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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第四章『西国(にしこく)』編
109/112

第109話『目的』

地下にあった人身売買の場であったオークション会場。そこで出会った老人が、セリナたちを今見下ろしている。

あの時以上の圧をかけながら、実に楽しそうな歪んだ笑みを浮かべて。


「お主がまさかの『偽物の聖女』だとは思わなんだ。これは僥倖(ぎょうこう)。ワシは運を味方につけておるようじゃ」

「私になにかご用ですか?」


セリナが老人の圧に負けず、しっかりと立ちながら言うと、老人は口の端をさらに歪ませた。


「あぁ、あるぞぃ。ワシはお主に会いたかった。昔からずっと探しておったっ。お主の大好きな『中央国』にいた頃からのぅっ!」


セリナたちにピリッとした空気が走る。

オークション会場を守っているように見えていたため勝手に『西国』の人間かと思ったが、違ったようだ。

『中央国』の人間か?となると……


「リアナからのお願いを聞いてここにいるんですか?」


セリナのその言葉を聞いた老人の顔から笑顔が消える。

そして、老人の腕が動いたような気がした瞬間――


「避けろっ!」


――させるかっ!


リオナルドの叫び声が聞こえると同時に、セリナは魔法を解き放つ!

鋭い音を立てた斬撃は、セリナたちに辿り着く前に弾かれ四散するっ。

地面を這うセリナの魔力がこもった茎を、魔力の糸で繋いで作った魔法陣。つまり大地の力とセリナの力で増強された防御魔法だ。

前は壊されたが、今度は透明な壁はそのまま残り続けてる。


「たわけっ。あんな小娘の言葉など誰が聞くものかっ」


いつ出したかわからない刀を再び鞘に収めながら、老人は拗ねたように言う。


リアナに洗脳されていない?では、他にセリナを狙う理由があるということか。


セリナは昔から『中央国』の人間に狙われてきた。

理由は様々だが、それは考えるより聞いたほうが早いのを学んでいる。


ならばと、セリナは声を張りあげた。


「おばちゃんっ!避難先への誘導をお願いしますっ!テリアもアルネス様も手伝ってくださいっ!」

「なんで私が貴女の言うことを聞かなきゃっ!」

「おばちゃんに任せなっ!セリナちゃんっ!」

「わかりました!セリナ様!」


まだ周りには避難しそびれている人間たちがいる。

『大地の精霊』の加護があって無傷だろうとわかっていても、気が散る。

この老人を前にして自由に動け、なおかつ土地勘が一番あるのはこの中ではおばちゃんだ。


「気をつけるんだよっ!」


おばちゃんは、なにやら文句を言いそうなテリアを捕まえて走っていき、アルネスはそれに続いて走っていった。

老人が手出しするかと思いきや、なにもせずただいなくなるのを見ているだけだった。


「ほう?ワシを前にして人員を割くとは……これはまた舐められたものじゃのぅ」


違う。逆だ。

セリナにとって意思疎通ができる者だけを残した。それが一番の理由だ。

セリナは心の中にある恐怖を抑え込み、姿勢を正す。


「邪魔者を消しただけです。腹を割ってお話しましょう。まずは、貴方の目的を教えてください」

「ワシに話す利点がない。もっと交渉の場数を踏んでからワシに問うことじゃ」

「あら?私が貴方の好きなことをしてあげる、と言っても?」

「ほう?」


老人の片眉が上がる。それを見てセリナはいつもの笑顔を向けると、まだ避難が完了していない人間の一人に魔力の糸を勢い良く差し向けた。


「セリナっ!?」


リオナルドの非難の声がセリナの耳に届く。が、おかまいなしに魔力の糸は人間の身体を貫く――

わけではなかった。

繰り返すが、今はこの国全体が『大地の精霊』の加護によって守られている。戦闘は無意味なのだ。

先ほどはとっさの出来事で魔法陣で防御してしまったが、今度は老人に状況を説明したくて攻撃した。

そして、セリナは老人に肩をすくめてみせる。


「私なら貴方の大好きな戦場を、今この場に用意できますよ」


とんでもないことを言うセリナに、今度はエルンストが鎧の中から文句を言おうとした。

だがガシャリと動くより先に、老人が口を開いた。


「よくわかったのう。ワシが戦闘狂だと」


ニヤリと老人は笑う。

『中央国』の人間でセリナを狙う人間。理由は大きく分ければ三つだ。

洗脳魔法にかかっているか、個人的に恨みがあるか、頻繁に狙われてるにも関わらず返り討ちにしてきたセリナに興味を持った戦闘狂か。

その中の一つだろうと、アタリをつけてみただけのはったりだが、セリナはわかっていたかのように笑う。


「貴方の目を見ればわかりますわ」


これはセリナの経験上に基づく事実だ。

殺しを楽しむ者の目は共通して濁り、奥に歪んだ炎のようなものが見える。


「そこまでわかれば話は早いじゃろうて」


老人はガレキの山から地面に降り立つ。そして、腕を高らかに上げて笑いだす。

その瞬間――さっきまで老人が乗っていたガレキが粉々に砕かれ、砂埃となったガレキが周囲を舞った。


「そうじゃ!ワシは混沌の世界を望んでおる!この『西国』に来たのは『中央国』の命令じゃったが、今では感謝しておるよ!あんなヒマな中央より可笑しい国じゃここは!」

「命令……?ではやはりリアナの洗脳魔法にはかかっていない……?」

「くどいっ。あんな児戯、魔力を持って相殺すれば問題なかろうて」


……なるほど。セリナが完全に洗脳されていないその方法と同じ手段で、リアナの洗脳魔法から逃れたというわけか。


「ワシは人生で一番幸せな時間を取り戻したいんじゃ。精霊や『聖女』なんぞに邪魔されとうない」


老人は辺りを見回す。

逃げる民衆。ガレキの山。立ち上る砂埃。叫び声。

いずれも戦場によくあるものだ。だが、ここには血も争いもなにもない。誰も傷つかない平和な世界。


「こんな世界が当たり前になると思うだけでゾッとするわい」

「それは――」


セリナは言葉を止めて先ほどの魔法陣を強化する。


『危ないっ!』


目の前がそれだけだと錯覚するほどの斬撃。ほとんどは魔法陣が守ってくれたが、取り逃したものをライラがしっぽで弾く。


『いたっ……!』

「ライラ!?」


セリナが慌ててライラに駆け寄ると、しっぽから血が出ていた。治しながらセリナは老人を見て、一筋の汗を流す。

『大地の精霊』の加護があるはずなのになぜ……っ!?


「精霊の加護、か。そんなもの、精霊の力と同調して意味を無くせば良いのだろう?」


ちっ。気づかれていたか。

他の精霊を使い加護の力を上回る。もしくは『大地の精霊』の加護そのものを、大地の力を使って無力化する。

これが今セリナに出来る加護を取り外す方法だった。

とはいえ、今は『氷の精霊』を出せるほどの魔力はない。だから、大地の力を借りて老人の加護だけ取り外そうとしていたのだ。


それをこの老人はやってのけた。

セリナほどの魔力を持つ者が、ついさきほどやっとの思いで手に入れた力を、いとも簡単に……


こうなると加護は無意味。セリナは予定通り老人の加護を外し、自身の防御魔法を強化する。

離れていても防御魔法をかけられる方法を探しておくんだったと後悔しながらも、唯一今触れられるライラに防御魔法をかけた。


「お主も、本当は混沌世界を望んでおるのだろうっ?ワシが口実を作ってやったぞ。ほら、嬉しいじゃろうっ?」


老人が楽しそうにセリナに言ったあと、セリナに向かって走り出した。それを見てセリナは魔力の糸を老人に向ける。

本来ならこんなまっすぐな魔力の糸になど、老人はかからないだろう。だが……


「……ぬっ?」


老人は魔力の糸によって拘束された。

極限まで細くしてスピードを強化した魔力の糸と、同時に老人の背後から出された茎の二つによって。

そしてそれを勢いよく引っ張り、老人の体を二つに分け――


「そなたも人殺しの目をしておる。ワシと同じな。人間が死ぬのは嬉しいじゃろうっ?楽しいじゃろうっ!?」


引っ張り切る前に、老人によって糸も茎も切られる。

だが、それはセリナの想定済み。一瞬だけでもそこにとどめておきたかっただけだ。

エルンストがすでに走り出していたのが見えていたから。

だが……


「だあああああっ!この鎧の強さがなんだって!?邪魔でしかねぇじゃねーかっ!」


セリナの想定よりもエルンストの速度が遅い。ガッションガッションと音を立てて走る鎧エルンストが、文句を言っているが、言いたいのはセリナも同じだ。


――このままでは逃げられる。

そう思った時、固い金属音が鳴り響いた。


「貴方の思考は危険すぎる。ここで止まってもらいますよ」


リオナルドが老人の首の横に剣を振ろうとしたのか、それを老人が刀で止めていた。


「ほ。若造、貴様にはわからんて」


老人が動いたように見えた時、リオナルドは即座に離れていた。が、リオナルドの頬から一筋の血が流れる。

その時、エルンストが老人のすぐ近くでジャンプをしていた。


「来いっ!フロストっ!」


乾いた大きな音を立ててエルンストがまとう鎧が壊れる。

そして現れたのは、氷の鎧と氷の斧。それを下にいる老人に勢い良く振り下ろし――


「二十五年前、あの時の混沌とした世界。ワシはあの頃に戻りたいだけなんじゃよ」


下からエルンストを見上げながらも、刀で斧を防いだ老人の歪んだ笑みが、エルンストの顔から余裕を奪った。

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