第130話『調和するもの』
街の復興がだいぶ進み、少しずつだが再開する店が増えたころ、ようやく魔法陣が完成した。
空に出来た透明な床にある魔法陣、その手前にはセリナ、奥にはアルネスがいた。
そして、隅っこで固まるようにリオナルド、エルンスト、ライラ。
他には、テリア、おばちゃん、おじさん。
『西国』女王エルダ、摂政のオルネム。
セリナが考えた、魔法陣を作動させるために必要な人材だ。
全員がセリナとアルネスの動向を気にしている。
特にテリアはアルネスと話せない状況に苛立ち、その気持ちをセリナにぶつけたいようだった。
憎しみと、リアナの洗脳魔法の相乗効果で、いつセリナを殺そうとしてもおかしくない。
それをしないのは、おばちゃんに止められているから。しかし、今まで見てきた洗脳魔法にかかった人間を見る限り、暴走してもおかしくない。
『大地の精霊』の洗脳がリアナの洗脳を上回ったか、セリナが思っているほど、リアナに洗脳されていないのか……
……いや、なんでもいい。今日で終わりだ。
セリナは目を閉じて深い深呼吸を一つ。
その後、開いた瞳は目の前の虚空を見つめていた。
そして紡ぐ。言葉を。
「来なさい、全ての元凶『大地の精霊』よ」
眷属たちがピクリと反応し、ピリッとした空気が一瞬で辺りを包んだその時だった。
空にいるのに辺りが砂埃にまみれ、強制的に目を閉じる。
それが収まったのを音で感じ、目を開けるとそこには黄色の美しい衣装を身にまとい、セリナを真正面から見下ろす男女がいた。
『大地の精霊』が男女で揃うと壮観だ。泉についていた男女の像などしょせん作り物だとわかるくらいの、美しさと神々しさを感じる。
セリナはまっすぐに二人を見ていた。
いつものように『聖女』のような美しい笑みと姿勢を携えて。
『あぁ、私たちを呼び出したのはそなたでしたか』
「呼びかけにお応えいただき、恐縮でございます」
『うむ』
そう言って礼をしたのは、精霊の後ろにいるアルネス。
対して、セリナの姿勢が一切変わらないことに気づいているだろう。
精霊相手にまったく臆さない態度に、力に怯えもしない『聖女』と呼ばれる人間ごときに、思うところはあるだろう。
だがそんなものは関係ない。思うところがあるのはこちらも同じだ。
セリナだって一人の人間なのだから。
「ずいぶんと人間に好き勝手されましたね」
セリナの言葉に『大地の精霊』たちはピクリと反応し――
二人同時に、頭を下げたのだった。
「せっ、精霊様!なんてことをっ!」
「そうだべっ!オレらなんかに――」
『我らは人間と盟約をかわすもの。人間に危害を加えることがあってはならなかった。謝罪する』
おばちゃんとおじさんの口を黙らせたのは、他でもない『大地の精霊』だった。
その対象である人間たちは話さない。セリナに全て任せる。そう話がついている。
セリナはにこりと笑い、口を開く。
「お二人のくだらないプライドで、ずいぶん人間が巻き込まれました。その程度で、終わらせるつもりはありませんよね?」
こんな言葉、他の精霊だったら意に介さないだろう。
だが、この『大地の精霊』は違う。
元凶のケンカにもなるくらい、人間との交流を望み、昔の約束を守ろうとしているのだ。
それくらい人間を大切にしたいという思いが強い。だからこそ強気にセリナは言うのだ。人間という言葉を絡めて。
『わかっています。私たち『大地の精霊』は貴女の力となりましょう』
『目覚めた以上、この国の安寧も約束する。私たちの力による影響もなくす』
「足りません」
『え?』
驚く『大地の精霊』たちにセリナは続ける。
「私の力になるのは試練を超えたから。国の安寧はかつての盟約。当然すぎて足りないと申し上げているのです」
『だ、だがっ……!』
『どうしたら良いと言うのですかっ!』
セリナは人差し指を伸ばす。
「一つ、洗脳魔法の技術を使って、この魔法陣にあらゆる洗脳の効果を無くす魔力を付与する」
また一つ指を伸ばす。
「一つ、お二人の力を『私たち』の権限で使えるようにする」
また指が増える。
「一つ、先ほどの『当然』を遵守する」
指を直し、口に手を当ててにこりと笑う。しっかりと『大地の精霊』を見据えて。
「これが条件です。いかがですか?」
本当ならもっと条件があっても良いくらいだが、これ以上『大地の精霊』を刺激して拗ねられても困る。
それに、この条件なら『大地の精霊』に不都合などないだろう。
『大地の精霊』たちは目を合わせなにかを考えこんでいるようだ。
その間なにも話さない。ただ待つ。
さて、プライドが勝つか、人間への罪悪感が勝つか。
『わかった。言うとおりにしよう』
セリナの勝ちのようだ。
『ではまず『聖女』と契約をする。それから『氷の精霊』のように、誰かもう一人力を分け与えたほうが良さそうだ』
『そうですわね。まだまだ『聖女』の力は小さい。ならば、守る者が必要でしょう。それが『聖女』の言った私『たち』なのでしょう?』
「いいえ」
『え?』
今日何度目かの精霊による驚きと、それに対応するセリナの笑み。
「私の仲間に力を授けてくださる話はありがたく頂戴しますが、私が言っている人物は違います」
そう言ってセリナは一人の人間を見た。
視線に気づいたその人物は、驚きの表情を隠せなかった。それは近くにいた人間もだった。
「ここは『西国』です。ならば、その国を統治する人間が、特別に精霊の加護を受けていても問題ないでしょう?」
これがセリナのこの交渉の一番のキモだ。
苦しみを、喜びを、重みを知る、女王エルダに力を託したかった。
「セリナ……貴女は……」
「エルダ様。どうかこの国のために、その命を使ってくださいませ」
精霊にもしなかった礼を、エルダに向けてする。
この国がどうなろうとセリナには正直関係ない。この国の行く末は、この国を案じる者が決めれば良い。
その『きっかけ』を作るだけ。
「私は……」
エルダは戸惑っていた。だが、横にいるオルネムを見て……彼がうなずいたのを見て、その顔は変わった。
一人のか弱い女性から、国を統治する女王へと。
その時、やりとりを見ていた『大地の精霊』たちが、嬉しそうに笑い始めた。その声はやがて大きくなっていく。
『気に入った!気に入ったぞ『聖女』よっ!そして国王よっ!』
『我らは力を貸すことを約束しましょうっ!』
砂埃が再び巻き上がる。
だが目を閉じるほどではなく、その理由が魔法陣に向かっているからだと気づいた頃には、魔法陣の線に沿って『大地の精霊』の力がまんべんなく行き渡っていた。
『我ら『大地の精霊』であり双柱神!私の名前はオルド!』
『私の名前はオルディナ!二つでテラ!調和するものなり!』
セリナの体の中に力が入り込んでくる。かつて精霊の試練を超えた時のような温かな力だ。
力に反発することのないように、セリナは目を閉じた。流れに身を任せ、ただそこに在る力を受け入れる。
やがて……力がセリナを満たした時、カッ!と目を開き叫んだ。
「テラっ!力を貸してっ!」
手を魔法陣へ向けると、セリナを包んでいた力が形を変える。
それは踊り子の衣装のようで違う、神々しいものへと変化した。
『氷の精霊』の時と同じだとすると、これは『大地の聖衣』と呼ぶに相応しい服だ。
どんどん湧き上がる力を魔法陣へと解き放つ。
その間にもう一つの力が魔法陣を取り巻いているのが分かった。アルネスだ。
見ると、セリナと似ているが、さらに動きやすそうな神聖な衣装に変わっていた。
「あああああああっ!」
全力で魔力を解き放ち、セリナは吠える。
温かい力なのに、全身を容赦なく痛めつける。これ以上は持たないと体が言ってくる。
今のセリナには過分な力だが、それくらいしないと完成しない。
それがこの魔法陣だ。
セリナの最終目的は、世界規模の洗脳魔法を解除するための魔法陣の完成。
そのためには、この程度で音をあげるわけにはいかない。いや、あげたくないっ!
――望むところだっ!
魔法陣が呼応し、効果を解き放つ。それはセリナが思い描いた形通りに。
さらに光りだし、目が開けられないほどのものになっても、セリナは魔法陣をしっかりと見ていた。
もうこの国に、二度と同じ悲劇が起こらないようにと。
これはいつもの静かなものとは正反対の、セリナによる『聖女』の祈り。
応えろっ!魔法陣っ!
国を覆うほどの砂埃が空にあった雲を四散させた。
ビリビリと山脈が悲鳴をあげるが、国は『大地の精霊』によって守られている。
そして……魔法陣の光がどんどん小さくなっていき……
セリナが力を使い果たし、ぺたんとその場に座った時、見えたもの。
淡い光を放ちながら正常に機能している、魔法陣の完成形だった。




