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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第四章『西国(にしこく)』編
110/111

第110話『乱戦』

「二十五年前だと……!?てめぇ……!」


金属音が鳴って老人から離れたエルンストが怒りをあらわにする。

エルンストの背中を見ながらセリナは思い出していた。

エルンストの苦いというには、あまりにも重すぎる過去のこと。それも二十五年前だった。


「ほ。そっちの若造は知っておるようじゃな」


老人は鞘にしまった刀に手を置き、腰を低くする。何度も見た動き出す前の動作だ。

防御魔法陣の中に全員が入ってきたと同時に、老人の斬撃が飛んでくる。その間にセリナは急いで全員に触れて、防御魔法を直接体にかける。

魔法陣の防御力も先ほどの会話の中であげておいた。簡単に壊れるものではない。


だが……


「二十七年前じゃったか。前の聖女が死んだのは」


セリナの目の前に老人が現れる。エルンスト、リオナルドの後ろにいたセリナの目の前。魔法陣の中。

なにも守られていないセリナの前。


「ちっ!」


エルンストが振り向きながら氷の斧を振る。だが、その前に老人の刀の切っ先がセリナの首元に当てられ、斧は途中で動きを止める。


魔法陣の弱点。中に入られたらその効力を失う。

場数を踏んでいる者なら誰でも知っていることだ。今回は全員を入れるため魔法陣を大きく敷いてしまった。そこに入られたのだ。


老人はエルンストのほうを見ず、ずっとセリナに歪んだ笑みを向けている。それを見たセリナの中から嫌悪感が顔を出した。


「それからお主が生まれるまでの間、魔法陣の維持は今以上に困難を極め、人間の国にあらゆる種族が入ってきた。そして各地で起こったのじゃ。戦争という名の混沌がな」


セリナは喉元でちり、と小さい熱を感じた。

それが切っ先によって切られたのだと、血が一筋流れたことによって認識した。


「当時ワシは『中央国』の傭兵をしておった。王直属のな。誰よりも先に、王を一番安全な場所に連れて待機。それでもやってくる魔物との戦いに、年甲斐もなく心躍ったのじゃ。そして……」

『セリナから離れろっ!』


ライラがリオナルドの静止に耐えきれなくなり叫ぶ。それはやがて咆哮となって老人に襲い掛かる。

その瞬間にセリナは老人から離れ――


「い……っ!」

「おいぼれの話はのんびり聞くもんじゃ」

『セリナっ!』


後ろに飛び、遠くに刺した魔力の糸で急いで離れようとしたセリナの左わき腹から飛び出た血が、地面に小さなしぶきとなって落ちる。


離れる瞬間に斬られたか……っ!

わき腹を押さえて急いで癒しの魔法をかける。だが、万全の時と違い、治すのに時間がかかっている。

その前にライラとリオナルドがやってきて、守るように立ちふさがる。

老人に一番近いところで対峙するのはエルンストだ。


老人は、地面に散ったセリナの血をじっと見つめる。そして体が震え始め、魔力がどんどんあふれ出してきた。


「ちぃっ!」


それを見たエルンストは氷の盾を構えて、後ろのセリナたちにその圧が当たらないように受け止める。


「そう!そうじゃ!見たんじゃよ!ワシは!王を新たな場所へと誘導するときに!街が!国が!世界が!血と叫び声で溢れている!そんな素晴らしき世界を!」


老人が手を大げさに広げて空を仰ぐ。

先ほどまではなかった炎が街のどこからか出始める。なにかに引火したのだろう。

誰も傷つかない状況とはいえ、今ここは、戦場と見間違えるほどの風景に近づきつつある。


「あの素晴らしい世界をもう一度!お主じゃ『偽物の聖女』!お主が産まれて平穏になった世界!こんな世界は糞じゃ!ワシはお主を殺そうとした!だが会えずじまい!お主は妹が生まれるまではたいそう大事に守られておったからのぅっ!」


妹、リアナが産まれたのはセリナの七年後。

産まれたときから老人にずっと狙われていたのかと思うと、セリナの血の気が引いた。


「お主は妹が産まれてさらに奥に引っ込みおった!だからもっと混沌とした国へ異動するように王に言った!『真の聖女』が産まれて数年後じゃ!その願いは叶った!」


老人の圧がどんどん強くなり、セリナの傷に響く。だが、汗が引かないのはきっとそれだけではない。


「この国は楽しかったっ。そこで満足しておった。じゃが違うっ!これじゃ!お主が『中央国』を離れてはっきり分かった!この混沌世界!それがワシの望むもの!だから邪魔な『聖女』どもは皆殺しなんじゃ!」


その時セリナは気づいた。

ゆっくりとだが、セリナたちが誰かに囲まれてきているということに。遠くからこちらに向かって来ている。

老人の仲間か?そう思い、気配を探る。知らない者ばかりで、人間が多いように思える。

だが、その中でいくつか、感じたことのある気配があることにセリナは気づいた。


……そして、それが意味することも。


「この国で楽しかったことって……奴隷で遊んでいた、ということですか……っ!?」

「ほう!よくわかったのう!その通りじゃ!みんなワシの奴隷じゃ!」


その声と同時に襲い掛かってくる気配が一つ。


「殺す殺す殺す!皆殺しだああああああっ!」


空中から飛んでくる大きな針のようなものを、リオナルドが全て落とす。

そして、ライラがしっぽをつかって『それ』を勢い良く殴り、まともに食らって飛んでいく。

だが、すぐにがれきの中から『それ』は出てきた。


「オークション会場で暴れていた男かっ!?」


リオナルドが確認するように言う。

セリナとリオナルドの見覚えのある顔。それは老人と同じく地下のオークション会場で出会った、暴れ回っていた細身の男だった。


「来るぞっ!」


なにかを考えるより早く――

エルンストの言葉を合図に、遠くからやってきた気配たちがセリナに向かってもうダッシュで襲いかかってくる。


『邪魔だあああああああっ!』


ライラの咆哮。それによって何人かはその場で止まり耳をふさぎ、何人かはその場に倒れる。

止まった者たちはセリナが魔力の糸を飛ばして拘束する。もちろん、魔力を込めて気絶させることも忘れずに。

ライラの咆哮に耐えた者たちは、リオナルドの素早い剣戟によって吹き飛ばされる。

ざっと五人といったところか。咆哮に耐えられるくらいの実力者なのに、それを全ていなすリオナルド。


老人の奴隷たちの中には、見覚えのある顔があった。

それは、かつてセリナがこの国に来た時に連れ去られた場所。そこの牢屋で捕まっていた男女数人だ。

ボロボロの服の中から、奴隷紋がチラホラ見えている。

つまり、セリナたちが立ち去った後に老人の奴隷になった者ということだ。


「面白いじゃろう?全部ワシの戯れじゃ。オークション会場でのアレもワシの戯れ。ヤラセというやつじゃ」


つまり、細身の男が暴れ始めたのも老人の仕業。

細身の男を知らないフリしながらオークション会場をめちゃくちゃにしたのも、ただの老人の遊び。

奴隷が死のうが、客が死のうが、どうなろうが、それはただの老人の戯れ。


「混沌じゃ!混沌は全てを平等にする!金持ちも、奴隷も、権力者も!それを掌握するのがワシじゃっ!」


こんなのが……遊び……?


「うぜええええっ!みんなみんな死ねええええっ!」


細身の男が針を飛ばしてくる。が、リオナルドはそれをまたしても全て落とす。そして、そのまま細身の男のほうへと移動し――


「いてえええええええっ!」


飛び散る血。細身の男の腕が血に染まる。

だが、細身の男は痛がりながらも止まらず、リオナルドに襲い掛かってくる。


「くそうくそうくそがあああああああっ!」


針を飛ばし、それを受け流すリオナルド。

その奥では、エルンストが老人の刀を盾で受け止めていた。


「じいさんっ!ずいぶんと趣味悪ぃなっ!あの世界をもう一度だぁっ!冗談じゃねーぞっ!」

「浪漫というものじゃてっ。それがわからんかのうっ!?」


セリナは残りの奴隷たちを魔力の糸で拘束し、昏倒させる。

咆哮に耐えたとはいえ、しょせんはその程度。手負いのセリナの相手にもならない。


問題はリオナルドとエルンストのほうだ。


「フロスト!力を貸してっ!」


セリナは叫ぶ。が、魔力が足りず『氷の聖衣』が生成されない。だが、氷の力は感じる。

それをエルンストの鎧と斧に付与するように手を伸ばした。

癒しの魔法や防御魔法を同じ原理。そのイメージで。


「おらああああああっ!」


競り合っていたエルンストが打ち勝ち、刀を盾で振り払うと斧を老人に向けて振る。

だが、その時には老人はもうすでに遠くにいた。


「……ほう。なかなか」


ニヤリと笑った老人が頬を指で拭く。そこにはよく見ればわかるくらいの小さな傷がついていた。


「死ね死ね死ね死ねえええええええっ!」


細身の男がヤケになったかのように針を飛ばす。それをリオナルドは受け流す。

そう、受け流すだけ。反撃をしていない。

腕の出血量による相手の消耗を狙っているのか?と、セリナがリオナルドを見ると、悲痛な表情で細身の男を見ていた。

気になってセリナも細身の男を見る。

相変わらず金色の高そうな服を着ている。今は血と土煙で汚れ、さらにオークション会場でしたように破いたであろう跡もある。

そんな細身の男の腹に……見えた。奴隷紋の一部が。


そして……


「当たれよ当たれよ!死ねよ死ねよ!あああああっ!」


今にも泣きそうな表情でリオナルドに攻撃をし続ける細身の男。息が切れても、倒れそうになっても、なにがあっても攻撃をやめることがない。

その合間に一言。リオナルドにだけ聞こえるように言っているようだった。


「……殺してくれ……」

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