気が身体に残っている。それを慌てず落ちついて取り除いていき――
「ふぅ……」
……閉じていた目を開いたときに見えたものは、瘴気が完全に魔力に変換されたことによって、本来の姿である私の両腕の中に納まるサイズにまで小さくなった、子供のエンシェントスケールキャットの姿だった。




