第129話『自由は正義か』
リオナルドの回想を聞き終わったセリナは、今もそびえ立つゴーレムたちに目を向けた。
全ては『大地の精霊』に惑わされた、小さな生き物の話だ。
だが、それでもその生き物は文字通り生きているのだ。
「精霊を侮っていたと認識させられたよ。セリナは本当にすごいなって思った」
「ふふ、ありがとうございます。ですが、まだまだだと痛感しております」
『東国』の『風の精霊』は、気まぐれにこちらを観察しているだけ。
『北国』では『氷の精霊』が、試練をこちらに合わせて優しめにしただけ。
『西国』は試練は越えたものの、まだ『大地の精霊』の名前を聞けてはいない。
「ですが、私はこのままでは終わりたくありません。それが私の選んだ道ですから」
そっと透明な地面に指を置き、一筋の魔力を込めてなぞる。
今描いている魔法陣には何の関係もない。ただ描いてみただけのものだ。
そんなセリナを、リオナルドは眩しそうに見ていた。
「……そういうところだよ」
「え?」
「いや、なんでもない。ちょっと長話をしすぎたな」
「いいえ、良い休憩になりました。ありがとうございます」
にこりと微笑むセリナに、リオナルドも笑顔で答える。もうなくなったお菓子とお茶の入っていた器を持ち、リオナルドは立ち上がった。
「そろそろ行くよ。まだまだ復興には時間がかかるからね」
「はい。頑張ってください」
「セリナも」
そうしてリオナルドは去っていき、その背中が見えなくなるまでセリナは見つめていた。
こんな些細な行動も、この国では『愛』と呼ぶのだろうか?
だが今のセリナは、名前をつけるのをやめたのだ。
ただ、リオナルドから目を離せなかっただけ。それで良いではないか。
揺れるギンバイカ。セリナの心は揺れない。
今は、まだ……
「セリナ様っ、今戻りましたっ!」
「おかえりなさい」
セリナがちょうど立ち上がった時、アルネスが階段を駆け上がって戻ってきた。
そして魔法陣を描く作業に二人で戻る。あーでもないこーでもないと微調整しながら順調に描いていく間、セリナの頭の中ではリオナルドの話を整理していた。
『大地の精霊』の巫女。
他の精霊に巫女という役目の者がいたのかは知らない。少なくともセリナは出会わなかった。
『愛』を謳う精霊が巫女という役目を与え、自分だけを愛し孤独を強いるとは、ずいぶんと皮肉な話だ。
反吐が出る。
忘れていた野望を思い出す。
人間を、世界を壊したいという野望だ。
『中央国』追放後はそれしか考えていなかったのに、ずいぶんと変わったなと思い、乾いた笑いが出た。
でもそれは、セリナが世界を知らなかったからだ。そして、まだまだ知らないことはたくさんある。
洗脳魔法を解くためには、もっと知っておいた方が良さそうだ。
「……おぅ、悪ぃな。ちょっと良いか?」
その声のした方を向くと、そこにはエルンストがいた。
今休憩に入ったのか、上半身は汗だらけで汚れまみれの裸、多少息が乱れている。
「エルさんお疲れ様っ!」
「お疲れ様です。どうしましたか?」
アルネスとセリナが同時に声をかけ、エルンストは『おぅ』と小さく返事をしながら、くしゃっと顔を歪ませて笑う。
そしてセリナのところまで来た時、その顔は真剣なものになっていた。
「この魔法陣で、この国に奴隷がいなくなるんだよな?」
「そうですね。力及ばず、この中心部だけになりますが……」
「それは……正しいことなのか?」
エルンストが少し口ごもりながら言う。
それにセリナも、聞いていたアルネスも首を傾げる。
「……というと?」
「俺がこんなこと言うのはおかしいって自分でもわかってんだけどよっ……!人には、その、居場所ってのも大事じゃねぇのかな?って思ったんだよ」
エルンストが頭をガシガシ掻きながらそっぽを向く。もどかしさや苛立ちを隠しきれないようだ。
それを見て、セリナはなんとなく察した。
その考えに至った根拠は、リオナルドの話の中にあった。
「奴隷でも、幸せに暮らしている者がいるかもしれない、ということですか?」
セリナの言葉にエルンストがピクリと反応する。
この国でエルンストが見たのは、治療を拒否されたり、どこに行っていいのかわからず逃げ出したりする奴隷の姿。
その奴隷は結局老人のものになり、セリナたちが倒したのだが、それでも全員とは言えない。
右も左もわからず、力のない者が逃げ出した先に待っている末路など、推して知るべし。
それよりはまだ奴隷として従っているほうがマシなのかもしれない。エルンストはそう言いたいのだろう。
「私は、幼少期に奴隷のような生活をしていました。地獄だったと思います。それから抜け出せた今、とても幸せです」
「それはお前が……っ!」
エルンストが言葉を止めた。
『それはセリナが強かったから』とでも言うつもりだったか。だが気づいたのだろう。
セリナは何度も死にかけている。実際、息が止まったこともある。
今生きているのは、生まれもった膨大な魔力のおかげと、ただ運が良かっただけ。
「私は他の命を背負う覚悟も、そのつもりもありません」
「………………」
「どのような環境にいても、乗り越えられるのはその人間の力だけ。そう思っています。この魔法陣は、そのきっかけになるかもしれないし、ならないかもしれない。それだけです」
苦々しい顔でセリナを睨みつけるエルンストを、しっかりと見た。
いつもの『聖女』のような笑みではなく、エルンストの心を刺すトゲのような気持ちに、真剣に答える。
「……くそっ!」
吐き捨てるような言葉の中に、どれだけの思いがこもっているのか……
おそらくだがエルンストは『大地の精霊』の影響を受けつつ、老人や女王との会話で思い出した二十五年前の記憶が、思考を惑わせているのだろう。
そんな思いを、セリナが到底理解できるわけがない。
「……いてぇな」
ポツリとこぼしたエルンストの言葉に、セリナはなにも返せない。
前に話してくれたエルンストの過去。それはもう取り消せやしないし、エルンストの心を縛り続ける。
『セリナはすごいな』
リオナルドの言葉が頭の中に浮かぶ。
だが実際はどうだ?
『聖女』だなんだと言われていても、こんな間近にいる人間の心も癒せない。
しょせんここにいるのは『偽物』だ。
私はその程度なんですよ、リオナルド様……
「エルさん。自然っていうのはとても厳しい。そんな自然を味方につけても、うまくいくとは限らない」
アルネスがゆっくりと話し始める。
エルンストはどこか遠くを見ていた。歯を食いしばりながら。
「でもやろうと頑張るエルさんがボクは好きだよ。それに、現実を見ながらも一生懸命なセリナ様も尊敬している」
自分のほうを見たセリナに、アルネスは穏やかな笑みを向ける。
「壁にぶつかっても、乗り越えようと頑張るみんなが大好き」
少しの沈黙――
それを破ったのは、エルンストのとてつもなく大きいため息だった。
頭をガシガシ掻きながら再びセリナを見るその顔は、少し悩みが解決したと言っているようだった。
「……なんか悪ぃな。良くなることも悪くなることも、きっかけってのが大事だよな。それが出来る最大限だよな」
バツが悪そうな顔に変わっていくエルンストを見て、セリナは思わず笑ってしまった。
セリナはエルンストのこういうところが気に入っている。
そして、そんなエルンストをついついからかいたくなってしまう。
「まぁ、エルンスト様から謝罪が頂けるなんて思いませんでしたわ。てっきり、筋肉で解決するとか言い出すのかと」
「あぁ!?今からでもやってやろうか!?筋肉の無限の可能性舐めんなよっ!」
「えぇ、どうぞどうぞ。見えないところでいくらでもやっていてください」
「プライドの高い元『聖女』様は見たくねぇよなぁ!見たら勘弁してくれって泣きついちまうもんなっ!」
「セリナですっ!」
やりとりを聞いてアルネスは『あははっ!』と大声で笑う。
良い天気の青空の下。国の上で起きたやりとり。
それを見ているのはゴーレムたちだけだった。




