第115話『重責』
「この国が建立された当時は、ここまで歪んだ姿じゃなかったそうよ。でも、精霊様のお力だというのなら納得できる。誰もこの状況に異議を唱える者などいなかったのだから」
女王・エルダは語り始める。ゆっくりと、自分でも言葉をかみしめるように。
しかし、つとめて冷静に。
「男と女、相いれないものだと思って育ってきた『西国』の人間にとって、他の国の構造は苦痛でしかなかった。だから、自然と国交も避けられてきた。そして独自の技術で発展していった。男は男の、女は女の技術で、ね」
セリナが見た女側の街はとても華やかだった。誰もが思う理想の『女像』というのはこういうのだ、とでも言いたげだとセリナは思った。
おそらく男側もそういう風に出来ているのだろう。
「それを良しとしてきたのが我が王族よ。そしていつも上に立つ人間は二人、男と女の王だった」
そう言ってエルダは立ち上がり奥へと歩き出す。周りの兵が道を開け、オルネムがそれに続いていく。
一番奥の壁にエルダが手を置くと、壁が光りだした。そして光がなくなったころ、壁がなくなり青い空が広がっていた。
「ふふふ、疑問に思ったでしょう?何故今は女の私一人だけが王を名乗っているのだろう?と」
エルダがニコリと笑うと空に向かって足を踏み出す……!
――と、透明な床があったのか、普通にその場を歩き出した。
あれは……魔力で作られた床か?
作るのに相当な魔力量が必要だが、作ったのは一体……?もしかしたら、この王城に昔からあるものかもしれない。
そんなことを考えているとオルネムがエルダに続き、セリナはリオナルドたちを見たあと、それに続いた。
「当たり前なんてものはない、そう知らされたのは二十七年前だった。その時は『聖女』がいなくなり魔法陣が揺らぎ、他の種族が、魔物が入り乱れた。そんな時だった」
空に浮かぶ透明な道、そしてその先にあった透明な階段をゆっくりと歩きながらエルダは話す。
どんどん上に向かい、やがて王城が見下ろせるくらいの高さになる。
その足取りは少しずつ、少しずつ遅くなる。
雲一つない青空がまぶしい。背には王城、下には中心街、横には国を囲んでいる山が見えた。
そして左右にデカデカと置いてあるゴーレムたち。太陽の位置のおかげか国に影を落とすことはなく、むしろ国を見守っているようにも見えた。
「王たちは揉めた。男と女、どちらを犠牲にして国を守るか。そしてその議論は……最悪な形で決着がついたわ」
エルダが振り返る。口には笑みを浮かべているが、とても寂しい瞳で。今にも折れそうな心を必死に支えているような、そんな立ち姿で。
「私が殺した」
全員が息をのむ。だが、誰も言葉を発しなかった。エルダの次の言葉を待ったのだ。
エルダはセリナたちの反応を見届けたあと、また前を向いて見えない階段を一段登った。
「王も女王も私の大切な両親だった。そこにいた兄たちも姉たちも。でも……あんなに醜い姿を見たのは初めてだった」
エルダの顔が少し下がる。
「……見たく、なかった……」
それが、エルダの当たり前が歪だと知らされた瞬間ということか……
男女どちらが上、なんて論争はナンセンスだとセリナは思っている。
生物学上で体の構造が違うだけで、みな人間だからだ。男だ女じゃない、個々で能力が違う。そもそもの前提がおかしいのだ。
だが、この国は『大地の精霊』によって倫理観が狂わされた国。
男なら、女なら、などというカテゴリーでこうあるべきと意識がある。それが揺らがない限り、この論争は終わることはない。
それこそ『人間は全て滅ぶべきだ』と思っていた、昔のセリナと通じるものがある。
個々で見れば、決してそんなことはないのに……
「男女で分かれることはそれぞれを高め合うため。いざという時には男女が協力する。そうずっと教わってきたのに……見たのは、男と女の争い。誰も末っ子の私の話を聞いてくれなかった。そうよね。当時私はまだ十二歳だったんだもの」
聞こえてくるようだ。
王と兄、女王と姉に分かれての意見交換と称しての罵詈雑言。それを必死で止める幼い少女。
あの王の部屋で行われたのだろうか?それとも他の部屋?
セリナには知るよしもないが、凄惨な現場で行われる言葉のやりとりの耳障りさはよく知っている。
そして……
それを何とかしようと一人であがくつらさも……
「止めたかっただけなのに……必死すぎて気づかなかった。気がついたら部屋の中は静まり返っていて、声が、聞こえなく、なっていて、目、を、開けたんだ……」
震えてつたないエルダの声。思い出しているのだろう、そして、忘れられないのだろう。
その光景が、今エルダの目の前に広がっているのだろう。
「魔力、が、暴走したのよ……みんなも、私も、赤くなって……倒れていて……」
絞り出すような声。綺麗な景色に似合わない一人の女の姿。
そこに褐色の少女の姿が重なったような気がした。無知が引き起こした自分の行為を理解してしまった、そんな少女の姿が。
「私が……殺した……っ!」
エルダの体が震えている。両手が前に回り、口を押さえているのか、震えを止めようとしているのか……
後ろにいるセリナにはわからない。ただ、横で寄り添うオルネムだけがそれを知っている。
魔力の暴走はよくあることだ。特に力の制御ができない幼少期に起こる。
一般人なら強くてもせいぜいコップが割れるくらいで、魔力を操れる大人には効かないなど、事故が起こることがあれど、そこまで問題になることは少ない。
だが、魔力量が多い者なら話は別だ。
だからセリナは幼少期から徹底的に『教育』されてきたのだ。
だからリアナは今、おそらく無意識に『洗脳魔法』を放っているのだ。
「両親がいなくなり、魔物が国にやってきて、兵士たちがどんどん戦死していき、王城に残ったのは私と幼い護衛兵のオルネムだけ。そのオルネムもわたしをかばい死にかけた時……来たわ。援護が。神様かと思った」
エルダが振り返る。その瞳はセリナを映していた。それはもう、憎らしいと言った瞳で。
「そして二十五年前、『聖女』が生まれて事態は収束していった。だけど、国は荒れていた。王がいなくなったのだから。だから、私は女王となった。そして……頼ったのよ。神様に、いや、『中央国』にね」
エルダはまた前を向き階段を登る。一歩ずつかみしめるように、じっくりと。
「男女分断の国なんてやめたいと言った。あんな……争いは、もう見たくなかった。だからそう言った。だけど、国民がそれを許さなかった。その時『中央国』の甘言に従った。そして出来たのがこの三つの街だった」
エルダの足が止まる。そこはちょうど『西国』が綺麗に見える高さの場所。
「……知っていたわ。男と女の街で何が行われているのか。どう『中央国』に利用されているのか。それでも私は……なんの知識もない小娘はそれに頼るしかなかった。例え好き勝手にされても、私の国の者が一部どうなろうとも……私はこの……男女混合の、この、自分の国を守ろうと……」
男と女の街は実質『中央国』のものだったということか。
『西国』では禁じられている奴隷売買が盛んに行われても、国が放置していた、いや、見て見ぬフリをしていたのは、手が出せなかったせい、か。
しかし……
小さな少女の心には罪悪感がのしかかっただろう。毎日のように。
だから守るために国の一部を見捨てた。そうするしかなかった。
「オルネムが……『中央国』の治療を受け……傷だらけで。でも生きて帰ってくれた時思った……!私は無力だ……!なんて情けないんだ!なんて愚かだとっ!」
エルダの声が湿っている。綺麗な空でも隠し切れない痛みは、今にもエルダの心を壊してしまいそうだった。
こんな時なのに、空には雲一つない。隠してはくれない。
過去の過ちも、なにもかも……
「あれから二十年以上経った今……こんなことになるとは思わなかった」
エルダが街を見る。
そこには壁が全て壊されてしまい、困りながらも修復する国の人間たちがいた。
相変わらず男女に分かれて作業しているが、たまに男女力を合わせて直している様子も見える。
今となっては、どこが男の街で、どこが女の街、男女混合の街だったのか、まったくわからない。
その壁は、セリナが壊した。
「大きな音がして何事かと思ったけど……この惨状を見て、私は……思わず笑ってしまった。久しぶりだった。あんなに大きな声で笑ったのは。そう、いつから笑わなくなったのだろう、私は……」
振り返る。またセリナを見つめた。
今度はその瞳にしずくをためて、口元には笑みを浮かべて。優しい表情、穏やかな様子で。
「全てを知った今……言いたかったことがあるの」
「……なんでしょう?」
セリナが重い口を開けて問うと、エルダの瞳から涙がこぼれ落ちた。
エルダの肩の荷を下ろした。そんな風にセリナには見えた。
「壊してくれて、ありがとう」




