第123話『おじさん』
誰だ……?
見た目の特徴からして小人族だというのはわかるし、この里の住人なのだろうが……
「おじさんっ!久しぶりだねっ!」
「あー?百年ぶりだったか?えらくでかくなったなぁ。ちょっと前までこーんなガチんちょだったのによぉ」
「ここに来たのは五十年ぶりだよ。それにその頃にはもうこの身長だったよっ」
「オレが言ってっのはそっちじゃねー。ほら、ここだべ」
そう言って男は自分の心臓部分を親指でさすと、それを見たアルネスはあははと笑った。
「あの、アルネス……このおかたは?」
「あぁっ、ごめんなさい。この人はおじさんですっ。おじさん、この二人はリオナルドさんとエルンストさん」
「おじさん……?」
リオナルドがどうリアクションして良いかわからずいると、おじさんと呼ばれた男はジロジロと二人を見回した。
「なんだぁ?アルネス、おめぇこんなよそモンここに連れてきたんか。なんでもかんでも拾ってくるなって言われてっべ?」
「拾ったわけじゃないよっ。それにちゃんと見てよっ。二人からなにかを感じない?」
「あぁーん?」
あごに手を当て、中途半端に生えたヒゲをしょりしょりと触りながら見てくるのを、リオナルドたちは怪訝な顔で見るしかなかった。
リオナルドとおじさんの間にいるアルネスは、無邪気な笑顔でポニーテールを揺らしている。
「ははぁん、なるほどな」
「なんかわかりましたかね?おじさんよ」
エルンストがそう言うとおじさんはにやりと笑う。それに対して、エルンストはフン、と鼻を鳴らした。
「なーんもわかんね。なんの話してんだ?」
「わかんねぇのかよっ!」
エルンストが大声でツッコミを入れると、アルネスはまた笑いだした。
……なんだろう、これは……?
どうにもペースがつかめず黙ったままのリオナルド。
しかし、ちゃんと『見る』ことはやめない。
おじさんから発される魔力はアルネスと似たものを感じる。これは小人族独特のものだろう。先ほどあった住民からも同じ魔力を感じた。
……それだけだ。だから違和感を感じている。
アルネスがわざわざリオナルドたちに紹介する人物であり、おじさん曰く『よそ者を連れてきてはいけない場所』に入れる人物……のはずだ。
セリナの時に学んでいるはずだ。自分の『目』を過信してはいけないと。
ならば『目』以外の直感を信じろ。そう思っているのに、おじさんは本当におじさんだ。セリナのような『完璧』すぎるものも感じない。
その時、リオナルドとおじさんの目が合った。
にこりと笑い警戒を解こうとするも、おじさんはそもそもリオナルドを気にするような仕草すらない。
この里の長かなんかくらいか?そうリオナルドは思うことにした。
「若ぇな。まだまだ」
「え?」
その声は、リオナルドの真下から聞こえてきた。
「リオナルド!」
エルンストが攻撃態勢に入ろうとするのがリオナルドの瞳に入ったのと同時に、なにやら息苦しさを感じていた。
「がっ……!」
いつの間にか近くに来ていたおじさんに首を片手で掴まれていると認識したのは、リオナルドの足が宙に浮いた時だった。
慌ててその腕を掴んで離そうとするも、短くて太い腕がそれをさせない。
「今のガキは自分の魔力に頼りすぎだって、いっつも口が酸っぱくなるくらい言ってんべ?」
「おじさんっ!やめてよっ!」
アルネスが慌ててこちらに向かい、エルンストが攻撃を仕掛ける直前に、リオナルドは無造作に床に放り投げられた。
首を押さえながら息をなんとかするのが精一杯だ。
「がはっ……!ぐっ……はぁっ、はぁっ……!」
なんだ……!?なにが起きた……っ!?
「アレだろ?お前ら北で精霊を呼び起こしたっちゅー『聖女』一行だろ?」
「へぇ。俺たちのことを知ってるのか……なにもんだ?あんた」
エルンストが攻撃態勢のまま言うと、おじさんは腹巻に片手を入れ、首のあたりをボリボリかきながら大きなあくびをした。
「なにもんちゅーても、ほれ、どこにでもいるおじさんとしか言えねーべな」
「現役の騎士を一瞬で仕留めるような奴が、どこにでもいてたまるか」
「騎士?こんなガキんちょが騎士?ははぁ、地上がずいぶん生温くなっちまったもんだべな」
「おじさんっ!」
アルネスが非難の声をあげるも、おじさんは気にせずまたあくびを一つ。
今こうしている間もなにかを感じることがない。本当に『どこにでもいるおじさん』のようにしか、リオナルドには思えた。
オークション会場であった老人とは真逆の存在だ。頭が混乱する。
「ほら、そこのガキ。お前から精霊様の匂いがプンプンすんぞ。その冷たい空気は氷か?」
「……ご名答。そっちは『大地の精霊』かい?」
「コラッ!アルネスお前話したんかっ!あんまりウチのことを人様に言うなと何度も言ってっべ!?」
「ごめんなさいっ!でも、この人たちならいいでしょう!?今の世を変えてくれる『聖女』様一行だよっ!?」
アルネスが大きく頭を下げるところを見て、おじさんは大きくため息をつき……ギロリと下に寝転んでいるリオナルドを冷たい瞳で見下ろす。
「この程度でよくもまぁ、精霊様を動かせたもんだ。平和ボケでもしとんのか?氷は」
『お主ごときがデカい口叩くもんじゃないぞ』
その声が全員の耳に届いた瞬間――その場を荒らすかのような竜巻が包み込んだ。
「……つ……っ!」
巻きあがる葉がリオナルドの髪の一部を斬る。起き上がれないほどの風だ。
その中で平然と上を見上げているのは……おじさんただ一人だった。
「こりゃあ……びっくらこいたもんだ」
風が少しずつ収まり、おじさんが見ている方をリオナルドも向く。
そこにはライラ……いや『風の精霊』が腕を組んで宙に浮いていた。
『そなたも言われっぱなしでいいのか?ん?』
『……我はあくまで試練を与えるのみ……』
『風の精霊』に応えたその声は、エルンストのほうから聞こえてきた。
だが、姿は見えず。おそらく『氷の精霊』なのだろうが、セリナがいないのに意思疎通が取れるとは思わなかった。
『……まぁええわい。さて、おるんじゃろ?ここに片割れが』
『風の精霊』が奥のドアを見た。ニヤリと笑ったかと思うと、そよそよとそのドアのほうへと向かって行った。
「片割れ……?」
リオナルドがポツリとこぼした言葉を聞いたのか、『風の精霊』がピタリと止まる。
そしてドアとリオナルドを交互に一度だけ見て……
『聞こえるか?大地の。眠っておる場合ではないぞ。そなたの力を欲する人間がまた現れた。『精霊王』のお墨つきじゃ』
ドアのほうへ向かってなにやら『風の精霊』は言葉を発する。
とても楽しそうに、とても意地が悪そうに話す、いつもの『風の精霊』を見て、リオナルドとエルンストは同時に嫌な予感をしていた。
『じゃが、この場におるのはその『聖女』の仲間だけじゃ。何故かって?お主の片割れを『聖女』が選んだからじゃよ』
……ズズ……
今、気のせいだろうか?
一瞬だが、まるで地震のような地鳴りがあったような気がした。
『さぁて。ワシは選ばれたほうへ行くぞ。お主はそこで拗ねておるが良い』
その言葉を皮切りに、ふたたびその場を風が支配した。
「……ちっ!なんなんだってーんだっ!」
エルンストがわけのわからない状況に対して大声を上げるも、それを知る『風の精霊』の姿はもうそこにはなかった。
「えぇと……あの紫の生物は一体……?」
アルネスが困ったように全員を見回すが、おじさんが言ったのはその答えとは違うものだった。
「今この場に『大地の精霊』様はいる。だが、深い眠りについているんだ。それを起こせるのは『聖女』一行だけ。となるとやるべきは一つだべな。うん、やったなお前ら。オレが直々に鍛えてやる」
「……は?」
わけもわからずいるリオナルドたちに対しておじさんは正面を向くと、地面を削りながら足を開いたのだった。




