第131話『不足』
「セリナっ!大丈夫かっ!」
真っ先にセリナに向かってきたのはリオナルド、そのあとにライラが続いた。
アルネスのほうにはエルンストや、眷属の面々が向かっている。
「……うまくいきましたね」
ハァハァと息を荒げ、内側で自身を回復させながらセリナはにこりと笑った。
ライラはセリナにしがみつき、リオナルドは大きなため息をついた。
『セリナ大丈夫?つらくない?野菜食べる?』
まだ心配そうなライラを抱きしめようとして、自分の服が元の囚人服に戻っていることに気づく。
それを見てセリナはふと思った。
セリナと同時にアルネスが力をもらって服が変わっていたが、エルンストの時のようにアルネスがセリナの仲間と判定されたのか?
「もう!お姉ちゃんに心配かけないでよっ!」
「いやぁ、アルネスは頑張ったべ。なかなかの巫女っぷりだった」
「アタシらも衣装変わってビックリしたけどねっ。でも手は出さなかったよ。頑張ったねぇアルネスっ。おばちゃんがいい子いい子したるかんねっ」
眷属全員、衣装変わっていたのか……
アルネスの衣装姿を、おじさんとおばちゃんで想像して……すぐにやめた。
余計なことだ。考えるなセリナ。二人はあの腹巻とエプロン姿が一番似合う、うん。
「成功したんだ……」
ポツリとエルダの声が聞こえて振り向くと、泣きそうな笑みを浮かべて自身の震えを抑えるエルダと、寄り添うオルネムがいた。
『大地の精霊』はもうこの場にはいなかった。
だけどその力は在る。
「もう、何者にも邪魔はされません。思うようにしてください」
「ははっ……簡単に言ってくれるわねっ……!」
エルダが顔を伏せ涙を拭く。それを見てセリナはくすっと笑った。
「これで私たちの罪は償えましたか?女王様」
セリナの言葉を聞いたエルダは、顔を少しだけあげて歩き出し……とある場所で止まった。
そこは『西国』が一望できる場所。
セリナにはエルダの背中しか見えない。
だからエルダがどんな表情で、今ある景色を見ているのかはわからない。
この国特有の空気でジメジメとはしているが、とても良い天気で、雲一つない綺麗な青空。
その下には復興中の『西国』がある。
「……そうだな。ここからが新たな『西国』の始まりだ」
セリナを振り返ったエルダの瞳に涙はあるものの、悲観していないのは力強い笑みでわかった。
これからはエルダの時代だ。良くなることを願う。セリナに出来ることはそれだけだ。
「セリナ。ありがとう」
セリナは笑顔で返した。セリナの心の内から出た『本物』の笑顔で――
「我が『西国』は『聖女』一行に全面的に援助することに決まった」
魔法陣が完成した数日後。セリナの魔力が完全に回復した頃だった。
囚人服ではなく元の服を渡され、着替えると『すぐに』と王室に呼び出された。
そしてエルダから宣言に、全員が礼をする。
「心から感謝いたします」
「うむ。そしてもう『中央国』に怯えない豊かな国にすると、ここに約束しよう」
エルダにはもう迷いなどなかった。それを見て勇気がもらえる気分になるセリナ。
「道中、大変なことがあるだろう。気をつけて」
「女王様も、ご自愛くださいませ」
そうしてセリナたちはようやく『西国』から出発できるようになった――
「……それで、なんですかこれ?」
王城から出てセリナたちが向かったのは、かつてセリナがお世話になった、男女混合の小人の里。
そこでテリアを見つけたセリナは、有無を言わさずにテリアを魔力の糸で拘束し、温かい泉にぶち込んだのだ。
あの魔法陣には、リアナの洗脳魔法を解く効果も付与している。
洗脳されているテリアに効いているのかどうかを、確認したかったのだ。
泉に鎮静効果もあることに気づいたセリナが、万が一のことも考えてそこにテリアを入れた。
「あの、なんか言ってもらえます?」
仏頂面で、メガネがややずれ落ちている以外、特に変化はなさそうに見える。
弟であるアルネスもセリナと一緒に捕らわれていたし、そこらへんの恨みつらみが残っているのはわかるが……リアナの魔法が残っているかどうかがイマイチわからない。
「あの、拘束した理由とかなんかないんですか?」
「……ブラコン」
「殺します」
うーん、変わっていないように見える……
「あの、セリナ様。ちょっと姉さんの扱いが雑すぎませんか?」
「そうかしら?」
「アルネス!もっと言ってやって頂戴!この『偽物の聖女』にっ!」
しゃがんで両手で顔を支えながら、テリアをしっかりと見ている。
それはもう、これ以上ないくらいに。
「セリナ様って割と誰にでも丁寧に対応されるのに、なぜ姉さんだけ……」
アルネスからしたらそう思うかもしれないが、おばちゃんに仲裁されているとはいえ、何度も攻撃されている。
さすがのセリナもそんな相手に丁寧な対応などしない。
「そんなことより!ここに来たんだから、せっかくだからごちそう食べていきなっ!おばちゃんの手作りだよっ!」
後ろから大きな声が響く。
おばちゃんの魅力的な提案に体は反応してしまったが、こちらのほうが重要だ。
「テリア。リアナって人間をご存じですか?」
「あぁ、貴女と違って『本物の聖女』でしょう?」
「どう思います?」
「どう……?そうですね、貴女の妹だから一緒に殺してやりたい気分です、今は」
チラリとアルネスのほうを見ると、セリナと同じ考えなのか力強くアルネスがうなずいた。
洗脳魔法がなくなっている。
「あれ?姉さん、人間は嫌いだけどリアナ様は特別だったんじゃないの?」
「そう思ってたけど、今この状況で全てがひっくり返ってるわ」
念のためアルネスが質問するが、テリアの反応にリアナを崇拝する気配はない。
それを見て、セリナとアルネスが同時に大きなため息をついた。
他の者たちは事情を知らないため、首を横に傾けている。
「これで……本当にこの国でやることは終わったかな……」
会話の内容や二人の安心した姿、今のセリナのセリフを聞いて、リオナルドとエルンストは気づいてくれたようだ。
その証拠に、二人はなにも気にならないといった態度でいる。
つまり。
今はテリアの手前、なにも話せないということ。
こういう時二人の察しが良くて助かると、セリナは思う。
付き合いの長さも関係しているかもしれないと思うと、心が少し温かくなった気がした。
「じゃあ、次は『南国』に行くのか?」
話を変えるかのようにエルンストが言ったその言葉に対して、セリナは頭を横に振った。
「その前に、過去……いえ、歴史についてしっかり把握したいんです」
『歴史?エンシェントスケールキャットのことなら僕が教えられるよっ!』
「ふふっ、ありがとうライラ」
はしゃぐライラを見て、クスクスと笑うセリナ。
リオナルドはまだ納得していないようで、セリナに対して疑問を浮かべた顔をしている。
「具体的にはなにを知りたいんだ?」
「例えば『勇者』と『魔王』について。それから、精霊について。あとは二十五年前のこと」
エルンストがピクリと反応する。
それに対して、セリナは後ろにいるエルンストのほうを向き、真剣な目で見た。
「私の時だけじゃない。長い歴史の中で『聖女』がいない時期は何度もあったはず。それについて知りたいのです」
「……それを知ることでなにか変わるのか?」
「はい」
はっきりとエルンストに答えるセリナには確信があった。
今回の『西国』で痛感した。セリナは知らなすぎる、と。
歴史本なら何度も読んだ。資料も何度も読んだ。覚えるまで死にそうになったこともあった。
だがそういう話じゃない。セリナが今まで知りえなかった世界の歴史がある。
そしてそこに『中央国』に、リアナに対抗するものがある。
今の曖昧な知識でも、テリアの洗脳魔法を解く魔法陣を作れたのだ。
ならば、もっと知識を得られたら、それは確実なものとなる。
「それなら、世界図書館に行くのはどうですか?」
「世界図書館?」
アルネスが小さく手を上げていった提案に、セリナは思わずオウム返しで問う。
セリナの知らない場所だ。
「世界の歴史の全てを管理する図書館です。そこでわからないことはないそうですよ」
「へぇ。どこにあるんだ?」
リオナルドの言葉に、アルネスはにっこりと笑う。
「魔法陣の外です」
「ぶっ!」
エルンストが噴き出した。
魔法陣の外……すなわち、人間の安全が保障されている外の場所。
魔物はもちろん、世界にとって危険な種族が跋扈すると言われている、未知の混沌世界だ。
知らなかったのも無理もないな、と心の中でセリナは納得する……が、それでも魔法陣の外と言われて驚かずにはいられない。
「いやいやっ!そんなところ行けるわけねぇじゃねぇかっ!一瞬で全滅だろっ!」
エルンストが食いかかるように言うが、アルネスはにこーっと笑う。
「大丈夫ですっ。僕が近くに転送魔法を置いておきました。その時は中には入れなかったけど、いつか行けたらなぁって思って。だから僕がそこまで案内できますよ」
「すげぇなお前っ!」
素直なエルンストと、驚きが大きすぎて言葉が出ないセリナとリオナルド。
「ま、魔法陣の外に……行く……?」
「嘘だろ……」
セリナが混乱しながらもなんとか理解しかけた、その時だった。
「させませんよっ!そんなことっ!」
セリナの思考をさえぎったのは、いつの間にか魔力の糸を解除して戦闘態勢を取る、テリアの大声だった。




