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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第四章『西国(にしこく)』編
118/131

第118話『煎茶とおせんべい』

透明な床を作った後は、この場所を守るための防御魔法の展開だ。これ自体はそう難しくない。

それが終わったら本命、魔法陣の書き込みだ。魔力を指に集めて、完成図を見ながらチマチマと書く。

これが一番根気と集中力がいる。


セリナは徹夜が得意だったが、アルネスは苦手のようで、夜になるとセリナが部屋に戻らせた。間違えるわけにはいかない作業だし、なにより効率が悪い。

そしてセリナは作業を開始していたが、リオナルドがやってきて強制的にベッドに連れられた。添えられたライラに『一緒に寝たい』と言われ、ライラに弱いセリナは見事撃沈。大人しく夜は寝ることにした。


その間も国の修繕作業は進んでいた。

セリナが空からたまに見たものは、人間たちが協力し、争い、混乱しながらも作業する様子。

いまだに残る『大地の精霊』の影響、壁が壊れるまであった独自のルール。

それは簡単に捨てられるものではない。


人間は何度も間違える。何度も後退する。一歩を踏み出すのはたやすくない。

セリナがよく知っていることだ。追放される前も、追放されてからも、ずっと足踏みしている。


「少し休憩しようか、セリナ」

「ありがとうございます、リオナルド様」


リオナルドがお茶とお菓子を持ってやってきたのを見て、セリナは作業をやめてそれを受け取った。

ちなみに、アルネスは部屋で休憩中だ。

セリナは受け取ったものを透明な床に置き、その後ろにちょこんと座りお茶を一口。

最近のお気に入りの煎茶だ。苦みと旨味がちょうど良く、とても飲みやすい。


「どうなんだ、作業は?」


リオナルドが珍しく横に座ってきた。セリナは一瞬とまどいながらもすぐにニコリと笑った。


「もう少しってところですね。書き終えたら最終確認して、発動させたら終わりです」

「そうか」


リオナルドは目の前の景色を見ている。風が二人の髪をなびかせる。今日も良い天気だ。


「………………」


なにを話して良いのかわからない。

『西国』に入ってからリオナルドとの距離がつかめない。これが『大地の精霊』のせいだとわかっていても、それでも、なんだかムズムズするのだ。

そしてそのムズムズもなかなかに厄介で、居心地を悪くしているのはわかっているのに、離れるとムズムズのかわりに冷たい空気が流れてきて、物悲しい気持ちになる。


横に居たくないのに横に居たい。なんと矛盾したものなのだろう。


「………………」


二人とも話さない時間が続く。

この空気がもどかしく、セリナはリオナルドが持ってきたお菓子――おせんべいを一口。

パリッという音と、歯ごたえのある食感、香ばしい味と香りが鼻から抜けて美味しい。煎茶ともよく合う。


「………………」


二人きり、空気は変わらない。

リオナルドは景色を見つつも、なにやらソワソワしているようだ。セリナとは顔を合わそうとしない。

だが、離れることもしない。


リオナルドもセリナと同じ気持ちなのだろうか……?このムズムズを感じているのなら、正体をぜひ教えてほしい。

でも知りたくない。あぁ、また矛盾。足踏みをしている。


「あ、のさ」

「……はい」

「あ……アルネスって、すごいよな。今四百十六歳で、五百歳で成人になるらしいんだけど、もうすごい大人に見えるよな」

「ふふ、そうですね」

「しかも、あの姿……自在に変えられるらしいんだ」

「あぁ、なるほど。そういう魔力の使いかたをしているということですね」


魔力の使いかたほど無限なものはない。

研究者として脳を強化することも可能。

魔法使いとして魔力を自然の力に変換する能力の強化も可能。

エルンストのように全身の強化に使うことも可能。

リオナルドの目……は、生まれつきなのかどうかはわからないが、見定めるために強化することも可能。


つまり、アルネスはエルンストと本質的には同じ。

全身の変化に魔力を使って、女性のような見た目になっているということだ。

そういえばアルネスは戦闘時、腕を巨大化させていた。それも同じ原理なのだろう。


てっきり、古代文字の解明に魔力を使っているのかと思ったがそうきたか。

知的好奇心が強いアルネスがやりそうな魔力の使いかただ、と思わずクスリとセリナは笑ってしまった。


「セリナとアルネスは……仲が良いよな」

「そうですね……話は合うと思います」


今まで主に話していたのがテリアというのもあって、余計に話しやすく感じているのかもしれない。

……というのは、アルネスには内緒にしておこう。


「そういえば、リオナルド様たちは私と分かれたあと、なにがあってゴーレムくんに乗っていたのですか?」

「え?あ、あぁ。そういえば言ってなかったな」


なにやらむくれていた様子のリオナルドの顔がパッと明るくなり……やがて沈んでいく。

それを見てセリナは思い出した。そういえばリオナルドは、オークション会場で女装をしていたな、と。


「……休憩がてら話そうか。あれからなにがあったのか。でも、頼むから笑わないでくれよっ!」


絶対に女装のことを言っているな、と思い返事をしようと思ったがもうセリナは笑ってしまっている。なんとか口に手を当ててごまかした。


「はい。努力します」


はぁ、と大きくため息をついたリオナルドは、一つずつしっかりと思い出しながら話し始めたのだった――






「リオナルド。そろそろ中心部に行くぞ」

「……はい」


男女を分断する壁から手を離し、リオナルドはエルンストに続いた。

街はなかなかに騒がしい。鉄を打つ音や、機械を操作している音がそこらじゅうから聞こえ、野太い男たちの声が雑音を加速させている。店は武器や防具、飲食が多いように思える。

そして、見事に男だけだ。女性は一人もいない。


「むさくるしいなぁ、オイ」


エルンストが服のボタンを一つ外す。じめじめとした空気も相まって、騎士団に居た時をついつい思い出して笑ってしまった。

『東国』から離れてずいぶん経ってはいるが、それ以上に昔の出来事のように感じたからだ。


「そこの旅のかた。良かったらウチで食べていかんか?」


喧騒に紛れて聞こえたしわがれた声。

リオナルドがそちらを見ると、一人の老人がなにやら作りながら手招きをしていた。

作っているのは……なんだろうか?平べったいお菓子か?


「あん?なんだそりゃ?」

「こりゃあせんべいだべ。米潰して作るしょっぱい菓子だ。茶ぁ、一緒に飲んだらうまいぞ」

「へぇ……」

「俺の孫なんかは大好物で、毎日じいちゃん作ってくれっていうもんだから、店まで開いちまったってわけさ。はっはっはっ!」


なんと返事して良いかわからず、リオナルドとエルンストは顔を見合わす。

美味しそうな香ばしい匂いが気になるが、今はセリナたちと合流するのが先決だ。

……それに、こういう食べ物はセリナが食べたがるだろう。ならば、なおさら合流後で良い。


「すみません。先を急いでいるので」

「そうかぁ?残念だべな。せっかく売れそうだったのになぁ」

「すまんな。用事が済んだらまた来るわ」


落ち込んでいる老人にエルンストが励ますような言葉を言うと、二人はまた歩き出した。

よく見ると、今のような店は他にもたくさんある。

看板には『せんべい』や『コロッケ』や『駄菓子』など、色々書かれている。


……本当にセリナがいたら目移りしてそうな場所だな、と心の中でリオナルドは笑う。


「野郎だらけの街って初めて見たけどよ。なんつーか、重苦しいものがあるな。軍隊とはまた違う雰囲気だ」

「そうですね……」


二人が感じている違和感に言葉が追いつかない。

しいて言うのなら……意地?だろうか?


騎士団や軍隊は自ら望んでやってきた者たちの集まりだ。しかし、この街には男だけが理想という雰囲気よりも、女性を入れてたまるか、という雰囲気のほうが強く感じる。

それを一番に感じるのは売り物だ。どれもサイズが大きいものばかり。女性では着こなせない、食べきれないものばかりだろう。


そこまで拒絶する理由が、この国にはあるということか……?

などと、リオナルドが考えていたその時だった――


「――!?――」


リオナルドとエルンストは同時に歩く足を止めた。

そして、同時に駆け出す。

男たちの合間を縫って、器用に走っていくその先は路地裏。その先から悲鳴のようなものがかすかに聞こえたのだ。

建物と建物の間を素早く通り抜け、その先に……いた。男二人が暴れている誰かを地面に押さえつけようとしているところを。


「ぶしつけで失礼っ!」


エルンストがさらに速く走り、まずは男一人をこぶしで殴る。


「がっ!」


吹っ飛ぶ男。それを見たもう一人の男がそれに驚き、状況をまだつかんでいない状態のとき、もうエルンストは次のこぶしを作っていた。


「ぐげぇっ!」


見事にヒットしたこぶしは男を吹っ飛ばした。

二人そろって綺麗に地面に倒れる。そこにエルンストが近づき、その場に腰を落とした。


「よぉ。なにしてんだ?」

「ごっ、はっ!てっ、先に、殴ってきやがって……!」

「手っ取り早いだろ、このほうがよ」

「なっ、なんてっ、ひでぇっ……!」

「褒めんなよ、照れるじゃねぇか」


リオナルドは残った一人――地面に押さえつけられていた人物のほうに向かう。

そこにいたのは一人の女性だった。

黄色に近い金髪にオレンジの差し色の、長いポニーテール。人より少し灰色に近い肌色という、珍しい肌をしている。

完璧なプロポーションに濃い緑の大きな瞳が印象的な、セリナに負けず劣らずの美人だ。


「大丈夫かい?」

「あ、ありがとうございます」


手を差し伸べたリオナルドに、その美女は少し低めの中性的な声でにこりと穏やかに微笑んだ。

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