第133話『いってきます』
『西国』出発は次の日になった。
思うところがあるのだろう。アルネスがテリアと一晩『同じ部屋で話がしたい』と言ってきたので、セリナは快く承諾した。
別に、おばちゃんの料理につられたわけではない。決してサソリにつられたわけでは……
「というか、あんだけやったお前が断れるわけねぇもんな」
牛肉の丸ごと焼きにかぶりついたエルンストに、セリナは悔しいが返す言葉がなかった。
黙って八種の野菜のスープを食べる。ホロホロになるまで煮込まれた肉を、野菜の旨味が引き立てていて美味しい。
添えられたパンを浸して食べると、小麦の香りが鼻をくすぐり、美味しさの相乗効果を生み出している。
サソリ以外も美味しいのは、ズルいんじゃないか『西国』は。
「さぁさ!たーんとお食べ!遠慮すんじゃないよっ!」
ドガッ!と大きな机に追加される料理たち。
そこには他の小人族もおり、全員笑顔で料理を食べている。
いないのは、テリアとアルネスくらいだ。
作っているのはおばちゃん一人だ。
いつだったか、セリナが『料理スキルはあまりないけれど』と、手伝おうとした時『アタシの趣味だからいいんだよっ!みんなの笑顔があればおばちゃんがんばれるってもんさっ!』と断られた。
その言葉の通り、忙しそうだがおばちゃんは嬉しそうだ。
母親というのは、おばちゃんみたいな温もりがあるものなのかもしれない。
そんなことを夢見ていた幼少期を思い出し……すぐに首を振って、料理を一口。
『美味しいねっ!』
ライラが横で笑っているのを見て、セリナも笑みをこぼした。
「えぇ、本当に」
ザクザク食感のサソリフライは美味しかった。
本当に、本当に……
セリナはその夜、例の広間に一人いた。
ライラが眠った後、そっと部屋を抜け……かつて試練を受けていた時のように寝転がっていた。
相変わらずそこはセリナが生やした草花だらけだ。心地良い。なにも考えずにすむ。
「お前としっかり話すのはこれが初めてだな、なぁ『聖女』さんよ」
声が聞こえ慌てて起き上がると、後ろにはいつの間にかおじさんが立っていた。
腕を組んで頭をかしげており、頭頂部の三本の髪の毛が重力にやや負けている。
「色々とお世話になりました」
セリナは立ち上がりながらおじさんに向き直り、姿勢をしっかりと正す。
「オレはやりたいことをやっただけだべ」
そう言いながらも、ふふんと鼻を鳴らし楽しそうにしている。
そんなおじさんは話し出した。唐突なことを。
「この国がこれからどうなるか……お前にわかるか?」
「えぇ、新たな国の始まりです」
「……本気で言ってんだべか?」
おじさんの顔から笑みが消える。それに対してセリナは口に笑みを携えたままだ。
にらみ合いのような時間が続く。どちらも口を開かない。
おじさんの言いたいことはわかる。
国が崩れたのだ。それに対して反乱する者も現れるだろうし、男女間の衝突、今まで統治してきた『中央国』からのあらゆる攻撃、混乱からの悲劇は避けられないだろう。
だからこそセリナは女王エルダに託したのだ。
『中央国』という共通の敵、男女混合の街を作りあげた手腕、そして『大地の精霊』の介入により、すぐに収まると思っている。
「……なるほどな」
おじさんが後頭部をぼりぼりと掻く。
大きなため息をつきながら、呆れたような顔をセリナに向けている。
「精霊様たちを手なずけようってんだ。これくらい壊れてねぇとダメだべな」
「ふふ、誉め言葉として受け取っておきます」
ザワザワと辺りの葉が揺れる。それだけだ。
「やっぱ可愛いからよ、心配にもなるんだ。次の巫女だからじゃねぇぞ」
「私はお眼鏡にかないましたか?」
「……似てるよ。昔の『勇者』パーティたちとな」
リオナルドの話を聞いた時に言っていたおじさんの言葉を、セリナは忘れていなかった。
『かつて『勇者』の仲間が『勇者』も『聖女』も頼らず、自力で精霊様を呼び出した』と。まるでその目で見たようではないか、そう思ったのだ。
「オレももう歳だ。アルネスには巫女のお役目の前に自由にしてほしいと思ってる。だから……頼むべ」
「はい」
セリナは敬意を込めて頭を下げる。
おじさんと……その後ろ、扉の陰に隠れているおばちゃんに対して。
先ほど葉が揺れた時、おばちゃんのすすり泣く声が聞こえ、ようやくいることに気づいた。
本当に家族のようだ。
セリナにとっては絵本の中に居るような、父と母のようなたくましさと温かさを持つ二人。
……羨ましいな。
そう思うと鼻の奥が少し痛くなった。
今はもう思い出したくないのか、霞がかかっているセリナの両親。
それと愛している、愛されていると思っていた妹。
本当の家族にはなにも感じないが、この二人と離れるのは少し寂しいと思ってしまった。
「疲れたらいつでも戻って来い。オレらは待ってるべな。ここで」
「はい、ありがとうございます」
セリナが顔を上げた時、いつの間にかおばちゃんが目の前にいた。
そしてきつく抱きしめられる。なにも言わず、少し痛いくらいの強さで。
反射的に逃げ出そうとして……
セリナは力を抜いた。
そして、その豪快な温もりにしばらく包まれることを選んだ。
次の朝。
おばちゃんから返してもらったいつもの服に着替え、全員が小人の里を後にする。
『西国』を改めて見回しながら歩き、空で見ていた光景と変わらないなと思いつつ、ふと美味しそうな匂いにセリナはつられた。
「まぁまぁいらっしゃいっ!食べていくかい?美味しい団子……だ……よ……」
「頂けますか?普通の美味しいものを」
にこりと笑うセリナに、団子屋の女が凍りつく。
かつてセリナに毒を盛ったことの報復に来たと思ったのか、生きて普通に歩いていることに驚いたのか、それはわからない。
ただ、お持ち帰り用としてもらった団子と抹茶は本当に美味しく、しかもタダだった。
そのお礼に、ちゃんとセリナにやったことについて、近くの兵に伝えておいた。
……うん、良いことをして食べる美味しいものは格別だ。
「性格悪ぅ……」
後ろでテリアがなにか言っているが気にしない。
「もう出口ですよ。お見送りはここらで良いのでは?」
「ほんっとうに性格悪いですね!最後の最後までついていくに決まっているでしょうっ!」
テリアをこうしてからかえるのも最後と思うと、寂しい気分に……別にならないか。
あのセリナとの戦闘以来、テリアは一歩下がって話すようになってしまった。威勢は変わらないことだけが面白い。
「本当に本当に本当に気をつけて行くのよ。あの女になにかされたらすぐに帰ってくるのよ」
「大丈夫だよ、姉さん。ありがとう」
アルネスの柔軟さはテリアと過ごしていたからか、などと勝手に思いつつ……
『あっ!あそこだっ!』
入ってきた時とは全く違う様相になった『西国』中心部の入り口。
あの時は男女で分かれる壁があったが、すっかりなくなってガレキをいくつか残しているだけ。
「おーおー、ずいぶんとスッキリしたな」
「そうですね」
エルンストの言葉に、思わずくすりとセリナは笑ってしまった。
さて――
「じゃあ姉さん、行ってくるね」
「アルネス……」
離れがたいのだろう。アルネスの服のすそを引っ張ったままのテリア。
このままでは出発できない。
なにか言おうとセリナが思った時、先に言葉を発したのはアルネスだった。
「違うよ姉さん。僕がほしいのはその言葉じゃない。姉さん『行ってきます』」
「………………っ!」
瞳に涙をためているテリアの顔が、少しずつ下を向き……
悔しそうな口をしたまま、顔を上げて眼鏡を直す。
「い……『いってらっしゃい』アルネス……っ!」
テリアの無理やりな笑顔に、アルネスも少し切なそうな顔をしていた。
そしてテリアの手がアルネスから離れ……二人の距離も離れていく……
「行くぞ。次は魔法陣の外だ」
「はい」
エルンストが前を向き歩き出す。
それにセリナたちは続いた。後ろは決して振り返らない。
今はその時ではない。
そうしてセリナたちは『西国』を後にしたのだった――
ふと、セリナはリオナルドを見て思った。
リオナルドはセリナと目があった時、ふと考えた。
『この人にだけ出てくるモヤモヤした気持ちは『愛』なのだろうか?』と。
だが、セリナは草花の音に耳を傾けた。
リオナルドは目を閉じて笑った。
リオナルドは仲間。セリナにとってはそれで良い。
セリナは大切な守る者。リオナルドにとってはそれで良い。
だがこの先もし、この『気持ち』に答えが出た時――
いや、やめよう。首を振った。
そしてセリナは、リオナルドは、顔を見てにこりといつもの笑みをかわした。




