第117話『きっかけ』
「風が気持ち良いですね」
空中階段の頂上で、透明な床を作り足場を広げているセリナとアルネス。
そんな時、ふと手を止めて景色を見たアルネスが長いポニーテールをなびかせて言った。
『西国』特有のじめじめとした空気はあるものの、ここは空中だから涼しい風が吹いている。
囚人服が風に揺れ、セリナの胸元にあるギンバイカは、気持ち良さそうに風を感じているようにも見えた。
「僕の話は姉から聞きましたか?」
「……少しだけ」
「そうですか」
セリナがアルネスのほうを見ると、言っていた通り風を感じながら目を細めている。
「時にセリナ様。この世界はどうやって作られたかご存じですか?」
「え?」
唐突な質問にセリナの手が止まる。そんなセリナにアルネスは優しい笑みを向けた。
「一つの『存在』が作った器。それが世界です。その『存在』は器の中にまず『光』と『闇』を作りました。そしてそのあと作ったのが『天』と『大地』です」
誰でも知っているおとぎ話。世界の成り立ちだ。
「それからさらに作ったものを『存在』は精霊と呼ぶことにしました。そして『存在』は精霊たちから敬意を込めて『精霊王』と呼ばれます」
本当にいるとは思わなかった、出会えると思わなかった存在。それが『精霊王』だ。
「さらに作り出されたもの……小人族も、人間も、魔族も、魔物だって……みんな『精霊王』様から産まれた存在。種族一つだけでも個々の考えを持ち、協力し合い、時には争う」
アルネスは透明な床を作る作業を開始した。『西国』の中を全て覆えるくらいの大きさを確保しなければならない。なかなかに大変な作業だが、土台がしっかりしていることが何より重要だ。
なので、数ミリも崩せないと思ったセリナとアルネスは、正方形の床をチマチマ作ることで調整することにした。
「僕にも、精霊にも、世界にも、全て『精霊王』様の力が、意思が入っていて、それがどういう意味をもたらすのか……それを知る者はいません」
アルネスの言葉は内容に反して軽やかだ。ただの雑談なのだろう。
だが、セリナには何故いきなりこの話をしているのか、はかりかねていた。
「僕は小人族で『大地の精霊』の眷属としてずっと生きてきました。でも、この格好に目覚めてから色々なことに興味を持つようになったんです。さっきの話もそう。この国の男女問題もそう」
アルネスが手を止めてセリナを見る。相変わらず優しい瞳に優しい笑顔だ。敵意は全く感じない。姉とは正反対の反応。
「きっかけは貴女が生まれたことです。セリナ様。なぜ『聖女』の力があれば魔法陣は安定するのか?それが始まりでした」
魔法陣は『聖女』と各国の精霊の力により安定する。それが旅を通して知ったことだ。
「貴女が生まれてすぐでしたよ。魔法陣が安定したのは。生後すぐの赤子が魔力を操作できるわけありません。なのに……安定した。でもそれに誰も疑問を持たない。何故なのか?きっと『精霊王』様によってそう思うようにできているからです」
にこり、とセリナの不安を取り除くように思いきり笑顔を向けたアルネスは、再び作業を開始した。床がどんどん予定通りに出来上がる。
「そうしたら次の疑問が出てきました。何故『精霊王』様はそういう風に我々を作ったのか?こんな風に次から次へと話が繋がっていくんです。だから僕はその疑問を解決するべく旅に出た。無理矢理ついてきた姉と一緒に。そうしたら不思議なことに、もっともっとたくさんの疑問で世界は溢れていたんです」
普通は何も感じないこと。当たり前だと思っていることに目を向ければ、世界は謎だらけだろう。
まぁそんなものか、で片付けてしまうのは簡単。でも、アルネスはそうしなかった。
「小人族は人間と似ています。そのせいで間違われ、うんざりすることもあった。でも、里でお役目を果たしている時と比べたら新鮮で、毎日が明るかった。楽しかった。そして……」
ふぅ、と一息置いてアルネスは景色を見る。
その瞳に映ったのは国か、人間たちか、山か、ゴーレムか。セリナにはわからない。
「……今もです。とても楽しい。こんなことをするなんて思わなかった。牢屋に入れられるなんて思わなかった。あんな強い人間に出会えるなんて思わなかった。セリナ様に出会えるなんて思わなかった」
アルネスはセリナのほうをしっかり向く。
そして、深々と頭を下げた。
「ずっとお礼を言いたかった。貴女のおかげなんです。ありがとうございます」
セリナは何もしていない。勝手にアルネスがセリナをきっかけとしただけだ。だからお礼を言われる筋合いなどない。
そう言おうとしたセリナの口をアルネスの言葉が閉じた。
「貴女が生きてくれていることを感謝している者がいるということを、覚えていてほしいんです。どうか、どうか……」
セリナはようやく色々と納得した。
アルネスはセリナの過去を知っているのだ。だからこんな話をし始めた。
しかし思えば、恩人だと思っているセリナについてアルネスが興味を持たないわけがない。そして、そのことは『中央国』の人間を何人か捕まえればすぐにわかる。
きっとそれで知ったのだろう……そして……
「テリアは……リアナの洗脳魔法にかかっているんですね……」
「はい」
テリアが必要以上にセリナに敵意を向ける理由。本人はわかっていないようだが、おそらくアルネスとともに『中央国』に滞在した時に染まってしまったのだろう。
頭の下げたままのアルネスはセリナの疑問に答えるように言葉を紡ぐ。
「僕はこのように小人族としては異端の存在で、さらに大地の眷属の中でも巫女としての力を持っています。おばちゃんと同じ力です。そのおかげか僕は洗脳魔法から逃れられました」
おばちゃんが巫女……
いや、そこじゃない。えーと。
精霊の力がリアナの力を消すのはセリナたちで実証済み、そして一人治したことで実験済みだ。
「勝手ながら、魔法陣に洗脳魔法を消すような文言を入れました。お許しください」
これから書こうとしていた魔法陣は、アルネスがセリナのわからない古代文字を組み込むことで完成した、奴隷紋を消すためのはずだが、勝手に入れたことに罪悪感を持ったのだろう。
それを聞いて、セリナはくす、と笑った。
「あら、奇遇ですね。私もですよ」
アルネスが頭を上げる。その表情は驚きに満ちていた。
セリナの最終目標は『中央国』にある魔法陣で、リアナの洗脳魔法を解くこと。
それの実験として利用できると思ったセリナは、同じくアルネスに内緒で魔法陣に組み込んでいたのだ。
そもそもの話。
ただ奴隷紋を解くだけの魔法陣など、専門の教会などに溢れるくらいある。わざわざ自作で構築する必要などない。
「私の疑問のきっかけは『何故人間を守る魔法陣の中に、他の種族が存在しているのか?』でしたよ」
にこりと姿勢を正して言うセリナに、アルネスはポカンと口を開けたままだ。
『当たり前』に疑問を持つのはアルネスだけじゃない。セリナも、そして女王エルダもだ。
それを無視するのはたやすい。だが、それをしなかった。それだけ。
「さて。さっさと魔法陣を完成させて全てを解放しましょうっ!」
そう言ってセリナは作業を開始した。
そんなセリナをじっと見つめていたアルネスだったが、やがてその瞳に涙がたまっていく。
「ありが……とう、ございます……っ!」
リアナは『聖女』だ。そう簡単に洗脳魔法が解けるわけがない。
姉、テリアが洗脳魔法にかかってしまった原因は、旅に出たアルネスだ。きっとこう思っているのだろう。
おそらく、テリアの様子がおかしいことに気づいてから、ずっとずっと苦悩して、解決策を探して、探して……
……肉親を元に戻したくて必死だったのだろう……
「これ……が、終わったら……僕は僕のための旅をまたしようと思います。今度こそ、謎が溢れる世界に飛び込んでみたいです」
「そうですね、それも良いと思いますよ」
チマチマと作業を続けるセリナとアルネス。
そんな二人を見届けるように山脈はそびえたち、ゴーレムは時にアルネスの顔を隠そうと影を落としていた……




