第五景:宝剣 前編
◇登場人物◇
◇アルマン:王城守備隊長/騎士
◇バーミル:王弟/大公
◇フードの男:盗賊
◇パスカール三世:王
寝静まった城内には、衛兵の歩くカツンカツンという鉄靴の音だけが響いていた。
一定のペースで歩く衛兵達の動きには規則性があり、
慣れも含まれているのだろう、警戒していると言うより惰性で動いているようにも見えた。
中庭に面した柱の横を衛兵が通り過ぎた時、柱上部にあった影が動く。
柱を伝い、ゆっくりと降り立った影は、近くの柱に取り付き、また影となり溶け込む。
盗賊のスキル「影纏い」である。
元来、冒険者のスキルは迷宮以外[一部の訓練所含む]では使用することを禁じられているが、
それを外で使用しているということは犯罪者と同義である。
影は衛兵の隙きを突き、移動を繰り返す。
警戒心が薄かったとはいえ、衛兵を責めることはできないだろう。
それだけ影の動きは卓越しており、魔法での探知を用いなければ見つけるのが困難なレベルであった。
そして影は目的の場所にたどり着く。
目の前には豪奢な装飾が施された扉がある。
これみよがしに王の間からほど近くに設えられたそこは、城の宝物庫だった。
当然、深夜であろうと厳重に警備されていたが、その守備兵達は影の足元に転がっていた。
影は周囲を警戒した後、懐から鈍色の鍵を取り出し、ゆっくりと扉の中に消えていった。
◇
「貴様ら衛兵は一体何をやっておったのだっ!!!!」
王弟の怒号が王の間に響き渡る。
巡回していた衛兵が異変に気づいたのは朝方だった。
それでも、急を要したものではなく、本来宝物殿前に居るはずの守備兵が居ない程度のものであったが、緩慢にその報告をしてきた部下を叱りつけ、守備隊長であるアルマンは宝物殿に駆けつける。
恐る恐る扉を押すと、ゆっくりと扉が開け放たれ、視線の先には部下である守備兵たちの亡骸があった。
しばらくすると、王弟であるバーミル大公がアルマンからの報告を受け現れた。
顰め面をして現状を見渡すが、一見したところ荒らされた形跡はない。
宝物殿の最奥に鎮座する建国王レガンティン一世の像に一礼した後、大公は検分を始めたが盗られたものは無く、
状況が愉快犯である可能性に傾き始めた頃、バーミルはあることに気づく。
一礼した時に感じた違和感から、再び建国王の像の前に立つとまじまじとそれを見つめ驚愕した。
建国王の像は、その由来となった剣を握って立っている。
だが、今像が握る剣は衛兵たちが持つそれと入れ替わっていた。
盗み出されたものは、王の証、王位継承の証明である宝剣だったのだ。
◇
再び王弟であるバーミルの怒号が響く。
それは、守備隊長であるアルマンに対し責任を問うものだった。
賊を侵入させた責任、兵を殺された責任、宝剣を盗まれた責任。
その怒鳴り声を遠くに聞きながら、兄であり、王であるパスカール三世は冷静に状況を俯瞰していた。
このような状況下、いたずらに臣下を叱責しても事は進まない。
もちろん咎める必要はあるが、それよりも先ずやる事があるだろう、と弟を眺め王は思う。
王は待っていた。
バーミルが、その多くもないボキャブラリーの罵詈雑言を繰り返しアルマンに浴びせ、
疲れたと言って従者に水を運ばせた頃、王の間に兵士が駆け込んできた。
息を吹き返したバーミルが声を上げようとするのを王が手で制す。
兵士は、王が待ち望んだ者だったからである。
息を切らす兵士に水を与え発言を促すと、兵士はこう告げた。
「賊は北の山岳地帯に向け馬を走らせた模様、向かうは霊峰フタシコス山、目的地は「死者の迷宮」であると思われます!」
王が考え得る、最悪の展開だった。
ナバレスタ ダンジョン百景、第五景公開です。
初の前後編となります。
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