第116話『野菜たっぷりサンド』
「さて。裁判の判決をしましょうか」
軽く涙を拭いたエルダはセリナたちをしっかりと見据え、柔らかくも毅然とした笑みを向けた。
そこにはなにもわからず選択肢を奪われ続け、震える少女はいなかった。
過酷な人生を戦い続けていた女王が、しっかりと足をつけて立っていた。
「女王直々の結果でしたら、なにも文句言えませんね」
セリナが苦笑しながらそう言うと、エルダがあははっと声をあげて笑った。
つられて全員の顔にも笑顔が浮かぶ。優しい風が吹き、その心地良さをセリナは感じていた。
「オルネム」
「国の要であった壁を壊してくれた罪は重い。その罰を受ける必要があります」
エルダの言葉に応えるオルネムが淡々と言う。だが、その顔は傷で引きつりながらも笑顔だ。
そして、チラリとエルダを見るとまたセリナのほうを向き……頭を少しだけ下げた。
オルネムなりの感謝の伝えかたなのだろう。
そしてすぐに頭を上げると、オルネムは言った。
「壊したものを全て綺麗にしてもらうまではこの国から出しませんよ。覚悟してくださいね」
そのあとオルネムは言う。セリナたちに課せられた罰を。罪の償いかたを。
それを聞き、しばらく『西国』に拘束されるとセリナは悟り、心の中で少しうんざりしたのだった――
「でもそれだと、ここの部分にゆがみが生じてしまいます。この文字を変えるとなると、今度はこっちを変えなければ……」
「では、ここに古代文字を入れましょうセリナ様。それなら円を綺麗に保てます。例えばこんな文字はどうでしょうか?」
「……これは……少し力が強いのでは……円は良くなっても力の循環がうまくいきません」
「ならば、この部分を変えてみましょう。力の循環をここで弱めることで、古代文字の力を支えることができます」
「おーいっ。まだなのかよぉっ」
セリナとアルネスが机に向かってアレコレ言っているのを、エルンストがベッドに寝転がりながらあくび交じりで言う。
それに対して、セリナが苛立ちを少しだけ出した笑顔をエルンストに向ける。
「そう思うならエルンスト様も手伝ってください。あ、魔力のテストギリギリだった人には無理かもですね。すみません、配慮が足りませんでした」
「けっ。魔力がこの世の全てだと思っている元『聖女』さまの頭には敵わねぇわ」
「セリナですっ!」
「まぁまぁ、セリナもエルンストも落ち着いて。お茶淹れたから一休みしよう」
『ボクもリオナルドのお手伝いしたんだよっ!』
王城の中にある一室でのやりとり。
リオナルドとライラが持ってきたお茶を全員で飲み、ホッと一息つく。
「しかし……これはまだまだ時間かかりそうだな。全く進んでねぇじゃねぇか」
「そういうそちらはどうなのですか?窓から拝見しましたが、全く変わっていませんよ」
「無茶言うなっ!数日で片付く大きさじゃねぇんだよっ、この国はっ!」
エルンストが叫ぶが、セリナはそれも承知の上だ。その上で煽っただけだ。
リオナルドがまた『まぁまぁ』となだめてくる。それを見たアルネスは楽しそうに笑っている。
今セリナたちは『西国』で必死にとあることをやっていた。
それは壊した壁の後片付け。それから奴隷たちの解放だ。
『西国』の全てを直す。
それが女王の目的であり、セリナたちの贖罪。
『中途半端に壊すくらいなら思い切り壊してほしいわ。そして新たな『西国』の誕生を目にするの。光栄でしょう?』とはエルダの言葉。
そのため、破壊された町の修繕などは体力のあるリオナルド、エルンスト、ライラが。
奴隷解放は魔力と知識のあるセリナとアルネスが請け負うことになった。
今はちょうどお昼休憩の時間。
いつもこの一部屋に集まって全員で食事を取りつつ現状確認をする。
エルダはオルネムに言い、セリナたち一人一人に一室用意した。広くもないが狭くもない、普通の部屋だが、とても快適に過ごしている。
これは囚人の扱いではない。どう考えても客人の扱いだ。
その証拠に、毎日決まった時間に食事が運ばれてきて、部屋の備えつけのお風呂にも入れて、ベッドでゆったりと眠れる。
先ほど食べた、野菜たっぷりサンドは格別だった。野菜が新鮮すぎて、食感も味も最高級。
野菜好きなライラが、言葉を出す暇もなくほおばっていた。
「それで、セリナたちのほうはどうなんだ?魔法陣は出来そうか?」
リオナルドに言われ、セリナは困ったような笑みを浮かべる。それを見て察したのか、リオナルドはセリナの頭をポンポンと撫でた。
子供扱いしないでほしい、と思うのに、心遣いが心地良くてついなにも言えずにいる。
「この国にいる奴隷紋をすべて解除する魔法陣か……そんなのがあれば、もうこの国に奴隷が来ることは無くなる。そう言ってたよな?」
「はい。少なくとも、この山の内側に入れば解けるくらいのものを考えています」
エルンストがセリナに聞いたあと、なにかを考えこんでいる。だが、考えがまとまらないのか黙ったままだ。
それを知ってか知らずか、今度はアルネスが話しだした。
「セリナ様。予定としてはあの空中階段の先に魔法陣を設置するんですよね?要は、空に魔法陣を敷くと」
「そうですね」
「どうして空なんです?地面なら、我々小人族がお手伝いできますよ?」
アルネスのその質問にセリナがにこりと笑った。そして、さも当然のように言う。
「だって、エルダ女王のための魔法陣ですもの」
意味が分からないのか、アルネスは首を横に傾けると、長いポニーテールが揺れた。
それを見て、またセリナはふふ、と笑った。
ここで魔法陣の構築をアルネスと考えること数日。煮詰まった頭がふと他のことを考え出した。
あの空中階段は誰が作ったのだろうか?と。
もっと詳しく解析できればわかるが、あいにくそんな時間はなかった。
だが歩いていてわかった。あの階段はつい最近作られた物だ、と。魔力の構築の仕方が現代のものだったからだ。
ならば、あの階段を必要としている者は誰か?
それをボケーッと考えている時、思いついてしまったのだ。
こんなのはただの妄想。セリナのなんの根拠もないものでしかない。
だが、あの階段に登った時に感じた。あの魔力の持ち主をセリナは知っている、と。
それは、王城にいつもいられる人物。
それは、魔力量が多い人物。
いつ作られたものなのかはセリナにはわからない。
だが、この国に『中央国』が入ったらあの階段はすぐに見つけられてしまう。それを隠すために部屋の奥に、壁で偽装していたのだろう。
つまり、あれは『中央国』が介入する前に作られたということ。
二十七年前に最悪の方法で魔力を開花させた『彼女』は、誰かに助けを求めたのかもしれない。それとも、自分の国を憂いたのかもしれない。
すがるように、わけもわからず作ったのがあの空中階段だとしたら……
赤い足跡を残しながらも必死で作った階段を登り、その先に見えた景色は……
セリナは小さく首を振る。これは仮定の話だ。こんな妄想は良くない。
だが、考えてしまう。
『彼女』が階段を隠してまで残し続けた理由を。
権力を持ちながらもなにもできなかった『彼女』は、それでも国を愛しているようだった。
そんな国全体の様子を確認したかったのかもしれない。ならば、階段があの高さまであるのにもつじつまが合う。
毎日、毎日……晴れの日も、雨の日も、嵐の日も……
どんな時も変えられない景色を見続けた『彼女』は、一体なにを思っていただろう。
傀儡になりながらも戦い続ける『彼女』――褐色の少女は、たった一人残された王族として、なにを見据えていたのだろう……
そんな『彼女』が全てを変えたいと言ったのだ。
そして、セリナはそんな『彼女』のための魔法陣を作ろうとしている。
ならば、作る場所は一つしかないだろう。
……なんて思ってはいるが、それ以外にも空は防御魔法を構築しやすい、侵入されにくいなどの利点もある。結局、感情だけでは大掛かりな作戦は成功しないこともセリナは知っている。
だから、アルネスにはうまく説明できなかった。する必要もないと思った。
そんなずっと戦い続けている少女を応援し、支えている少年がそばにいるのだから。
それをこの国で言う『愛』だというのならば、セリナに入る隙間などないし、そんな気もない。
いいのだ。こんな話はセリナのただの妄想で。
それでいいのだ……
『あ、鐘の音が聞こえるよ』
ライラの言葉とともに、ベッドに寝転んでいたエルンストが起き上がり背を伸ばす。
お昼になるとベッドに寝るエルンストのせいで、本当はセリナの部屋に集まるはずがリオナルドによって却下された。
セリナの部屋のほうが、もうすでに色々と防御魔法などをしかけているので安全だと思ったのだが。
「いよー……っしゃっ!いっちょやるかっ!」
『やるぞー!』
「行ってくる。二人もがんばって」
「はい、頑張ってください」
「みんなファイトだーっ!」
そうして分かれる一行。
セリナは再びアルネスと一緒に机の上に広げた、たくさんの魔法陣が書かれた紙に向かってペンを持つのだった。




