第107話『壁』
「もうっ!なんとかしてくださいよ!この状況!貴女『偽物の聖女』なんでしょうっ!?」
テリアがセリナに怒りをぶつけてくる。
テリアは大地の眷属だからか、元凶の『大地の精霊』に文句が言えず、セリナに言うしかなかったのだろうとは思うが、苛立っているのはセリナも同じだ。
文句を返そうとしたセリナをさえぎるくぐもった声は、その時、ゴーレムくんの中から聞こえてきた。
『え……!?もしかして姉さん?そっちにいるの!?姉さん!?』
少し低めの中性的な声。男とも女ともとれるような、だが、はっきりとした声だ。
それにテリアが反応した。
「アルネス?そこにいるの!?」
『やっぱり姉さんだ。姉さんもそこに居るんだね!』
すっかり忘れていたが、テリアは弟とはぐれてしまい、ずっと探しているんだった。
しかし、なぜ弟がゴーレムくんに乗っている?
テリア、おばちゃんと同じく小人族で大地の眷属だからか?
いや、この国には小人族はたくさんいる。それだけでは説明がつかない。
そんなセリナの思考を遮るように、テリアがセリナを押しのけるように窓に飛びつき張りつく。
「アルネス!ようやく見つけた!さぁ!私と一緒に帰りましょう!」
本当に弟を大事にしているのだな、とテリアの安堵した顔を見てセリナは思った。
だが、その言葉に弟――アルネスは全く返事を返さない。聞こえるのはゴーレム同士の争いによる衝撃と、精霊たちの罵詈雑言だ。
無反応に業を煮やしたのか、テリアが少し慌てながら言う。
「アルネス?まだ怒っているの?もうその話は終わったでしょう!?」
『………………っ!終わっているのは姉さんの頭の中だけだよっ!』
「もうそんなものないわよっ!どこにあるのよっ!」
『あるよっ!ゴーレムくんなんて初めて知ったよっ!』
「ぐっ……!」
一体なにが始まった?
困惑するセリナの横で、歯ぎしりしながら悔しそうに窓をこぶしで叩くテリア。
もしかして、姉弟ケンカ始まった?
精霊ケンカも始まっているのに?
「ちょ、あの、落ちついてください」
「なにも知らない貴女が口を出さないでくださいっ!殺しますよっ!」
体全体が揺らされ、混乱し、イラついている中、慣れたはずのテリアの言葉がセリナの癇に障る。
ダメだ。冷静に、冷静に。
『セリナっ!聞こえるか!?この状況どうにかなりそうかっ!?』
「なりそうならもうやっていますっ!」
聞こえたリオナルドの声に、思わず怒気を含んで答えてしまった。
しまったとセリナは思ったがもう遅い。
『セリナ……?』
リオナルドの心配する声に反応する余裕がない。それくらいまったく冷静になれていない。
これではダメだ。どうにかしないと。
なのに……
『この存在感のあるフォルム!黒い鎧!重火器!圧倒的な武力を振り回せるゴーレムくんの良さがなぜわからない!?』
『そちらこそ!この純真無垢な衣装を着こなせるフォルム!華麗なジャンプ!美しく鞭を振り回せるゴーレムちゃんの良さがなぜわかりませんか!?』
「アルネス!いいからこっちに帰って来なさい!」
『嫌だ!もう姉さんの言うことは聞かないって決めたんだ!』
『セリナ!どうした!?大丈夫なのか!?なにか言ってくれ!セリナっ!』
飛び交う言葉、振り回される心と体。まとまらない思考。
ここにある全てがセリナを惑わす材料になる。
思わず心の中で舌打ちをする。
あー、うるさいうるさい。
もういっそ全員殺してやろうか。
セリナの心が冷たくなっていくのが分かった。こういう時は全てを黙らせるに限る。
今まで生きてきて学んできたことだ。ノイズは除去するのが一番だ。
「そうやって一人で生きてきたのだから……」
セリナはぼそりと呟きながら、魔力をためるべく片手を窓から離して、自身の胸に引き寄せ――
「……あ……」
セリナの瞳に入ったのは胸元にある、白くて可愛らしい花、ギンバイカ。
この衝撃の中でも、必死にしがみついていた。
その瞬間――気を抜いてしまったせいで、セリナの体が窓から引き離される。
「……っと!」
魔力の糸をとっさに天井に刺し、そのまま自身の体をひっぱって天井に着地する。
ふと地面となったそこを見ると、円形の線のようなものがあった。
ここがセリナたちが入ってきた穴。開く場所ということなのだろう。
「なるほど……」
セリナは深呼吸を一つ。目を閉じてその場所に手を置く。
そして、心の中で願った。
大地よ、力を貸して。と。
「セリナちゃんっ!?」
ゴーレムちゃんの頭上が開き、そこからセリナが飛び立っていくのに気づいたのは、おばちゃんだけだった。
なにかを言おうとしていたがすぐに穴は閉まり、おばちゃんの声はセリナには届かなかった。
浮遊魔法。複数の人間には使えないが、セリナ一人ならこの通り。
セリナはそのまま上へ上へと飛んだ。そして、目的の場所まで上がるとそこで止まる。
『よくここまで来れたのう』
横で風をまとわせ浮かぶ『風の精霊』が、意地悪そうな笑みをセリナに向ける。
深呼吸をすると心が落ち着いていく。なぜあんなにイラついていたのか疑問に思うくらいに。
そんなセリナを横目で見た『風の精霊』が語る。
『はるか昔、人間が言っておったな。人間は『心技体』によって完成すると。ワシはその言葉を気に入っておる。そなたはどうじゃ?』
心技体――人間が能力を最大限に発揮するには、精神、技術、肉体が整っていなければならないという言葉。
『そなたの技術は、人間にしては完璧に近いじゃろう。じゃがその他はまだまだ未熟……と、思っておったが……その心、少しは成長したようじゃの』
セリナはそこでまた、先ほどよりも大きく深呼吸をする。
冷静になれてきた今、よくよく考えれば少し前からのセリナの行動、思考に疑問が出てくる。
『西国』中心部に入る前のリオナルドのやりとり。
リオナルドがセリナを性の対象として襲うのなら、もっと前にしているはずだ。
仲間が増えた状況の中、野外で、などという愚行ともいえるタイミングでリオナルドが行うだろうか?
『西国』に入って一人になった時。
仲間がいないからと言って、すぐに一人の時のような気持ちに切り替わるだろうか?
奴隷を見たから?それくらいで怒りがわくような性格でもない。
しかも一度短剣を見て、冷静になれていたはずだ。
先ほどゴーレムちゃんに取り込まれた時。
いくら周りがうるさいからと言って苛立ったりするだろうか?いつもならさらっと流せたはずだ。
そして。
今の『風の精霊』の言葉を考えるに……
「全てわかっていたのですか?」
セリナが『風の精霊』を睨むと、またしてもクカカッ!と楽しそうに笑った。
それを見てセリナは確信した。
全て『大地の精霊』の影響か、と。
『西国』そのものが『大地の精霊』によって歪まされているのだ。それほど影響がある精霊の力に、セリナたちが抗えるはずがなかった。
人間である、リアナの洗脳魔法にすら惑わされているのに。
『風の精霊』は意地が悪いので教えてくれない。
『氷の精霊』は試練だと教えてくれない。
『大地の精霊』はわかってすらいない。
……本当に、精霊ってやつは……
「……フロスト。力を貸して」
そう言ったセリナが氷の粒で包まれる。そして『氷の聖衣』がセリナの体をまとった。
『大地の精霊』の影響がどんどん薄れていくのがわかる。
優しく包み込んでくれている力だと思っていたが、とんだ諸刃の剣だったわけだ。
セリナが下を見ると、変わらずゴーレムが二体暴れ回っている。そして巻き込まれる『西国』。
まさに聞いたこの国の歴史そのものではないか。
そう思ったセリナは思わず鼻で笑いながらも、両手を上げて魔力を込める。
『おーっ』
のんきな『風の精霊』の横で、セリナの魔力はゴーレムにも負けないくらい大きさへと変化し、形作られる。
その上に、まだセリナの中に残っている『大地の精霊』の力を乗せ、さらに『氷の精霊』の力で覆って……
「……くっ……!」
セリナの全身が傷む。
それ以上に魔力とともに精神力まで奪われるような感覚に襲われ、めまいもして今にも倒れそうだ。
初めて試みる、二種類の精霊の力を組み合わせた魔法。覚悟していた以上の痛みが襲いかかる。
「……ぐぅっ……!」
歯を食いしばり、苦痛に顔を歪ませながらもセリナは作業を続ける。
痛みと引き換えに、威力は絶大なものになるだろう。
なぜならそれはセリナが考えた、全てを終わらせるための物。
この国に来てから抱いた思いを、全て込めたものだ。
「……っ、はぁっ、はぁっ……!」
肩で息をしつつも、なんとか整える。
そして……セリナは出来上がったそれを両手で持った。
『クカカカッ!なんと歪なものじゃのう!』
見た目はまるでハンマーだった。
岩のようなものが先についている、土や粘土でできた周りを、厚い氷が刺々しく覆っている。
セリナはそれをしっかりと握り、横で笑う『風の精霊』をしっかりと見た。
「力を貸して、ライラ」
ライラの腕輪が光った。だが……それだけだ。
意地の悪い精霊が、そうやすやすと力を貸すわけがない。
そんなことは当然セリナもわかっている。
だからあえて『風の精霊』に問いかけずに言った。
「ライラも、このお祭りに参加したいでしょう?」
貴方は『風の精霊』ではなくライラ。
だから退屈しのぎにここにいる貴方が、力を貸すことに問題はないでしょう?
そうセリナは言っているのだ。
きょとんとする『風の精霊』。ややあって……
『クカカカッ!確かに見ているだけでは飽きていたところじゃ!いいぞ!その口車に乗ってやろう!』
セリナの背中に、ちょこんと『風の精霊』がくっついた。
背中から感じる風の息吹。さらに全身が傷むがそれでいい。それくらいの力が欲しかった。
そう思いながらセリナは目を閉じて、大きな、大きな深呼吸をする。
そして……
「行きます!」
まっすぐに下に降りていく。
土や岩の重力、風の力によって速度がどんどん上がっていく。普通の人間では耐えられないだろうが、セリナの防御魔法と『氷の聖衣』がそれを可能にした。
遠くからこの時のセリナを見た者は、きっとこう思うのではないだろうか?
『隕石が落ちてきた』と――
全ては『大地の精霊』のケンカから始まった。だが、くだらないケンカだ。それをここまで大きくしたのはなんなのか。
「こんなものがあるからああああああああああっ!」
セリナは全力でハンマーを振った。
両腕から血が出て、血管がちぎれたかと思うくらいの痛みに叫びそうになった。
そんな全ての想いを込めたセリナの一撃は、大地に衝撃を走らせる。
「ぎっ……!」
ハンマーが砕け散る。セリナはそのまま地面に落ち、ゴロゴロと転がる。
『氷の聖衣』が解けてしまったが、それでもなんとか自分の体を止めたセリナは、仰ぎ見た。
一瞬の静寂……
そして――
「かっ!壁が壊れるぞおおおおっ!」
逃げ出していたであろう誰かが叫ぶ。
『西国』に鎮座する壁がセリナの一撃によってひび割れ始め、それに連なる壁も壊れていく。
そうして、この国は二つの思想を分けるのをやめたのだった。




