第13話『遺跡探索02』
私たちは遺跡の中を進む。
リオナルドが魔物を倒し、私が浄化の粉を撒く。暗くほぼ見えない中、明かりの魔法を閉じ込めたランタンを頼りに進む。黒いモヤで視界が悪いし、道が複雑に分かれているが、迷うことはない。
見える範囲には歴史的建造物のようなものもあるが、綺麗に残っているものはそんなにないように見える。これからは観光地としての価値が下がりそうだな。
それならいっそ、そこらにある石の箱のようなものの中をちょっと拝借して、換金して懐に収めたい。
……そんなことを考えるくらいにはリオナルドが強すぎて出番がない。これは楽すぎる。
リオナルドが襲い掛かってくる魔物の群れを倒した後、ぺいっ、と浄化の粉を撒くだけの簡単なお仕事。ちょっとどこかで見た農家の種まきと似てるな、などと思う。
それと同時に、なんてもったいないと思う。浄化の粉一袋は使い切ってしまいそうな勢いだ。かといってこれ以上ケチれないくらい少なく撒いている。
あぁ、この粉高かったのに……これも全部この遺跡が無駄に広いのが悪い。そしてここに元凶を置いたやつが悪い。これは許さない。絶対に全部浄化してやるんだっ。
そう心に誓ったあたりで……ようやく見えてきた。
「リオナルド様。そこの広場です」
遺跡に入った時から聞こえていたなにかの音。それが何者かの咆哮だとわかったのは遺跡に入って少し経ってからだろうか?その声が目の前の通路の先、大きな広場であろう場所から聞こえてくる。
黒いモヤでほとんど見えないそこから耳が痛くなる悲痛にも似た声。反響がより声を大きくしているのだろうが、それでも胸がざわつくような痛々しい咆哮。
魔物はいない。ここには一段と瘴気があるというのに、なにもいないのはおかしい。
「どうする?先に行って様子を見ようか?」
「いえ、私が見ます。そのあと作戦をたてたいと思います」
「わかった」
リオナルドは素直にうなずく。専門外だからなのか、私が元『聖女』だからか、本当に素直だ。本来なら小娘の意見を聞くような立場と強さではないだろうに。
それか、この柔軟さもリオナルドの強さだというのだろうか?
まぁいい。話が早くて助かる。
私は通路を先行しながらゆっくりと進み、後ろで待機しているリオナルドを見て、こくりとうなずくのを確認したあとそっと広場に足を踏み入れて――
ガゴォォッ!
私が立っていた床になにかが着弾した。それをかわしたあとに確認し、部屋の天井に明かりの魔法を投げる。辺りが見えるようになったところで、その攻撃してきたものをしっかりと目を凝らしてとらえる。
それは、広場の中央で暴れていた。
正確にいえばそれしか動けなくなっているみたいだ。身体が床にめり込んでおり、足が動かせないのだろう。暴れているのも、そこから這い出ようとしているようにもがいても見えるのだが……
しかしあれはまさか……?
「エンシェントスケールキャット……!?」
『古鱗猫龍』と書いてエンシェントスケールキャットと読む、姿を現すことことがめったにないと言われている古の生き物。全身に紫のウロコをまとい、長い三本のしっぽと大きな翼、そしてウロコよりも固い四肢から伸びる長い爪が特徴のドラゴン族だ。
目測では、体長は三メートルといったところか。この種族にしては小さいほうだがそれでもこれだけ暴れられれば十分に厄介だ。
私は飛ばしてくるウロコをかわしながら広場を一周して、エンシェントスケールキャットをざっとではあるが全身を確認する。
これは……
一つの予想が頭をよぎる。それが正解なのだとしたらここでとるべき方法は……
「リオナルド様!」
私は通路に戻りそのままリオナルドのところに行く。ウロコが私を追って迫ってきていたが、当たる前に通路に戻れたので壁が守ってくれた。
「……あれは、エンシェントスケールキャットか?」
「おそらく……そうだと思います」
疑問形なのはリオナルドも見たことがないから、私の言葉にうなずくしかなかったのだろう。
かくいう私も本の中でしか見たことがない。それほどに姿を現さない生き物なのだ。そしてそれは自分たちの力を知っている故に、他の種族を傷つけまいとしているため、と本に書いてあった。優しくおとなしい種族だと。
だがどうだ。初めて見たエンシェントスケールキャットはその身に瘴気をまとわせて暴れまわっている。
聞いていたものとは全く違う生き物だ。
だが……
「あれの身体の中の瘴気がどうやら元凶のようです。なんとかしなければいけません」
「倒すのか?」
「いいえ。他の方法をとります」
リオナルドに浄化の粉の袋を渡す。持っていた二袋のうち、まだ一回も使っていないものだ。
「これを床に撒いてほしいのです。囲むようにぐるっと円を描いて」
「……わかった。それでそのあとは?」
「私が始末します。その補助を」
「……よし。わかった」
これだけで伝わるのがすごいなと思いつつ、自分の予想をまとめる。
エンシェントスケールキャットの身体の中は確かに瘴気だらけだ。あれが遺跡を覆う瘴気の元凶なのも間違いない。
だが、同じく見えるのだ。残り少なくなってしまった魔力が。
となると原因は……
世の中には瘴気の種というものがある。それは魔力を持つものに寄生し、その魔力を食べて自分の瘴気へと変え成長する植物。その種だ。
それがもしエンシェントスケールキャットの身体の中に寄生していたら、それはもうとても上質なごちそうになるだろう。
そしてそれに抗い苦しんでいるのが今の状態なのならば……?
それならやることは、その瘴気を浄化して魔力を戻してやれば良い。
正直殺すほうが簡単ではある、が、瘴気があの身体を破って出て行ったらこの遺跡どころではないくらいの被害が出る。なにより、瘴気の種が成長した植物のほうが厄介だ。
それなら、あの身体に入っているうちに浄化してしまったほうが良い。
私は目を閉じて深呼吸し、指に魔力をこめる。
そして……集中し、ゆっくりと目を開ける。
「では……行きます。よろしいですか?」
「いつでも」
私とリオナルドは同時に床を蹴った。




