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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第一章『東国(ひがしこく)』編
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第11話『目』

明日は遺跡に行く。そして瘴気を根絶やしにする。

ベッドに座って深呼吸をしながら、ぐっと目を閉じて何度も目標を確認する。

そうしないと、さっきの光景が目に浮かんでしまう。それではセリナに対して不誠実な気がしてならない。


――それは、数分前の出来事。


「リオナルド様。ここのシャワー温かいお水しか出ないのですけれど、故障でしょうか?」


そう私に言いながら胸元を手で隠しつつ、上半身をドアの隙間から困った顔をのぞかせるセリナ。

彼女いわく、自分が普段体を洗う時に使うのは水だけらしい。主に川の水で沐浴と称して洗っているので、シャワーの存在は知っていても、お湯を浴びるということを知らなかったのだとか。


ちゃんと説明しなくては。


頭の中でそう思っていても、彼女の肌が湯気で妖艶に見え、少し濡れた紫の髪が頬に貼りついているのがやけに色っぽい。なのに愛らしい困り顔と、少し上気した頬……

見てはいけないとわかっているのに、それでも目をそらせなかった。


無邪気さと妖艶さ、少女と女性、そんな相反するものを同居させていてクラクラしてくる。

いくら私でも理性が利かなくなりそうだ。しかしそれではいけない。我慢だ。


やっとのことで説明を終えると、納得したセリナはシャワー室に戻っていった――


きつく目を閉じて言い聞かせる。そして忘れようと努める、がなかなか頭から抜けない。


それに、セリナの魅力は見た目だけではない。


守りたくなるような笑顔で話す姿、初めてのものにキラキラと目を輝かせる姿、頭が良いかと思えばそうじゃない幼い子供のような行動や言動をするところ、セリナが存在するというだけで魅了されそうになる。


しかし、それがセリナの能力なのだろうとも思う。意図的にやっている、というよりそう育てられたというのが見え隠れするときがある。よく観察しないとわからないレベルで。


てっきり『聖女』は人々を癒し、良き道へと導く神々しい、まさに聖なる存在だとばかり思っていたが、セリナは神というより普通の女性だ。

やはりセリナは、世間のいうとおり『偽物の聖女』だからこそ、私が思っているイメージと違うのか?


「……偽物……か」


彼女が元『聖女』セリナ・ハイロンドなのは間違いない。

しかし『聖女』と呼ぶにふさわしい姿、隠しているがじゅうぶんすぎる魔力量、そしてそれを完璧に操る能力……そんな彼女が偽物?

どうやら私は聖女について知らなすぎるようだ。しっかりと調べてみる必要があるな。セリナについて。そして今『中央国』にいる本物の『聖女』についても。


――そう考えていた時、バタンというドアの音とともにセリナが戻ってきた。


「お先に失礼しました。ありがとうございます」

「あぁ、気持ちよかったかい?」

「はい、とても。それにしても……お部屋にシャワー室があるなんてすごいですね。私初めて見ました」

「この国では割と普通にあるが、他の国ではあったりなかったりするね」

「そうなのですね。ふふ、また新しいことを知れました」


穏やかに微笑むセリナ。部屋に付属されている寝間着に着替えていてまた新鮮だ。かわいい。


「……では、私も失礼して入ってこよう」

「わかりました。では、私は魔力を回復させたいのでお先に寝ますね」

「あぁわかった。ありがとう。おやすみ」

「おやすみなさい」


セリナの横を通りドアを閉めた後、そっとドアを少しだけ開けて観察する。セリナは手前のベッドを使おうとしてくれたおかげで、様子を確認することができる。

セリナはベッドの上に座ると枕に手を置き、優しい光が見えて消えたあと、胸の前で手を組み目を閉じた。なにか祈りを捧げるような、そんな姿だ。


まるで『聖女』が世界の安寧を祈るかのような、そんな姿だった。


ややあって――


セリナはその姿勢をやめると布団の中に入り、やがて静かに寝息を立て始める。

そこまで確認し、また音が出ないようにドアを閉めた。


「………………」


今日彼女をずっと観察していたが、表面的には特に怪しい点は見られなかった。自分が『偽物の聖女』だったと隠していた以外のことでは、なにもおかしなところがない。


……本当に信じても良いのだろうか……


セリナの言っていること、セリナの思い、セリナの主張。


――だが、自分のカンが告げている。

彼女はまだなにかを隠している。この『目』をもってしても、見抜けないなにかが必ずある、と。


しぐさや普段の行動は完璧だが、世間知らずなせいかそこにスキが生まれる。そこに生じたスキを狙って探るしかない。明日の遺跡でそれが少しでもわかればいいのだが……

そしてそれがもしこの国に害をもたらすものであれば、遠慮なく捕まえる。それが私の仕事だ。今までずっとそうやってきた。誰であろうと決して見逃すわけにはいかない。元『聖女』だろうがなんであろうが。


「……考えていても仕方がない」


しっかり休んで、魔力を蓄えるんだ。

一般人的には魔法使い以外は魔力を使わない。そう思われていることがある。


だが違う。冒険者は、自身の魔力を身体能力の強化に使うことが多い。


例えば、素早さを求めるものは足に魔力をこめる。力を求めるものは筋力に魔力をこめる。研究と努力次第でいくらでも自分の力に変えられるのが魔力だ。

セリナは膨大な魔力量の制御と操作だ。冒険者の水晶で簡単にやってのけた。

それに……もしかしてやろうと思えば自分だけではなく、他人の魔力も操れるのでは?そう考えると、セリナがとても恐ろしく見える。彼女の力はこの『目』をもってしても測りきれない。


そんなセリナに対抗するために休めるときはちゃんと休んでおかねば。


改めて責任の重大さを感じる。

ふう、と深呼吸しても、それを考えると血の気が引くような感覚に襲われる。


……よそう。今考えてもなにも変わらない。ただ、自分の立場と使命を確認するだけで良い。

そうだ。自分の経験と『目』を信じろ。

もう一度気合を入れ、私はシャワーを浴びるために服を脱いだ。

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