第119話『潜入任務』
「お前らなぁ、相手をちゃんと見てからケンカを売らねぇとダメだぞ」
「は……っ?な、なんのことだよっ……!?」
エルンストの声がリオナルドの後ろから聞こえてくる。
さすがわかっているのだろう。今リオナルドが起こした美女が、ただ者ではないことに。
さきほど男たちがケガしないように暴れていたが、無理だと悟ったのか魔力が膨れ上がった瞬間。
そこを狙ってエルンストは男たちを吹き飛ばしたが、あの時美女に攻撃されていたらこんなものでは済まなかっただろう。
「ありがとうございます。なにもわからずここに連れられてきて困っていたんです」
「そうでしたか。何事もなくて良かったですね」
「はいっ」
美しいその顔で笑顔を見せる。セリナとは違い、純粋そうな微笑みだ。
リオナルドたちに警戒している様子はない。
「しかし、こんなところに女性が一人でいるなんて……」
「……あぁ。そうですよね。えぇと、それには少し事情がありまして……」
モゴモゴと言いにくそうに口ごもる。その様子にも嘘を感じない。
『本物』と『嘘』の判断は、旅に出てから鍛えられたと自負している。
慢心しているつもりはない。この『目』で見たものを信じるだけだ。
とはいえ、このまま事情を聞くことは出来なさそうだし、それがこの国やセリナに繋がるものかはわからない。
それに、この美女から聞かずとも、もっと詳しそうな奴らがエルンストに尋問されている。
「事情?」
「えぇ……あ!こんなところで止まっている場合じゃない!ありがとうございました!ではこれで失礼します!」
美女は矢継ぎ早にそう言うと、すぐに走り去ってしまった。
……まぁ、こんなものだろう。あの美女から聞ける情報は。
「それで……どうですか?」
リオナルドはエルンストのほうを向く。ギャーギャーうるさかった男たちだったが、今は昏倒していて実に静かだ。
……耳障りだったのでちょうど良い。
「うーん、そうだな……どうやらこの国の裏は思った以上にヤバそうだな。人間とっ捕まえて飼い主探しだとよ」
「それってつまり……」
人身売買――五つの国の中で『中央国』だけが黙認に近い形で許可されている。当然この『西国』は禁止のはずだ。
その運び手が転がっている男たちというわけか。
「……セリナが捕まっている可能性は?」
「わからん。だがあいつが捕まらずとも、忍び込む可能性は……リオナルド、お前のほうがわかっているだろう」
エルンストが頭をガシガシと掻く。
そうだ。セリナのことはリオナルドのほうがわかっている。セリナならきっと……情報を手に入れるために潜入するだろう。
「私たちも行きましょう。場所も吐かせたんでしょう?」
急かすリオナルドだが、エルンストは腕を組んで真剣な顔でリオナルドを見ている。
聞いているのに応えてくれないエルンストに、何故か無性に腹が立った。
「……どうしたんですか?行きましょう」
案内を促してもエルンストが動くことはない。こんなエルンストは初めてだ。
混乱するリオナルドを、エルンストはそのまま睨むように見ている。
少しの沈黙――
「……よし。リオナルド、お前女装しろ」
「はい……?」
リオナルドの耳に聞こえたエルンストの言葉は、待っていた言葉とは程遠いものだった。
「いや、え?ま、あの、なにを言っているんですか?」
「あいつらがちょうどお前だったら着られそうなドレスを持ってた。これ着て、オークション会場に出ろ」
「はい……?」
ますます言っている意味が分からない。今はセリナを心配して、オークション会場に行こうという話では?
「あの……それをやる必要はあるんですか?」
女装に抵抗はない。リオナルドは『仮相のヴェール』という魔道具を、自分の国から支給され持ち歩いている。
顔を男女、年齢関わらず自由に変えられる魔道具で、これで潜入任務をこなしていた。
しかし、それはそれ、である。
「気づいているかリオナルド。この国のおかしさに」
「おかしさ……ですか?」
エルンストがようやく動き出したかと思うと、突然リオナルドの頭をこぶしで殴った。
痛く……はあまりないが、意味が分からず頭を押さえたままになってしまった。
「お前、この国に来てからずっと変だぞ」
「……どういう意味ですか……」
「自分を見失いやすくなっている、ってことだよ」
言われた言葉に思わずリオナルドは、ハッ!とした。
そしてその言葉の意味が急に理解できた。
確かにおかしくなっている気がする。
セリナに対する態度も。先ほどから苛立っている自分も。
もっと冷静に事を運べたはずだ。こんなに気持ちがざわつくことはなかったはずだ。
いくらセリナと離れて焦っていたとしても、確かにいつもの自分とは違う。そう思った。
「聞け。あいつは強い。なにがあっても大抵のことは一人で出来る。しかもライラもついている。心配するなとは言わんが、落ちつけ。いいな」
「……はい。すみませんでした」
エルンストに向かって軽く頭を下げる。
剣を捧げる国は違えど、エルンストはリオナルドにとって尊敬する先輩だ。
エルンストは顔を上げたリオナルドに対して、小さくうなずいた。
「お前だけじゃねぇ、なにかを感じる。この国はおかしい。俺が『氷の精霊』の力を宿しているから、耐えられているだけかもしれねぇ。だから油断するな」
「……ということは、この国の精霊の影響ということですか?」
「わからねぇ。俺はその専門じゃねぇからな」
セリナのことを言いたいのだろう。かたくなに名前を呼ばないエルンストに、いつもの様子を感じてリオナルドは思わず笑ってしまった。
「惑わされるな。俺たちの目的はなんだ?」
「セリナたちと合流して、この国の精霊に会うことです」
「……よし。その方法で一番の近道はオークション会場だ。さっきのエモノを見る限り、お前のような見目が良いものが良いんだろう。だが、お前は簡単に捕まりそうな見た目をしていない。そこで女装ってわけだ」
「………………」
色々言いたいことはあるが、間違ってはいないからなにも言えない。
もしかしたらエルンストもセリナを気にして焦りがあるのかもしれない、と思うとまた心が穏やかになった気がした。
人情に厚いエルンストだ。なんだかんだで心配になっていそうだ、と。
「……わかりました。では私が潜入します。専門でもありますし」
「よし。じゃあ俺はお前を捕まえた奴のフリでもするか。じゃ、着替えろ」
「………………はい」
言いたいことは色々あるが……っ。
倒れている男たちの荷物を漁り……美しいドレスを発見して、思わず歪めた顔をドレスから離してしまった。
セリナが着ればとても似合いそうだが……いや、このサイズはセリナには大きすぎる。
この男たち、なぜこんな服を持っていたのだろう……?
そこから繋がるとすれば先ほどの美女だが、彼女はすでに踊り子のような衣装を身にまとっていた。
そもそもの話。
女である彼女が男の街に居たことに疑問がある。事情とやらに関係あるのだろうが……
いや、今は良い。美女の事情よりもオークション会場だ。
そうしてその路地裏で着替えたリオナルドは、エルンストが何故か常備している縄に縛られ、聞き出していた施設へと向かった。
そこには一人の見張りの男がいた。
「おぉ。なかなかの上玉じゃねぇか。あんた見ない顔だし新人か?すげぇな」
「まぁな」
抑揚のない声でエルンストは応える。
見張りの男が驚かないのは『こういう』男が数知れず、ここに連れてこられているということだろう。
そして……そのあとほとんどが奴隷として地獄を見るだろう。
その末路は推して知るべし、といったところだ。考えたくもない。
顔が歪みそうになったリオナルドの目に、見張りの男が腰に携える短剣がキラリと光るのが見えた。
短剣、そして奴隷……
リオナルドは、そっと瞳を閉じた。
――私なら大丈夫だ。冷静にする。
だから、君はセリナが暴走しそうになったら止めてくれ……
心の中でそんな頼みごとを、ここにはいない『少女』にする。
見張りの男に手錠をかけられたリオナルドは、そこで目を開けた。
中に入り、牢屋にぎゅうぎゅうに詰めこまれた人々を発見して、吐き気をこらえる。
見張りの男の後ろ、リオナルドの前を歩くエルンストの顔は見えないが、魔力がいつもよりも立ち上っている。どんな表情をしているか、容易に想像できる。
「そいつは化粧映えしそうだな。こっちの部屋でしてもらえ」
見張りの男が案内した部屋は、簡素な石の部屋。
そこには瞳に光を無くした女性が立っていた。
「おい。やれ」
「はい」
抑揚もなく男に応えた素足の女性は、ボロボロになったメイク道具を持ち出してリオナルドのほうへ歩き出した。
背が高くて顔に届かないだろうと思ったリオナルドがおとなしく腰を落とすと、女性は事務的にリオナルドを着飾りだした。
その手はあかぎれている。この『西国』は『北国』と違い、少し蒸し暑い。寒さでこうなったわけではない。
それに……よく見ると指先が一番荒れている。
逃げようとして引きずられたか、それとも……
「よし。できたな。あんた、こいつを会場まで連れていってくれ。俺は見張りに戻るわ」
「あぁ。わかった」
全員無言の中の作業が終わり、部屋を出た見張りの男がエルンストにそう言うと去っていく。
エルンストはなにも言わず厳しい視線をリオナルドに向け、リオナルドはこくんとうなずいた。
そして、その先々にいる見張りに『こっちだ』と言われ、オークション会場に到着する。
「ご苦労。あとはもういい。おまえはこっちだ」
エルンストはそこにいるマイクを持った男に、もう用済みだとシッシッと手を振られ、リオナルドは奥へ押され中に入っていく。
そこは、オークション会場の裏側のようだった。
リオナルドと同じく、手錠をかけられた者たちがさまざまな表情でそこに立っている。
まだだ。ここで暴れてもダメだ。まずはセリナがいるかどうかの確認だ。
目を閉じて言い聞かせるリオナルドの耳に、先ほどマイクを持っていた男の大きく不愉快な声が聞こえてくる。
隠れていたところをさらった令嬢や、どこぞの珍しい種族の話、希少な宝石のことなど。
その時だった。
リオナルドは、自分たちを見張っていた男にどんっ!と勢い良く押され、光が集まるオークション会場に立たされる。
『次の商品はこちら!端正な顔をした着せ替え人形でございます!』
自分のことを言っているのだろう。思わず苦笑しそうになった時だ。
「ふはっ……!」
リオナルドの『目』ははっきりと捉えていた。
踊り子のような服を着てサングラスをし、優雅に飲み物を手にしながらも、こちらを見て笑いをこらえきれてない女性を。
濃い紫の肩まである髪を綺麗に結い上げ、青の瞳でリオナルドを見つめる、そんな女性を――




