第126話『おじさんの試練03』
セリナはリオナルドの話を聞いて思い出していた。
再会後の、老人たちとの戦闘の時のことだ。
あの時、弱っていたとはいえセリナは老人はもちろんのこと、細身の男にすら死を感じていた。
対してエルンストは全員を守りつつ、ライラと共闘しながらも老人を相手に生き残り、リオナルドは細身の男を気づかうくらいにまで余裕を持っていた。
あの戦いでは老人が強すぎたため、成長を感じにくかった。
だが、今考えたらそれはとんでもない成長だとわかる。
そしてそれは、おじさんとやらとの特訓があったからだったのか。
「それから、私たちは広間から続く部屋を借りて、おじさんは広間にいた。広間に出るとすぐにおじさんからの攻撃が待っている。死ぬ寸前まで追い込まれて泉に入れられ、アルネスが部屋に抱えて戻ってくれる。その繰り返しさ」
リオナルドは苦笑しながら話を続ける。セリナの知らないおじさんとの話を――
「今日のイノシシの一頭食いは美味かったな」
「なんというか、ここの食事は豪快ですよね。思っていた『西国』の料理のイメージとは違います」
「あははっ。それはこの里が男の街だからだよっ。やっぱり男はそういうの雑になりがちだからねっ」
先ほどアルネスが持ってきた料理の感想を、リオナルドの部屋で話す三人。
正確に言えば、ここにリオナルドとアルネスが一緒に寝泊まりしている。
最初は対策を考えるため男三人同じ部屋だった。
だが、夜中でもリオナルドがアルネスに突破方法を一緒に考えてもらっていたら、寝て体力を回復したいエルンストから『うるせぇ』と言われてしまったからだ。
「うっし。腹ごなしがてら死にかけてくらぁっ」
エルンストはそう言うと部屋から出ていく。数秒後に聞こえる戦闘音。もうお馴染みの音になってきた。
変わったのは、アルネスに連れられ部屋に帰ってくる回数が減ったこと。
エルンストの魔力が変わっていっているのをリオナルドは見ていた。
「エルさんはもう少しってところだろうね」
「そうだな……」
「リオさんもだよ。このまま続けて」
「あぁ」
リオナルドは今、床にあぐらをかいて座っている。
普段の服ならこんな固い床に、長時間同じ格好で座っていられないが、今着ているのは服アルネスからもらったこの里の服だ。なかなかに動きやすくて助かる。
その服のすそが、自身の魔力で少し浮いているのがわかる。それをゆっくりと戻す。そして深呼吸。
この繰り返しだ。
「物に魔力をためる、なんて冒険者なら誰でもやっていることだけど、それも鍛錬次第。これって、騎士で言う『剣を身体の一部にする』と似たような理屈だよね」
アルネスのこの一言にハッとなった。
『東国』の訓練でよく言われていたことだ。同じ騎士団長ならクインが一番それをやっている。
ちなみに、前にクインにやりかたを聞いた時、悩んだ顔をしながら『魔力を剣に込めて、こう、ぐいーっとして、自分のものになる感覚が来るから、そこで魔力を一気にバーッとだすんだ』という説明をしてくれた。
全く分からなかった。
「剣使いなら剣、魔法使いなら杖、こぶし使いならこぶし……なんていうのがお決まり。でも、そんな常識は壊してしまえばいい。魔力の使い手ほどエモノは選ばないようにね」
リオナルドの訓練は、自身の身に着けている物を魔力で自在に操ることだ。
触れている物はすべて自分の一部だと、それくらい魔力を自在に操れるようになれば、あとは応用だ。
エルンストはそれをおじさんとの戦闘で感じ、リオナルドはそれを訓練で感じる。
それぞれのやりかたで強くなり、そして……
「自分も、大切な人も守れる力。支え合い、共に成長していく……寄り添った二つの木のように。これが『大地の精霊』様の教えの一つなんだ」
アルネスが手を組んで、目を閉じながら教えてくれた言葉。
それをリオナルドが理解することはできない。正確にはしたくない。
「それが『愛』って言うんだ」
その一言を聞いたからだ。
「愛……?」
「そう。愛とひとくくりに言ってもたくさんの意味がここに存在する。それが無限に強くさせてくれるんだ」
言っていることはわかる。だがそれは理屈の上だけだ。
愛などというものに振り回され、自己を見失い、衝動を抑えられず暴走する。そんなものは掃いて捨てるほど見てきた。嫌悪感しかない。
『好きだ』だ『愛してる』だ、そんな甘言で惑わす者ほど信用ならない。気持ち悪い。
『リオナルド』
声が聞こえてくるような気がした。あの人の声だ。
いらない。そんなものはいらない。愛などいらない。
そう思っているのに……
『リオナルド様』
次に浮かんだのはセリナの顔だった。
なにも信じていない女性、なのに、なにかを信じようとしている。そんなか弱く強い女性だ。
セリナの苦しむ顔が見たくない。セリナが引きずりながら歩く足を支えたい。
それをもし『愛』という言葉に収めるのなら、心底ごめんだ。自分に吐き気がする。
「リオさんにどんな過去があるのかは知らない。けどね、過去はフタをするものじゃない。間違いを気づかせてくれるものだよ」
アルネスが言う通り、この痛みがセリナを、仲間を支える力になるのなら……
それを『愛』と呼ぶのはまだまだ無理そうだが、それでも立ち上がる力へと変えられるのなら……
「リオナルドっ!そっちだっ!」
「はいっ!」
おじさんと戦っているエルンストのところへ参戦したリオナルドは、言われたほうへ走る。
全身に魔力をこめつつ、さらに足に魔力を込めるやりかたをすると、何倍にも速くなれた。
しかも、今のリオナルドは戦いの最中に足を負傷している。折れてはいなさそうだが、普通に歩くことも困難なくらいだ。
だが……それでも走れた。アルネスの力の出しかたと同じように。
アルネスのように筋肉が膨張するわけではないが、今までのリオナルドだったら考えられないことだ。
「おらあっ!」
腕から血を流しながらも、エルンストが氷の斧でおじさんを斬る。だが、それをひょいと簡単に避ける。
そこにリオナルドが追撃した。おじさんの次の行動が、ほんの一瞬先だけ『見えた』のだ。
「おっと!」
おじさんがリオナルドの剣を両手で挟むように受け止める。
その瞬間――リオナルドは剣を手放し、作ったこぶしに魔力を込めた。
素手で戦ったことのないリオナルドの攻撃は、おじさんを驚かせ――
「ぶっ……!」
リオナルドのあご下に、おじさんが履いていたサンダルが当たる。
その間におじさんはリオナルドの剣を持ち直し、リオナルドに向けて……
「させるかっ!」
エルンストがリオナルドが後ろに引いたタイミングで攻撃を繰り出す。
それをおじさんは、剣を持っていないほうの手で受け止める。
ズンッ、とおじさんの足が少しだけ地面に埋まる。その間にリオナルドは体勢を整え、握っていたこぶしをおじさんに向けて繰り出し、エルンストもまた氷の斧を持つ手に魔力を込め――
「よし、いい感じになったべな。お前ら合格だ」
「ぐえっ!」
「がっ!」
おじさんが避けたせいで、リオナルドのこぶしが当たってしまったエルンストが吹っ飛び、それに驚いたリオナルドがおじさんを見失ったその一瞬に蹴りで吹っ飛ばされる。
壁にほぼ同時に当たり、ずるずると落ちる二人を見て、おじさんはニカッと笑った。
「んん、この短期間でまずまずだ。基礎が出来ているだけ教えるのが楽だな、なぁ、アルネス」
「あははっ、そうだねっ」
様子を見ていたアルネスが嬉しそうに笑うと、ポニーテールが揺れた。
頭から伝う血で片目を閉じながらもリオナルドがその様子を見ていると、おじさんがガハハッ!と今まで一番の大声で笑った。
「いやーっ、楽しい暇つぶしだったべっ!」
「おじさん……必死の二人の前で言わないでよそんなこと」
「それよりも、今度はお前の番だべっ。まぁそこはなんとかやるべさ」
「うん、わかった」
なんの話だ?
それを聞く前に、疲労と怪我で動けないリオナルドとエルンストはアルネスにひょいと抱えられ、泉に連れられて行ったのだった。




