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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第四章『西国(にしこく)』編
127/129

第127話『大地の試練(裏)』

おじさんに二人が合格をもらった次の日、朝食をとったあと、アルネスから着替えるように言われた。

いつも着ていた服だ。

アルネスも、最初に出会った頃に着ていた踊り子のような服になっている。少しだけきらびやかになっていようだが。


「力を感じたんだ。たぶん『聖女』様は今日動く。だから、こっちも気合入れて用意しないとね」

「動く?用意?なんの話だ?」

「それは歩きながら話すね」


そう言ったアルネスは、泉の横の部屋に入っていく。

その先にあったのは、泉の部屋とほとんど変わらない部屋だった。

男女の像が持っているツボから水が出ていて、大きな泉を作っている。壁や床にはツタが生えていた。

違うのは、泉のようにあたたかな水ではないので湯気がないことくらいだ。


「ここは『大地の精霊』様が用意した試練の場。この水には精霊様の力が流れてきていて、一瞬で魔力を持っていかれる。最悪待っているのは死さ」

「物騒すぎるだろ……知らんやつが入ったらどうすんだ」


エルンストが不満げに言うと、アルネスは振り返り、にこりと穏やかに笑った。


「だからボクたち眷属がここを管理し、さらに巫女だけが入れる場所になっているんだ。おじさんとボクが認めた人しか入れないし、ボクたちの管理下にない者は淘汰されるだけだねっ」

「そう聞いても物騒って感想しかねぇよ」


若干引き気味のエルンストに、アルネスはいつものように『あはは』と笑った。


「この先にいるのは『大地の精霊』様。たぶん『聖女』様はこの試練を乗り越えて精霊様を目覚めさせる。向こうの精霊様が目覚めたら、こちらの精霊様も目覚める」


アルネスがゆっくりと泉に向かって歩き出す。


リオナルドは止めようとした……が、動けなかった。

アルネスから、今まで感じたことのない魔力をその目で『見て』しまったからだ。


「目覚めた精霊様をお迎えするのが巫女の役目。おじさんはボクに託した。だから、ボクはこの泉を越えなきゃいけない」

「お、おいおい。大丈夫かよ」

「あはは、わかんない。出来なかったら死ぬだけだよ」

「おいっ!」


エルンストが真面目に怒るが、アルネスの足は止まらない。

エルンストも、アルネスの口調とは全く違う迫力に足を止めてしまっている。

そうして入水していく様を、リオナルドたちはその場で眺めることしかできなかった。


「巫女の役目は、精霊様に愛を送り続けること。他の誰も愛さず、精霊様に全てを捧げること」


呟くようなアルネスの言葉に、リオナルドの腹の奥からなにかがこみ上げてきた。

精霊だけ愛する?全てを捧げる?それが愛?それが巫女の役目?


……気持ち悪い……


「ボクが巫女としての役目を果たすにはまだ未熟。何千年も先の話になる。でも、今この時だけは……精霊様に全てを捧げます。だからどうぞ精霊様。どうかお導きを……」


泉の中央まで歩いて行ったアルネスは手を組んで目を閉じる。

アルネスの魔力がどんどん減っていくのが、リオナルドには『見え』た。

魔力がなくなれば死ぬ。なのに、アルネスは動かない。


「なんだ……これ……っ。これが試練だってーのかよ……っ!」


泉に入れる実力ではないと悟ったエルンストが、この光景に対してギリッと歯ぎしりをする。

今まで出会った精霊でも思ってはいたことだが、タチが悪すぎる。

精霊にとって、この大地に住む種族など取るに足らない存在なのはわかった。だが、こんな簡単に命を奪うような試練なんて……!


「アルネスっ!もうっやめてくれ!」


リオナルドが叫ぶ。

迫力に負けた、動かない足をなんとかしてでも動かそうとしたその瞬間――


「え……?水が……減っている……?」


先に気づいたのはリオナルドだった。

アルネスの下半身を沈めていた泉が、アルネスの魔力によって減っているのだ。ものすごくゆっくりだったが。そしてこの間もアルネスは祈るようなポーズをやめずにいる。


「巫女っつーのはな、精霊様と共存する代弁者なんだ」


その声に驚き、動かなかった体が急に言うことを聞き出した。

そして勢いのまま振り向くと、そこにはおじさんが真剣な顔でアルネスを見ていた。


「微生物みたいなオレらが精霊様と意思を通わせられるってーんだ。光栄なことだべさ」

「そんっ、なに偉いのかよ!精霊ってのはよ!」

「んだべ。オレらを作ってくれた創造主だからな」

「だからって簡単に命をもてあそんでいいのかよっ!」


エルンストの吠えるような声も、おじさんの冷静な声によってかき消されるように反論された。


「世界を変えるだ、精霊様のことを手なずけるだなんてのが、よっぽど大層なことかわかんべ。お前たちがやってんのはそういうことだ。たかが人間のために、精霊様が動くこと自体がありえないんだってことを忘れるな」


今まで精霊やその上位の『精霊王』に出会ってきた。

すごい存在だというのはリオナルドだってわかっていたはずだ。

だが、目の前に現れたことで、それほどの存在ではないだろうと思ってしまっていた。

本来は、自分で作った眷属ですら歯牙にかけないような存在。それが精霊。


「精霊様を動かしたお前らには、これからもこんなことが当たり前に起こる。いいか、当たり前にだ。たとえここでアルネスが死んでも、そんなのは当たり前だ」


おじさんの言葉で慌てて、リオナルドはアルネスのほうを『見た』。

リオナルドとエルンスト、二人を固まらせた魔力がもう底をつきそうだった。


このまま……アルネスは死ぬのか……?


「フロストっ!来いっ!」


エルンストが叫ぶと、氷がエルンストをまとい、やがて氷の鎧へと変化した。

そしてエルンストはそのまま泉に向かっていくのを見て、リオナルドはすぐに止めた。


「止めんな!こんな泉ぶっ壊してやるっ!」

「ダメですっ!先にこっちがやられるっ!」

「うるせぇっ!やってみねぇとわからねぇっ!」


リオナルドの制止を振り切り、エルンストがずんずん進んでいく。

氷の斧を顕現させ、魔力を底に注ぎ込み始めた。狙うは水を出している男女の像の男のほう。

そっちを選んだのは、単純にエルンストに近かっただけだ。


「無茶だっ!落ちついてくださいっ!」


リオナルドの言葉は届かない。

氷の斧にどんどん力がたまっていくのを、リオナルドは『見ている』だけだった。


……いいのか……

このまま見ているだけで……


「――っ!」


腰に携えていた剣を抜き、魔力を込める。

歩き出し、止まったその場所には女の像がある。


エルンストには目の前の命を救いたいという信念がある。

ではリオナルドは?どんな信念を持っていた?


「微力ですが、二人を支えます……っ!」


こんなことは無意味だとわかっている。

だが、もうリオナルドは止まらなかった。


「そう言うと思ってたぜ……っ!」


エルンストが笑っている。全力の魔力をぶつける気だ。

その先に待っているのは……魔力切れだけで終われば良いが、精霊に逆らったと消されるかもしれない。

可能性の話ではあるが、おじさんの言葉を聞く限り、精霊というやつらはそうしてもおかしくない存在だ。

だが、目の前の命が消えていくのをただ見ているなんて、騎士の名がすたる。

仲間は『支える』のがリオナルドの信念だ。


この行動を『愛』だというのなら、なんとでも言うがいいっ!


「いつでもどうぞっ!」

「行くぞっ!」


リオナルドに応えてエルンストが吠える。

そして二人が同時に武器を像に向かって振り下ろした。


その瞬間だった――


ふわりと、なにかあたたかい空気がリオナルドの体を通り過ぎた。今まで感じたことのない空気だった。

嫌な気持ちにはならず、むしろ悠久の大地の大きさに、優しさに触れたような……そんな気分になった。

リオナルドは思わずその名を呼んだ。


「セリナ……?」


リオナルドが感じたのはセリナの魔力。

泉の魔力を通して、セリナが『怖くない』と言っているようだった。


その時、リオナルドとエルンスト、アルネスの魔力が泉の水に吸い込まれた。

溶けあい、混ざりあうようだった。まさに『共存』という言葉が似合うような、そんな感覚を感じてリオナルドの全身から力が抜けて、その場に座り込むと同時に剣が音を立てて床に落ちた。


「これは……あいつの力か……?」


ポツリと言ったエルンストのほうを見ると、氷の力が解けた状態で、その場に同じく座り込み、リオナルドに確認するかのように驚いた顔を向けていた。

どうやら、エルンストも感じたようだ。


「たぶん……セリナじゃないかと……」


心地良い空気を体で感じながらも起き上がろうとしたリオナルドの後ろから、手を叩く音が聞こえた。

おじさんが後ろで拍手をしていたのだ。


「こりゃあすげぇな。見事だべ」

「……あはは、さすがは『聖女』さまだ。すごいなぁ」


疲れた様子のアルネスの声が聞こえ、今度はそっちを見ると……


「水が……なくなっている……」


アルネスを囲んでいた水がなくなり、男女の像が持つツボからも流れて来ない。

一体なにが起きた……?


「どうやら向こうで『聖女』様がこの試練を超えたみたいだべ。こっちにまで影響するなんて、とんでもねぇ嬢ちゃんのようだな」


セリナがこれを……?


「ははっ……」


抜けた力でリオナルドは笑った。

そうだよ。セリナはこんな精霊相手にも臆さず立ち向かってきたんだ。

『大地の精霊』なんかに負けるわけがなかった。

尊敬の二文字を心に置き、リオナルドは目を閉じた。


「会いたいな……」


小さく言ったその言葉は、誰の耳にも入らなかった。

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