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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第四章『西国(にしこく)』編
124/124

第124話『おじさんの試練01』

「ちょ!待てよ!まずは説明を――」


エルンストの声はそこでかき消えた。

正確には、おじさんの一瞬の突進によって腹に一発食らい、くぐもった嗚咽のような声に変わったのだ。


「説明、説明なぁ」


前かがみに倒れたエルンストの頭をおじさんの膝がとらえ、エルンストのあごが上を向き口から血が出る。

そこでリオナルドは思わず剣を抜き、おじさんに向かって起き上がりながら突進した。

おじさんがいるところで下から上に剣を振るが、空を切るだけ。

すでにおじさんはリオナルドの後ろで片手を腹巻に入れたまま。片方の足はサンダルを脱ぎ、爪でくるぶしを搔いていた。


「おしゃべりなアルネスからもう聞いてんだべ?オレたち小人族は『大地の精霊』様の眷属だ。そして、オレとアルネスは精霊様の巫女。小人族の中でも力をたくさんもらった存在だ」


巫女……その単語に、思わずおじさんの頭の頂点にある三本の髪の毛が揺れているのを見るが、すぐに気を持ち直して剣を握った。魔力を『目』にためる。そしておじさんが動くのが……見えたっ!


「精霊様ってーのは、力を認めたものにしか反応しねぇ。ここに例の『聖女』がおらんっちゅーことは、精霊様を目覚めさせるのはまず無理だ」


自分がとらえているよりも何歩も早く剣を振るが、まるで勢いを無視するかのように優しく刀身はおじさんの手で掴まれ、そのまま剣ごとリオナルドは一回転させられ、地面に叩きつけられる。


「でもな、無理を可能にする人間もおったって話だ。それがのちに伝わっとる『勇者』の仲間だ。あいつは『勇者』も『聖女』も頼らず、自力で精霊様を呼び出した」


リオナルドの剣がおじさんによって、リオナルドの顔に向かって地面に縫いつけようとする、が、それを身体を素早く起こして避ける。


「お前らにはそれが出来るかっちゅーかというと……んまぁ、今の状態じゃ無理だべな。だからオレが鍛えてやるっていうサービスだ。良かったな」

「そこがわかんねぇって話だっ!」


エルンストがおじさんを斬りつける。上から下に振り下ろされた氷の斧をおじさんは片手で支え、地面に少しだけ残った砂を器用にエルンストの顔に向かって蹴った。


「ぐっ!」

「今『大地の精霊』様は目覚めようとしとる。それがちーとまずいんだわな」


砂をかけられとっさに目を閉じて、ひるんだエルンストの腹を蹴って後ろに飛ばす。

飛んでいったエルンストは、それでも氷の盾を構えて塞いでいた。


「なんにでも手続きってもんがあらーな。このまま精霊様が目覚めりゃ、この国はあっという間に終わりだ。誰も住めねぇ荒れ地となるだろうさ」

「だから……私たちがその前に『大地の精霊』を目覚めさせろ、と?」


床に落ちていた自分の剣を拾いながら走ったリオナルドが剣をふるう。

横に薙いだ剣は、またしても空を切る。しゃがんだことを確認できたリオナルドは考えるよりも早く剣を切り返して、下から上に斬った。


「その通りだべ。よし、説明は終わりだな」


おじさんはリオナルドから少し離れたところにすでに移動して、ニカッと笑った。

そして自分の後ろ、さきほど『風の精霊』が見ていたドアの横にあるもう一つのドアを肩越しに親指でさす。


「死ぬ寸前まで行っても大丈夫だぞ。そこの部屋に泉があってな。お前らをぶっこめば勝手に回復する。だからな……」


おじさんが大きく足を開く。さっき見たおじさんの戦闘ポーズだ。


「安心しろ。何度でも殺してやるからよ」


何も変わらない様子のおじさんに、リオナルドの血の気が引いた。

冷や汗が流れる中、横に並んで氷の武器を構えるエルンストと目を一度だけ合わせた。

そして……二人は同時におじさんに向かって駆け出した――






「二人とも、大丈夫ですか?」


リオナルドが目を開けた時……全身は温かい水に浸かり、頭だけが端に寄りかかっていた。

それは横で寝ているエルンストも同じだ。それをアルネスが心配そうにのぞき込んでいる。


「くっ……!」


ばしゃりと心地良い音を立てて上半身を起こすと、思ったよりもダメージを感じなかった。ということは、ここがおじさんの言っていた例の泉なのだろう。


あたりを見回すと、左右にいる男女の像が持つ壺から流れる水が、大きな水たまりを作り、それが泉となっていた。心地良い水の音、さわさわと揺れる葉がポチャンと泉に水滴を落とす。

泉というよりも温泉みたいだな、とリオナルドのまだ回っていない頭が思った。


「おじさん容赦ないんだから……ごめんなさい。ボクじゃ止められなくて……」

「いや、いいんだ……」


本当に申し訳なさそうに謝るアルネスを見ながら、リオナルドは頭を少しずつ起こす。

整理しろ。状況確認だ。


まず、ここには『大地の精霊』がいる。

片割れという言葉の正体はわかっていないが、それはそのうち聞けば良い。


それから、セリナはここではない『大地の精霊』の片割れにいる。そう『風の精霊』が言っていた。

ならば、少なくとももう老人から狙われていない。無事に逃げ切ったようで何よりだ。


リオナルドたちがここにいる『大地の精霊』を起こさなくてはならない。

そのためにおじさんが鍛えてくれている。死ぬ寸前まで。

さすがに死を感じた稽古は今までしたことがなかったが、強くしてくれるというのだからありがたいことだ。

……そう思ってしまうのは、リオナルドが騎士だからだろうか?


「アルネスもこの稽古をしたのか?」

「えぇ、まぁ。おかげで頑丈になりました」


苦笑するアルネスの体を見て……すぐに目をそらす。男だとわかっていても、その体つきは女性にしか見えないのだ。頑丈と言われてもいまいち実感できない。


「……教えてくれ。おじさんに勝つにはどうしたら良い?」


声が聞こえて振り向くと、大の字で寝たまま目を覚ましたエルンストが、アルネスを真剣な目で見ていた。

それを見て……アルネスの顔も変わった。


「二人に足りないのは魔力の使い方です。すでに身体強化へと昇華させていますが、それはまだ初歩的なものです。身体強化状態をニュートラルにして、使う時はさらに強化を」

「……どうやれば良い?」


アルネスが立ち上がるとエルンストも起き上がり……それをアルネスは手で制した。


「その泉に浸かっていてください。そうしたら魔力が減ることはありません。まずはそこでコントロールを覚えてください」


次の瞬間――


「なっ……!」


一瞬にして、アルネスのこちらへ向けられた手が何倍にも膨れ上がったのだ。

筋肉の膨張というにはあまりにも大きく、もう片方の細腕からは考えられないくらい。


「なんだと……!」


エルンストがリオナルドよりも驚いている。

まだまだ若輩者のリオナルドよりも、エルンストのほうが研鑽を積んでいる。驚きが大きいのも無理はない。


「その筋肉の張り巡らせかた……美しすぎるだろ……!」


……あぁ、そっちか。

心の中でツッコミを入れたリオナルドは、小さくため息をついたあと、改めてアルネスのほうへ顔を向けた。


「ボクが教え込まれたものを二人に教えます。それをモノに出来るかどうかは、二人次第です」

「上等だ」


ニヤリと笑うエルンストの全身から魔力が立ち上がる。それを見てリオナルドも気合を入れた。


「アルネス、敬語を抜いてくれ。俺たちは教えを乞う立場だ」

「……わかりまし……わかった。じゃあ、厳しくいくよ」

「おう」


そうして、アルネスから魔力の使い方を学ぶことになったのだった。

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