第111話『慈悲』
セリナは別に正義を掲げているわけではない。
人間を世界から無くしたいが昔からの思想であり、混沌世界は望んでいたことでもある。
だからこそ自分でも『偽物の聖女』だと思っていた。
だが……もう知ってしまった。
『人間』を、大きな言葉でひとくくりにしてしまうことには問題があると。
自分の置かれていた状況だけで判断するのは、危険だということを。
そんな人間に出会ってしまった。
「死ね死ね死ねえええっ!死んでくれええええっ!」
細身の男の攻撃を受け流すリオナルド。
「ほれほれこんなもんかっ!?なら『聖女』は死んでしまうなぁっ!」
必死に老人に食らいつき、守ろうとするエルンスト。
『セリナを傷つけるなら許さないっ!』
エルンストの援護に回り、力を発揮するライラ。
「混沌世界の復活……ですって……?」
老人に対する嫌悪感は、きっと同族嫌悪だ。
かつての自分がそこにいる。殺すことに躊躇がない、むしろ楽しんでいる。
もっと人間が死ねばいい。もっとおかしな世界になればいい。もっと壊れたらいい。もっともっと……
「………………っ!」
ギリッ……!と、歯ぎしりをしながらも、なんとかついていけるようになるまで回復に努めるセリナ。
リオナルドの苦しさが、エルンストの気持ちが、ライラの思いが、セリナを変えたのだ。
もう、あの頃のセリナではない……!
「そんな世界には絶対にさせないっ!」
セリナが叫ぶ。そして魔力を周りからかき集め、さらにエルンストの氷の力を強化する。
全員の防御魔法も、老人や細身の男の攻撃が致命傷にならないくらいには強化することができた。
「エルンスト様!ライラ!防御は私が!」
「おうっ!」
『ありがとうっ!ボクやるよっ!』
これが今のセリナに出来る精いっぱい。かわりにその場に座り込んで動けなくなってしまったが、それでもやれることはある。
あの思想に負けるわけにはいかないっ。
たとえそこで、昔のセリナが涙を流しながら睨んでいたとしても――
「リオナルド様!私が奴隷紋の解除をします!」
「……そうか!わかった!」
セリナの声に反応したリオナルドが、剣をしっかりと持ち、細身の男を見据える。
そして針を全て落とした後、その姿が消える。
「……がっ……!」
細身の男が声にならない声を出し、その場に停止する。
ややあって、ゆっくりと倒れたのを、セリナと細身の男の後ろに移動していたリオナルドは確認した。
「セリナっ!」
「私は平気です!エルンスト様のところへ!」
駆け寄ってきそうなリオナルドを静止してセリナは叫ぶ。一瞬戸惑っていたリオナルドだったが、すぐにエルンストの援護へと向かいだした。
これで、残りの敵は老人だけ。
「ほうほう!精霊の力は初めて食らったが面白いのうっ!」
楽しそうにエルンストの攻撃をいなす老人。ライラがそのスキにウロコを飛ばすが、それも全て落としていく。
「しゃらくせぇっ!」
エルンストが魔力を氷の斧に注ぎ込む。そして思い切りためて……
その間に老人が切り込みにかかる!が、リオナルドがそれを剣で止める!
「くらえっ!」
エルンストがリオナルドが離れたタイミングで、老人に向かって斧を振り下ろす。勢いが良すぎて一回転するほどで、まるで風車だ。
老人はそれを避けるも、大きな円形になった斬撃が老人に向かっていく。
「ほほうっ!」
さすがに避けきれなかったのか、それを刀で受け止める。その時、初めて老人の足が後ろに下がった。
耳に痛い金属音が鳴る。老人の顔から笑みが消え、氷の斬撃が刀を凍らせていく。
「ふんっ!」
いなすように動き、刀を手放す。氷の斬撃はそのままガレキへ飛び大きな音を立ててそこらを凍りつかせた。
そこを狙って、リオナルドが突撃する。剣を老人の腹部に向かって横に振り――
「ふむ。良い研鑽をしておるようじゃな」
「くっ……!」
リオナルドの剣を手で直接つかみ、勢いを止める老人。
リオナルドの剣を持つ手が震えている。押しているのか引いているのかわからないが、剣は全く動かない。
『弱い者イジメするなっ!』
ライラがウロコを老人に飛ばし、そこでやっとリオナルドの剣が解放される。
飛んで避けた老人が着地した先には、エルンストが斧を掲げて魔力を込めていた。
「いっちょ食らっとけっ!」
振り下ろした斧は老人に直撃する。だが、斧の刃の部分をしっかりと両手でつかんでいる。
しかし、老人の手は少しずつ霜がついていき、足が地面に少しずつ沈んでいく。
それを見て、セリナはたまった魔力を氷の斧に注いだ。
「降参するなら腕は見逃してやるぜっ?」
「腕だけじゃなく、もっと老人を労わらんかっ」
「年齢で人を判断してねぇんだよ、俺は……っ!」
両手をエルンストの氷の斧に向けるセリナの汗が止まらない。
腹部の傷は血が出ないくらいの回復だけ。それ以外は強化に注いでいる。
この人数がいても無理をしないと勝てない。そんな相手だ。ケガがどうこう言っている場合ではない。
それがセリナの油断だった――
『セリナっ!』
ライラの声でようやく気づいたセリナは、気配を感じる背後に顔を向ける。
そこには、生気を無くした顔で立つ細身の男が針を持って立っていた。
「殺す……殺す……ころす……ころ……」
小さくつぶやきながら、焦点の合わない瞳でセリナの頭上に針を刺そうと、その腕が動く。
セリナは動けないままだ。
「あ……」
昔から見ていた。
自分が死を感じた瞬間、景色がスローモーションになるのだ。
避けようと思えば避けられる速度。なのに体が動かない。なにもできない。そうして死を全身で感じる。
どこか他人事のように心の中では『死ぬんだ』と思う。
それが、今訪れていた……
「させませんっ!」
セリナが瞬きを一回した時、細身の男は横から来たなにかに思いきり体を蹴られていた。
「うごおえええっ!」
勢い良く飛び、ガレキに吹っ飛ぶ細身の男。その反対側では誰かが空中で一回転して地面に着地した。
そしてその人物はセリナにすぐ駆け寄り、細身の男とセリナの間に入る。
「大丈夫ですか!?セリナ様!」
「アルネス様っ!?どうしてここにっ!?」
そこに立っていたのは、美しい瞳を細身の男が倒れた場所に向け、ポニーテールをなびかせるアルネスだった。
おばちゃん、テリアと一緒に救助に回ったはずなのにどうして……!?
「僕はいつも里では戦闘担当だったんです。だからおばちゃんがセリナ様を守って来いと」
そう言って立つアルネスは、素手で構えのポーズをとっている。全身にまんべんなく行き渡っている魔力が、その強さを物語っている。
「話はあとでっ!」
アルネスは走り出す。小人族特有の直進ダッシュだ。その速さはテリア以上で、セリナの目では追いきれない。
その直後、細身の男が血まみれになりながらも、ガレキの中から出てくる。意識はもうないのだろう。
老人の命令に従い動く奴隷。それが細身の男。
「ふっ!」
アルネスが素早く細身の男の後ろに回る。曲がるのが苦手なはずの小人族には見られない動きだ。
そして、素早く細身の男にしがみつく。正確には首に腕を回し拘束している状態だ。
「その男は奴隷紋で操られているだけなんだっ!」
リオナルドがたまらずアルネスに声をかける。
そして――
「よそ見はいかんのう」
その言葉で振り返ったリオナルドの肩から血が出る。
エルンストの氷の斧の先が壊れている。あの状況から腕力で壊したというのか!?
老人は、少し遠くで凍りついた自身の腕を確認していた。
「ちぃっ!」
エルンストが氷の斧を振ると、完全な形で復活する。そしてリオナルドの横に並び立つ。
「いけるかっ?」
「はいっ!」
エルンストとリオナルドが同時に構え、その後ろでライラが魔力をためる。
その時、セリナの耳にアルネスの声が届いた。
「……この奴隷紋は、もう無理ですね。誰の力をもってしても解けないでしょう」
「え?」
セリナが向くと、アルネスは後ろから細身の男の自由を奪った状態で、共に寝転んでいた。
アルネスはそこから細身の男の腹に描かれている奴隷紋を、片手でなぞって確認していた。
「何十年も、何度も、深く深くつけられた痕があります。これは、もう……」
そう言ったアルネスは悲しそうな表情で瞳を閉じた。
そして、腕に魔力を込め……
「僕に出来ることは、これだけです」
腕が何倍にも膨れ上がる。細身の男の顔が見えないくらいまで大きくなった腕が、首をしめていく。
ギチギチと嫌な音が鳴る中、細身の男の声にならない悲鳴がセリナの耳にこびりつく。
「あ……が……っ!」
「来世では、良い人生を……」
そうして……
アルネスの腕の中で、細身の男は今世の幕を下ろしたのだった。




