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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第四章『西国(にしこく)』編
133/137

第133話『いってきます』

『西国』出発は次の日になった。

思うところがあるのだろう。アルネスがテリアと一晩『同じ部屋で話がしたい』と言ってきたので、セリナは快く承諾した。

別に、おばちゃんの料理につられたわけではない。決してサソリにつられたわけでは……


「というか、あんだけやったお前が断れるわけねぇもんな」


牛肉の丸ごと焼きにかぶりついたエルンストに、セリナは悔しいが返す言葉がなかった。

黙って八種の野菜のスープを食べる。ホロホロになるまで煮込まれた肉を、野菜の旨味が引き立てていて美味しい。

添えられたパンを浸して食べると、小麦の香りが鼻をくすぐり、美味しさの相乗効果を生み出している。


サソリ以外も美味しいのは、ズルいんじゃないか『西国』は。


「さぁさ!たーんとお食べ!遠慮すんじゃないよっ!」


ドガッ!と大きな机に追加される料理たち。

そこには他の小人族もおり、全員笑顔で料理を食べている。

いないのは、テリアとアルネスくらいだ。


作っているのはおばちゃん一人だ。

いつだったか、セリナが『料理スキルはあまりないけれど』と、手伝おうとした時『アタシの趣味だからいいんだよっ!みんなの笑顔があればおばちゃんがんばれるってもんさっ!』と断られた。

その言葉の通り、忙しそうだがおばちゃんは嬉しそうだ。


母親というのは、おばちゃんみたいな温もりがあるものなのかもしれない。

そんなことを夢見ていた幼少期を思い出し……すぐに首を振って、料理を一口。


『美味しいねっ!』


ライラが横で笑っているのを見て、セリナも笑みをこぼした。


「えぇ、本当に」


ザクザク食感のサソリフライは美味しかった。

本当に、本当に……






セリナはその夜、例の広間に一人いた。

ライラが眠った後、そっと部屋を抜け……かつて試練を受けていた時のように寝転がっていた。

相変わらずそこはセリナが生やした草花だらけだ。心地良い。なにも考えずにすむ。


「お前としっかり話すのはこれが初めてだな、なぁ『聖女』さんよ」


声が聞こえ慌てて起き上がると、後ろにはいつの間にかおじさんが立っていた。

腕を組んで頭をかしげており、頭頂部の三本の髪の毛が重力にやや負けている。


「色々とお世話になりました」


セリナは立ち上がりながらおじさんに向き直り、姿勢をしっかりと正す。


「オレはやりたいことをやっただけだべ」


そう言いながらも、ふふんと鼻を鳴らし楽しそうにしている。

そんなおじさんは話し出した。唐突なことを。


「この国がこれからどうなるか……お前にわかるか?」

「えぇ、新たな国の始まりです」

「……本気で言ってんだべか?」


おじさんの顔から笑みが消える。それに対してセリナは口に笑みを携えたままだ。

にらみ合いのような時間が続く。どちらも口を開かない。


おじさんの言いたいことはわかる。

国が崩れたのだ。それに対して反乱する者も現れるだろうし、男女間の衝突、今まで統治してきた『中央国』からのあらゆる攻撃、混乱からの悲劇は避けられないだろう。


だからこそセリナは女王エルダに託したのだ。

『中央国』という共通の敵、男女混合の街を作りあげた手腕、そして『大地の精霊』の介入により、すぐに収まると思っている。


「……なるほどな」


おじさんが後頭部をぼりぼりと掻く。

大きなため息をつきながら、呆れたような顔をセリナに向けている。


「精霊様たちを手なずけようってんだ。これくらい壊れてねぇとダメだべな」

「ふふ、誉め言葉として受け取っておきます」


ザワザワと辺りの葉が揺れる。それだけだ。


「やっぱ可愛いからよ、心配にもなるんだ。次の巫女だからじゃねぇぞ」

「私はお眼鏡にかないましたか?」

「……似てるよ。昔の『勇者』パーティたちとな」


リオナルドの話を聞いた時に言っていたおじさんの言葉を、セリナは忘れていなかった。

『かつて『勇者』の仲間が『勇者』も『聖女』も頼らず、自力で精霊様を呼び出した』と。まるでその目で見たようではないか、そう思ったのだ。


「オレももう歳だ。アルネスには巫女のお役目の前に自由にしてほしいと思ってる。だから……頼むべ」

「はい」


セリナは敬意を込めて頭を下げる。

おじさんと……その後ろ、扉の陰に隠れているおばちゃんに対して。

先ほど葉が揺れた時、おばちゃんのすすり泣く声が聞こえ、ようやくいることに気づいた。


本当に家族のようだ。

セリナにとっては絵本の中に居るような、父と母のようなたくましさと温かさを持つ二人。


……羨ましいな。


そう思うと鼻の奥が少し痛くなった。

今はもう思い出したくないのか、霞がかかっているセリナの両親。

それと愛している、愛されていると思っていた妹。

本当の家族にはなにも感じないが、この二人と離れるのは少し寂しいと思ってしまった。


「疲れたらいつでも戻って来い。オレらは待ってるべな。ここで」

「はい、ありがとうございます」


セリナが顔を上げた時、いつの間にかおばちゃんが目の前にいた。

そしてきつく抱きしめられる。なにも言わず、少し痛いくらいの強さで。


反射的に逃げ出そうとして……


セリナは力を抜いた。

そして、その豪快な温もりにしばらく包まれることを選んだ。






次の朝。

おばちゃんから返してもらったいつもの服に着替え、全員が小人の里を後にする。

『西国』を改めて見回しながら歩き、空で見ていた光景と変わらないなと思いつつ、ふと美味しそうな匂いにセリナはつられた。


「まぁまぁいらっしゃいっ!食べていくかい?美味しい団子……だ……よ……」

「頂けますか?()()()美味しいものを」


にこりと笑うセリナに、団子屋の女が凍りつく。

かつてセリナに毒を盛ったことの報復に来たと思ったのか、生きて普通に歩いていることに驚いたのか、それはわからない。

ただ、お持ち帰り用としてもらった団子と抹茶は本当に美味しく、しかもタダだった。

そのお礼に、ちゃんとセリナにやったことについて、近くの兵に伝えておいた。


……うん、良いことをして食べる美味しいものは格別だ。


「性格悪ぅ……」


後ろでテリアがなにか言っているが気にしない。


「もう出口ですよ。お見送りはここらで良いのでは?」

「ほんっとうに性格悪いですね!最後の最後までついていくに決まっているでしょうっ!」


テリアをこうしてからかえるのも最後と思うと、寂しい気分に……別にならないか。

あのセリナとの戦闘以来、テリアは一歩下がって話すようになってしまった。威勢は変わらないことだけが面白い。


「本当に本当に本当に気をつけて行くのよ。あの女になにかされたらすぐに帰ってくるのよ」

「大丈夫だよ、姉さん。ありがとう」


アルネスの柔軟さはテリアと過ごしていたからか、などと勝手に思いつつ……


『あっ!あそこだっ!』


入ってきた時とは全く違う様相になった『西国』中心部の入り口。

あの時は男女で分かれる壁があったが、すっかりなくなってガレキをいくつか残しているだけ。


「おーおー、ずいぶんとスッキリしたな」

「そうですね」


エルンストの言葉に、思わずくすりとセリナは笑ってしまった。

さて――


「じゃあ姉さん、行ってくるね」

「アルネス……」


離れがたいのだろう。アルネスの服のすそを引っ張ったままのテリア。

このままでは出発できない。

なにか言おうとセリナが思った時、先に言葉を発したのはアルネスだった。


「違うよ姉さん。僕がほしいのはその言葉じゃない。姉さん『行ってきます』」

「………………っ!」


瞳に涙をためているテリアの顔が、少しずつ下を向き……

悔しそうな口をしたまま、顔を上げて眼鏡を直す。


「い……『いってらっしゃい』アルネス……っ!」


テリアの無理やりな笑顔に、アルネスも少し切なそうな顔をしていた。

そしてテリアの手がアルネスから離れ……二人の距離も離れていく……


「行くぞ。次は魔法陣の外だ」

「はい」


エルンストが前を向き歩き出す。

それにセリナたちは続いた。後ろは決して振り返らない。

今はその時ではない。


そうしてセリナたちは『西国』を後にしたのだった――






ふと、セリナはリオナルドを見て思った。

リオナルドはセリナと目があった時、ふと考えた。


『この人にだけ出てくるモヤモヤした気持ちは『愛』なのだろうか?』と。


だが、セリナは草花の音に耳を傾けた。

リオナルドは目を閉じて笑った。


リオナルドは仲間。セリナにとってはそれで良い。

セリナは大切な守る者。リオナルドにとってはそれで良い。


だがこの先もし、この『気持ち』に答えが出た時――


いや、やめよう。首を振った。

そしてセリナは、リオナルドは、顔を見てにこりといつもの笑みをかわした。

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