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偽物の聖女  作者: ゆきもち
第四章『西国(にしこく)』編
103/111

第103話『大地の試練06』

目が覚めたセリナはまず現状把握に努めた。

おばちゃんが言うには、この部屋はセリナがやったらしいが覚えがない。逆に覚えていること……白い花――ギンバイカはセリナの手の中にあった。


「はぁー…っ、すごいねぇセリナちゃん。魔力がここに来た時よりも桁違いに上がってるべさ」


おばちゃんにそう言われて自身の魔力を確認する……実感がない。こんなにも自身についてわからないのは初めてだ。


ただわかっているのは、今とても心が穏やかだということ。そしてあんなに恐ろしかった精霊の力が恐ろしいものじゃなくなっていること。


その時、セリナが乗っている巨大な葉が動いて、セリナを地面に降りられる高さまでおろした。

まるで、次にセリナがなにをしようとしているか、わかっていると言いたげだ。


「行くかい?」

「……はい」


手の中にあるギンバイカを魔法で服につける。花は胸元で嬉しそうに揺れている。


そして……

地面に足をつけ……


セリナはしっかりと立つことができた。そしてそのままゆっくりとだが泉の部屋に向かう。

すっかり変わってしまった部屋に咲く花や葉が、まるでセリナを応援しているかのように少しの風に揺られる。


「ありがとう」


無意識に出た感謝の言葉。そこに理由も理屈もない。

地面を踏みしめるたびに、温かい力がセリナの中に入ってくる気がする。まだ立てないはずのセリナを支えるかのようだ。


部屋のドアを開けて泉の前まで来た時に、ようやくセリナは自身の魔力が変わっていることに気づけた。

それは大地からもたらされた力がセリナの魔力に変換されている、いや、ともに生きているかのようなものに変わっているのだ。


「大丈夫」


胸元の花が揺れる。心配してくれているように感じたので、セリナの口からはその言葉が出た。

一度止めた足をまた動かす。大地を踏みしめる感触を確かめるように、ゆっくり、ゆっくりと。


一人の力で生きてきた。誰もが敵だったから。それは事実だ。

でも、誰かに支えられ守られてここまで来れた。これもまた事実だ。

その過去は変えられないセリナの中の『本物』だ。そこに名前をつけるのはセリナの『自由』。


それは、過去も、現在も、未来も、ずっとそうなのだろう。


だからそこにいちいち名前を付けて苦しむのをやめよう。固定して否定して逃げ出すだなんて、そんなのもったいない。もっともっと好きに生きていきたい。


それで、良いんだ……


だからね……

一人で生きてきた過去の私からは少し目をそらすことになると思う。ずっと見てきたけど、振り返らず前を向いていきたいから。

過去の私は後ろできっと泣いているだろう。叫んでいるだろう。でも、もうそこには戻れない。歩けば歩くほど距離が開いてしまうから。


本当は戻って震える体を抱きしめて……ずっと、ずっとそばにいたい。だけどそれはできない。

その分、今の私は貴女に誇れる私でいたい。恥じない私でいたい。

過去の貴女が一人で頑張ったから、今の私はこんなに輝いた世界に居られるよって。


そう言える私になるために、私は前を向いて歩いていくね……


セリナは両手を合わせて祈りのポーズをとる。目を閉じて祈った。

過去の自分に、現在の自分に。そしてまだ見ぬ自分に。


その時――


ざぁぁっ……!と音を立てて土が風に流されていく音を感じた。そして頭の中に景色が広がる。

そこはなにもない場所。ただ大きな空が、大きな大地が広がっている世界。


「悠久の大地……」


そうだ。世界にとってセリナなどちっぽけな存在だ。それでも生きてここにいる。ちゃんと立っているんだ。

つらくて涙をこぼしても良い。うずくまって、倒れてしまっても良い。苦しくて下を向いても良い。


それがセリナだ。それがセリナという人間の人生だ。


セリナは脳内で広大な大地を歩き出した。すると大地はどんどんその景色を変えていった。土は石造りの地面になり、その間に生えてきた木々がこちらだと道を示してくれる。

花は優しく揺れ、水は暑さを和らげ、風は心を軽くする。


そうして辿りついた先には一つの扉があった。


一度その前でセリナは立ち止まり、その奥から溢れてくる力に優しさを感じ取った時、ドアノブに手をかけた。

無意識に、なにも考えず。大丈夫だと信じて。

そうしてドアを開け――


「……おおおっ!セリナちゃんやったよ!ついにやったよっ!」


ゴゴゴ……!と、なにかが動く大きな音と、おばちゃんの歓喜の声が耳に届きセリナは目を開ける。


セリナは泉の中央に立って祈りのポーズをしていたことに、今気づいた。


大きな音の原因を探すため辺りを見ると、泉に水をもたらしていた男女の像がゆっくりとその場を回っていた。

男女の像は初めお互いそっぽを向いていた。そこから目を合わせる角度まで動くとそこで止まる。

すると……今度は部屋の一番奥にある壁が動きだした。そしてそこに入り口を作ったのだ。


「あれが『大地の精霊』様へ通じる道さね。よく頑張ったねセリナちゃん。愛情を理解したんだっ」


おばちゃんの嬉しそうな声に、セリナは大きなため息を一つ。

泉の中にいるというのに、以前のように魔力を吸い取られる感覚はない。むしろ、泉の力と魔力が一つとなってセリナの力になっている。


とても優しい温もりを感じる力だ。


この力を『愛』と呼ぶかどうかはわからない。ただ、少なくともおばちゃんはそう名づけているのだろう、ということだけを受け取った。

今は名づけない。あとでいくらでも自由に名前はつけられる。


……だから、今はこのままで。


泉の中を歩いて奥へ進み、小さな階段をのぼって泉から出る。その先は暗く、中はなにも見えない。

だが、不思議と大丈夫だと確信していた。溢れる力に温もりを感じるから。


「さぁ、行こうかセリナちゃんっ!」


目を閉じて、胸元に手を当て深呼吸を一つ、二つ。

ゆっくりと目を開けたセリナはその奥へと大地を踏み進んでいく。そのあとにおばちゃんも続いた。

長く暗い道だったが怖さも嫌悪感もない。心配しているのか、セリナについてくるようにあとから花や草が生えて、光を持つ花が淡い光源となって道を照らしている。

なにもないただの道を進んでいく。一歩一歩しっかりと。


そうして、セリナの目がその暗さに慣れたころ……大きな円形の部屋についたその時だった――


「……っ!」


後ろをついてきていた花や草が、ザァァッ……!と一気に動き出し、その大きな部屋を飾り立てるように取り囲む。様々な色の花や葉の力によって、そこは先ほどまでとは全く違う幻想的に光る部屋と変わった。


そして……その大きな部屋の中心にはセリナにとっておなじみの見覚えのあるもの――台座のようなものがたたずんでいた。


『氷の精霊』の時は魔力の枯渇を心配していた。だが、今はその必要を感じない。大丈夫だ。

そう信じてセリナは歩みを進め、その台座に手を伸ばし……自身の魔力をそこに注いだ。


その次の瞬間――


「……くっ……!」


大きな音を立てて大地が揺れる。それに呼応するかのように葉や花が騒ぎ出し、土煙が上がる。

思わず目を閉じ、収まるのを待った。この時にセリナは、ようやく自身が無意識にやっていた防御魔法をかけていないことに気づき、すぐさま張り直した。


台座にセリナの魔力が吸い取られていくのを感じる。だが、以前の『風の精霊』や『氷の精霊』の時とは違ってしっかりと立てている。


拒絶するな、否定するな、受け入れろ。そういう事実がここにはある。

ただ、それだけのことなのだ。


『見事。良く私の試練を乗り越えましたね』

「え……っ?」


土煙が収まりようやく目を開けたセリナの前には、一人の女が宙に浮かんでいた。

黄色のドレス、長い髪、優しい面差し。

まるで『女神』と呼んで良い程の美しさを持つものが、セリナを見ていた。


セリナは驚き、思わず目を見開いていた。

その美しさに、ではない。その姿をセリナはすでに知っていたのだ。


「男女の像……?」


思わずぽつりとつぶやく。

泉やお湯のところにあった男女の像。その女のほうにそっくりなのだ。

あの像にはモチーフがいたのか。それは目の前の……


『初めまして、現在に生きる『聖女』よ。私は『大地の精霊』と呼ばれているものです』

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