第125話『おじさんの試練02』
「魔力というのは、血液と似たようなものなんだ。血は栄養の運搬や老廃物の排除、体温や水分の調整、傷口を防ぎ免疫や抗体を作る。魔力もそれと同じ役割をしてくれる」
アルネスの細い指が自身の腕をなぞる。そこに血管が見えた。
「すなわち――運搬、調整、防御だべ」
おじさんの蹴りがリオナルドの肩を蹴り、そのまま壁まで飛ばされる。
「魔力も同じだよ。力の運搬、調整、防御をしてくれる。それを全てフルに使って強化しているのが今の二人の状態」
アルネスの腕が再び何倍にも膨れ上がる。
リオナルドの『目』には、腕にまとわりついた魔力が、これ以上ないくらい溢れかえっているように見えた。
「その使い方は正しい。だが、それだけじゃすぐにガス欠にならぁな」
エルンストの氷の斧がおじさんのこぶしによって壊される。
それに驚いているスキに、エルンストは床に叩きつけられた。
「心臓によって絶えず流れる血液と同じく、フルに強化している状態を通常だと体に錯覚させるんだ。そして、限界量を増やす。心臓の負担は増えるけど、それはあくまで血液の話」
アルネスの腕に変化が起きる。二の腕だけが太く、他は元の細さに変わったのだ。
「心臓すらも守っちまえるのが魔力。水分で血液が増えるように、自然の力を取り入れて魔力量を増やし、それを自分のものへとしちまう」
砕けた氷の破片を見えない速度でリオナルドのほうへと投げると、壁に倒れていたリオナルドは肉体ごと壁に縫いつけられた。
「それが一歩進んだ魔力の使い方。コントロールはもうすでに出来ている二人だから、きっとできるはずだよ」
アルネスは腕を戻すと、手のひらを地面につけた。
そして……轟音を巻き起こして地面を指でえぐった。
「それがお前らに出来たら、合格にしてやっからよっ。ちょっと頑張ってやってみるといいべ」
意識がなくなっていく二人に、ニカッと笑いながらおじさんは言ったのだった。
「理屈はわかったけど……」
リオナルドは、泉にプカプカ浮かびながらポツリとこぼした。
その横でエルンストが泉の水で自身の血を洗い流している。
「こりゃあ思ったよりも難しいな……」
この里に来て何日も経っていたその日。
リオナルドたちはいつものようにおじさんに殺されかけ、泉に浸かっていた。
「こういうのは理屈とひらめきが大事だからね。でもここに来た時よりは掴んでいると思うよ」
二人を見守り、励ましてくれるアルネス。
アルネスからもらった、薬草で作ったという緑色の飲み物を飲みながら泉に浸かっていると、なんだか贅沢な気分になれるが、焦りと苛立ちはつのっている。
「そうかぁ?なんか、こう、なんかなんだよなぁっ」
「エルさんは理屈よりも直感型みたいだからね。その『なんか』がわかれば、もう完璧だと思うな」
その言葉の通り、リオナルドから見たエルンストは何かを掴みかけているように見えた。
いつもたちのぼるように出ていた魔力は抑えられているのに、おじさんについていける場面が多くなってきているのだ。
それに比べ、リオナルドは……
「理屈だけじゃダメ、か……」
頭で物事を考えるクセがある。それで惑わされることもよくある。
リオナルドの中の『当たり前』がこういう時、邪魔をしてくるのだ。
「リオさんは理屈型だから、それで良いと思うな。考えて考えて……考えすぎて疲れた時、ふとわかることもあるかも」
「うーん」
頭で納得しそれを実践することで得た力もあるし、なにも考えずに訓練に明け暮れたこともあった。
どちらも、今のリオナルドの力になっている。
おじさんには、そのどちらも通じない。自身の魔力が言うことを聞いてくれない。
「魔力のコントロール……許容量……か……」
それを考えるとすぐに思い浮かぶ人物が一人いる。
強大な魔力を持って生まれ、今はそれを完璧にコントロールしている人物だ。
彼女も理屈型で……そこまではリオナルドと同じだが、それ以外は全く違う。
試行錯誤を繰り返しながら、魔力の研究を行う。才能にあふれているのに、努力もする。
もしこの場に彼女がいたのなら、色々実験を繰り返しながら乗り越えていくのだろう。
そこがきっと、彼女が『聖女』として精霊に認められるゆえんだ。
そして……リオナルドとの大きな違いだ。
「……よし。もう少しおじさんと戦ってくらぁ」
エルンストが泉から出ていく。
そして少し経つと、いつもの戦いの轟音が鳴り響き始めた。
それを……見ていることしかできないのか……
リオナルドは目を閉じて、自身への怒りをこらえた。
落ち着け。自分が未熟者なのは『東国』にいた頃からわかっていただろう。
「……あの、ね。リオさん」
おずおずと聞いてくるアルネスに、目を開けたリオナルドはパッと顔を明るくするように努めた。
「聞きたいことがあるんだけど……良いかな?」
「私で答えられることなら」
「うん、あのね、その、聞きたいのは『聖女』様のことなんだけど……」
リオナルドの眉が一瞬だけピクリと動く。
それに気づいていないアルネスは、もじもじと指をせわしなく動かしながら言葉を続ける。
「どんな人なのかなぁ?って思ってさ。いや、あの、別に好意があるとかそういうわけじゃないんだ。いや、えぇと、尊敬って意味では好意はあるけど……そうじゃなくて……」
リオナルドの眉がもう一度ピクリと動く。だが、笑みは崩さなかった。
「セリナについてか?そうだな……」
「うんっ」
アルネスがキラキラとした瞳を向けてくるが、リオナルドの心は何故かざわついたままだ。
「守銭奴だな。あとは思った以上に口が悪い。それから自分の利益にならないことは嫌いで、自己評価が低すぎる。容赦ないところもあるし、危なっかしいところもあるな」
「へぇ……」
アルネスがきょとんとした目をしているのを見て、リオナルドはハッ!となった。
アルネスはセリナを尊敬していると言ったのに、セリナの悪いところばかり言ってどうするんだっ。
そう思い、慌ててリオナルドがセリナの良いところを言おうとした時、アルネスが先に言葉を発した。
「結構『聖女』様って普通の人なんだね」
……あ……
「ボクさ、実は『中央国』にも少しだけ立ち寄ったんだ。その時『聖女』さまのお話を耳にして……ううん、噂は信じないと決めているから。でも、実際に会ったことのある人の話はなによりも大事だなって思ったよ」
アルネスが穏やかな笑みを浮かべる。
尊敬……というよりは、どちらかというとホッとしたかのような、そんな笑みだ。
アルネスにはセリナとなにか因縁があるのだろうか?リオナルドにはわからない。
だが……そうだった。
離れていたからか忘れていた。セリナはそうなんだ。
「……そうだよ。普通の可愛らしい女性なんだ」
リオナルドは目を閉じた。
泉の温かさが、苛立っていたリオナルドの気持ちを溶かしていくような感覚になった。
自分の才能のなさが原因で、セリナが遠くに行ってしまう気がした。
でも……そうだ。セリナはそれだけ頑張ってきたんだ。それだけ耐えてきたんだ。
それを、支えようと決めていたんだった……
「ははっ。なにを焦っていたんだろうな」
リオナルドの口から自然と言葉がこぼれる。
アルネスにも自身にも向けた言葉ではない。ただの感想のようなものだ。
そうしてリオナルドは深呼吸をした後、ゆっくりと今までのことを思い出していた。
産まれてからのこと、そして『東国』でセリナに出会ってから今に至るまでのことを。
すると不思議と笑みがこぼれた。その余韻が心地良くてリオナルドはしばらくそうしていた。
セリナは今なにをしているのだろう?
セリナに話したいことがたくさん出来た。
セリナに聞きたいこともたくさんある。
話そう。たくさん話そう。
そして……伝えよう。
セリナと旅に出て良かった、と――
リオナルドは泉に浸り、アルネスは見ていた。
リオナルドの魔力が穏やかになり、さらに強化されていく様子を。
彼の原動力がなんなのか――
その正体に気づき、微笑ましく思いながら。




