第104話『大地の精霊』
今までの精霊が顕現した時は、セリナの魔力が精霊に吸われて動けなかった。
だが『大地の精霊』の力が、逆にセリナの魔力となっているように感じる。まるで『癒しの魔法』だ。
いや、それどころじゃない。包み込んで優しく抱擁しているような温もりを感じる。
『母』なる大地……とはこのことか、とセリナは納得した。
『私はかつて『勇者』一行の一人に手を貸し、その者が作りしこの国を守るはずでした。ですが、今それは叶わずこの場所にて眠り続けていました』
『大地の精霊』がセリナを見つめる。微笑みながらも、瞳が潤んでいる。
『よくぞ……私を目覚めさせてくれました』
セリナに向かって『大地の精霊』が頭を下げる。それに驚いたセリナは言葉を出せなかった。
この世界を作る精霊がたかが人間に頭を下げる?信じられない光景だ。
少なくとも、今まで出会ってきた精霊は決して行わないだろう。
『どういたしまして』と返すべきか?いや、それよりも知りたいことがある。
「眠り続けることは……貴女の本意ではないと?」
『……えぇ』
セリナの言葉に頭をあげた『大地の精霊』はうなずく。
『私たち人間に力を貸した精霊は、盟約により国を守り導く役割を担っています……少なくとも私はそうでした。ですが、私たち精霊の力は、とある日をきっかけに急激になくなったのです』
とある日?なんの話だ?
セリナは、人間の国に関することなら歴史書で全て記憶している。その中で一番大きな出来事といえば、やはり『勇者』と『魔王』の戦争だ。
しかしその時代に人間の国はない。五つの国は『魔王』討伐後に作られたのだから。
……となると、そのあとに起こった出来事ということになる。だが、精霊の力がなくなるほどの大きな事件があっただろうか?
『維持するためには力を全て行使する、すなわち、眠りにつくことで自身の全ての感覚を力に変えることでした。そうして私は眠りました。再び私に力を貸してくれる存在が現れるまで』
「それがセリナちゃんだった……ということですね」
おばちゃんが言葉に続くと『大地の精霊』はうなずいた。そしておばちゃんにも優しい瞳を向ける。
『我が大地の眷属よ。あなたたちにも苦労をかけました』
「とんでもない!もったいないお言葉でございますっ」
おばちゃんが慌てて頭を下げる。右手を左手で包むように前で組み、下げる頭の角度は四十五度。見事な礼だと、普段のおばちゃんとのギャップに驚かされる。
にこりと優しく微笑んだ『大地の精霊』は、目線をおばちゃんからセリナへと向ける。
『私としては、このまま貴女に力をお貸ししたいと思うのですが……一つ問題があります。実は、私は私だけではないのです』
「……というと?」
『私は『大地の精霊』の一つの存在。もう一つの存在が揃って完全な『大地の精霊』となるのです』
その言葉を聞いて、セリナの頭の中に男女の像が浮かび上がった。
女の像は目の前の『大地の精霊』にそっくりだった。ならば、もう一つの存在というのは……
『父なる大地と呼ばれる存在、それがもう一つの『大地の精霊』なのです。ですが、今ここにいるのは私だけ。これでは真の力を発揮できず、力を貸すことなどできません』
「……そのもう一つの『大地の精霊』はどこにいるんですか?」
セリナの質問に『大地の精霊』がにこりと笑う。そして両手をゆっくりと広げて見せる――と、セリナの中に在る力がざわめきだした。
「くっ……!」
これはっ……先ほどから感じている『大地の精霊』の力か……っ?
砂塵が大きな嵐となって体内で暴れている。まるで肌を切り裂く無数の刃のようだ。
だがわかっている。この力はセリナに危害を加えようとしているわけではない。
大丈夫。この力に身を任せれば良い……
そっと目を閉じるセリナ。
すると、傷つけようとする力はセリナの落ちついた心に反応して緩やかになっていき、一つの場所を示した。
それは目の前にいる『大地の精霊』と同じ力の存在がいる場所。
そこは……
セリナはゆっくりと目を開けて、目の前の『大地の精霊』を向く。変わらず優しく微笑んでいるところを、セリナは真剣な瞳で見つめた。
「いるんですね。この『西国』に」
『……その通りです。素晴らしい。大地の流れを把握できているようですね」
他の精霊でも思ったが、どうにも精霊というのはいちいちこちらを試してくる。癪に障るが、正解だとほめてもらえるのは気分が良くなる。
それに、風や氷とは違い優しく見守る大地は、今のところ一番まともに思えてくる。
精霊の偏見を改めても良いかな、と思った時、おばちゃんがおずおずと話しかけてきた。
「それで……そのもう一つの『大地の精霊』様は一体どこに?」
セリナは指をさす。力を感じる方向に。その先はただの壁だ。
――そう。壁の向こうにもう一つの『大地の精霊』はいる。
「この『西国』の、男側の街の地下にいるようです」
おばちゃんが嫌そうな顔をする。
そして……はぁーっ、と大きなため息をつきながらおばちゃんは口を開いた。
「そっちの方向は……たぶん違う小人族の里のあたりだべ。困ったねぇ、そこは男だらけの偏見に満ちた里さ。ここはまだマシなほうなんだが、どうにも『西国』の影響を受けた小人族が多くてねぇ……」
そう言って、おばちゃんはエプロンのポケットから紙を取り出す。それは『西国』の地図だ。
セリナたちに見せるように持ちながら、とある地点をさした。それは時計でいえば三時のあたり。思いきり男の街のところだ。
「おそらくここだね。そんで、今アタシらがいるのは中央部のあたりのここ。さらにもう一つの里もここらへんにあって、女の里になっているんだよ」
おばちゃんはこの場所であろう、地図の中心のあたりを指さし、今度は女の里と呼んだところ、九時のあたりを指さす。
セリナが『西国』に入ってきた時は十一時あたりにいた。それから地下を巡っていくうちに、いつの間にか中心部まで来ていたのか。
「問題はどうやってそこに行くか、ですね」
まずはそこまで行く方法だ。
ここから地下を通っていく方法はある。地図を頼りに掘っていけば良い。人間などの動く相手に使うにはなかなか難しいが、無機質で動かないものなら一般の人間でも使える魔法がある。
一般の人間なら掘れて数キロだろうが、セリナなら問題はない。さらに今は『大地の精霊』の力もある。言うほど難しくはない。
だが、問題はそこだけじゃない。
行く先は男の街、そして男の小人の里。どう考えてもセリナは歓迎されない。事情を説明できる時間すらあるのか怪しい。あったとしても、信じてもらえるかどうか。
『おそらく私でも説得は無理でしょう。固まった思想は原石よりも固く、純粋です』
『大地の精霊』が寂しげな瞳で言う。
かたくなに自分の力しか信じてこなかったセリナには耳が痛く、なにより一番納得できる理由だ。
ならば……この男女に分かれる『西国』の制度そのものを壊すしかない。
だが、なぜこのような国が存在しているのか。その理由も歴史もセリナは知らない。無知は罪だ。
人間だけではなく、小人族にまで影響する男女の思想。長年積み上げてきたものがあるのだろうが……
「………………っ」
思わず手で口を覆う。セリナの中からなにかがこみ上げてきて、吐きそうになった。
ゆっくりと深呼吸をし、もう一度考える。落ちつけ。大丈夫。大丈夫。
この『西国』の状況。そうだと信じてやまない者たち。
まるで……まるで、洗脳のようなのだ。
もし、リアナのように、洗脳魔法を使う誰かが、もし、この国にいるのだとしたら……
「………………っ!」
口をふさぐセリナの手に力がこもる。
『それならば仕方がない』と思ってしまう『セリナ』が後ろにまとわりつく。
今はっきりと感じることができた。これがリアナの洗脳魔法か……!
『大丈夫です。落ちつきなさい』
『大地の精霊』が手でなにかを振り払う動作をすると、セリナの体がすぅ、と体が軽くなった。
後ろから出てきている黒いオーラが、それで払われた気がした。
「大丈夫かい?セリナちゃんっ」
おばちゃんがそばに寄ってきてセリナの背中をさする。その優しい温かさが身に染みて、心が軽くなっていく。
「ありがとう……ございます……」
「いいんだよぉっ。おばちゃんになんでも頼りなっ」
心強い言葉に涙腺が緩む。最近、本当に涙もろくなったな、とセリナは実感する。それと同時『泣かない』と決めていた過去の自分を思い出して、少し笑えた。
歩けている……大丈夫……大丈夫……
そんなセリナとおばちゃんを優しく見ていた『大地の精霊』から、始めて笑みが消えた。そして真剣な瞳でもう一つの『大地の精霊』の存在がいる方向を、刺すように見つめる。
『私に考えがあります。大丈夫。うまくいけば全て終わらせられます』
「……え?」
セリナがなにかを聞く前に――
「地震だよっ!」
おばちゃんの大きな声が響くが、それをかき消す轟音とともに辺りが揺れ、立っているのが精一杯だ。
そんな時だった――
「ちょ!これなんなんですかぁっ!?」
その声をしたほうを向くと、なんとテリアが壁に手をつきながら立っていたのだ。
いつの間にそこにいたのか。いつから話を聞いていたのか。
それを聞く暇はセリナになかった。
「えっ!?わっ!」
「ちょ!なんなんですかあああああああああっ!」
セリナとおばちゃん、そしてテリアが宙に浮く。それと同時にセリナとテリアが思わず声を出すが、関係なく勢い良く天井を突き破って、どんどん上がっていく。
その先には石や土の塊などがあるのだが、セリナたちは見えない球体に守られているようで、土が逆に削れていた。
そしてそのまま地上まで上がり、さらに天高く飛び上がる。
「……つっ……!」
久々の太陽の光に、セリナは思わず目を閉じた。蒸し暑い気候が肌にまとわりつく。
手で太陽の光を隠しながらゆっくりと目を開けると、下には『西国』があった。
三つに分断されている国。大きく一つに連なる壁が、それをまざまざと見せつけていた。
そして……
「ちょ……!なんですかあれ……っ!」
テリアの驚愕した声が聞こえたのでそちらを見ると、遠くを指さしていたので、セリナもその方向へと目を向けて……
「え……?」
セリナも、同じ言葉を心の中で呟いてしまったのだった。




