第三景:ドワーフの火吹き酒
◇登場人物◇
◇ユーニス:冒険者/戦士
◇アーティニオ:冒険者/魔法剣士
◇カルヴァドス:酒場「アリアドネの糸」店主
ユーニスは寝付けなかった。
ベッドに潜り込んで何度か寝ようと試みたが、頭の中がそれを拒絶している。
何度も何度も寝返りを打つが、今日あった出来事が思い出されるだけだった。
収穫は、まあ良かった。
買取額の高い宝石が宝箱から出たため、パーティー6人で割ってもそこそこの分け前になったからだ。
問題はその後だ。
一緒に組んだエルフの魔法剣士が最悪な奴だった。
中衛でありながら戦士であるユーニスの敵視管理に文句を言ってきたのだ。
訳知り顔で注釈をたれた後、一言。
「雑だ」
確かに、何度か注視させるのが遅れ、敵が中衛に流れた事があったが、
複数の敵に対する敵視管理の難しさを分かっているのだろうか。
しかも、今日の簡易パーティーで前衛は戦士であるユーニスだけだった。
その事を考えれば、多少のミスは目を瞑って然るべきだ。
互いに補うのがパーティーなのだから。
迷宮から今日も無事に帰ってこれた安堵感に浸っていたユーニスだったが、
呼び止められ、魔法剣士に告げられたクレームで一気に気分が悪くなり、
他のメンバーからの酒場への誘いも断り、宿舎に戻ってきたのだった。
宿舎で武具の手入れを終えた後、嫌な事はさっさと寝て忘れようとベットに潜り込んだのだが、無理だった。
エルフは嫌な奴だったが、他のメンバーは悪くなかった。
酒を酌み交わして親睦を深めるのも有りだったな・・・そう思ったがもう遅い。
「酒が欲しいな」
一度その考えが浮かんでしまうと、居ても立ってもいられず、ユーニスは宿舎を出て街に繰り出した。
日を跨ごうかという時間だったが街は賑わっていた。
行きつけの酒場に行けば知ってる顔も居るだろう、そう思ったが生憎と今日はそんな気分ではない。
静かに呑みたい。そう思ったユーニスは、一軒の酒場を思いだした。
◇
繁華街から少し外れた場所にその店はあった。
元々は静かに酒を嗜む場所を造りたい、という店主の思いで開店した店だったが、
良い酒、珍しい酒が揃っている事から、今では噂を聞きつけた自称「酒通」の集まる店となっていた。
店の造りが変わっており、店内には椅子がなかった。
カウンター以外には腰の高さほどの丸テーブルが点在し、立って飲むのが前提で作られていた。
テーブルは金具で上下できる仕組みになっており、ドワーフやハーフリングといった背の低い種族にも対応できる。
店主の気遣いがなされた店であった。
店名「アリアドネの糸」
迷宮に赴いた冒険者が、またこの店に戻ってこれるようにと付けられたらしい。
看板を一瞥し、ドアを開けるとやはり混んでいた。
この時間でも冒険者の友たる酒を求めて、自分のように集まるのだろうな。そうユーニスは考える。
店内を見渡したところ、運良くカウンターに空きがあるのを見つけた。
そそくさと移動し、カウンターに陣取るとエルフの店主が声を掛けてきた。
蜂蜜酒をオーダーすると、かしこまりました。頷きそう告げる店主を見て、同じエルフでも雲泥の差だな、とエルフの魔法剣士を思い出すユーニスだった。
香辛料の香りと、舌に残るじんわりとした甘さ、喉を通るアルコールの熱さを味わっていると、隣から声を掛けられた。
訝しげに声を掛けられた方を向くと、そこにはあの魔法剣士が居た。
不愉快さに、ユーニスは酔いが覚める思いだったが、礼儀として軽く挨拶をすると、なんと相手が謝罪してきたではないか。
アーティニオと名乗ったそのエルフは、生き死にに関わる迷宮での行動、自分もついカッとなり強く言い過ぎてしまった、と詫びた。
そして、お詫びに一杯奢らせて欲しい。そう言ってきた。
そうなると話は別だ、ユーニスは快く謝罪を受け入れ、アーティニオと酒を酌み交わすのだった。
だが、そこは酒の席での事。
二杯三杯で愚痴が、五杯六杯重ねると不平不満が口を衝いてくる。
酒が入ると思考が鈍るのは人間もエルフも変わらないようで、どちらともなく今日の諍いの話となった。
やれ、あれは言いすぎだの、そっちこそ分かっていないだの・・・段々と雲行きが怪しくなっていく。
終いには、お互いの胸ぐらを掴み殴り合いになりそうになった時、店主が間に割って入ったのだった。
「この店で暴れるのは俺が許さない、もし決着をつけたいなら店のルールに従ってもらおうか」
◇
店主のカルヴァドスは暫く前からカウンターの二人のやり取りを見ていた。
酒をこよなく愛し、その酒を旨く、楽しく、静かに飲んでもらいたい。そんな思いで作った店だ。
想いの強さから自身にも愛する酒の名前を付けた。
椅子を置かないのもそのためで、良い呑み方は必要以上に呑まず、適度に切り上げるのが最上。
座って呑むと滞在時間が長くなる、そんな無粋な呑み方は少なくともこの店ではさせないつもりだった。
さて、問題の二人だが酒に呑まれて諍い事を始めた。
酒を愛するカルヴァドスにとって一番嫌悪する連中であった。
溜め込んだ鬱憤を酒の力を借りて吐き出す。
まるでワインの澱のような連中だ。
底に溜まった澱が舞い上がるだけで、そのワインの味は落ちる。
自分が愛し、作り上げてきたこの店でそのような行為を許すつもりはない。
彼らにはお灸を据える必要がある、そうカルヴァドスは思い、実行に移したのだった。
◇
目の前に置かれた酒瓶をユーニスは不思議そうに見つめていた。
全体的に丸みを帯びたフォルム、ラベルには火を吹く龍の絵が描かれ、文字は読めなかった。
恐らくドワーフの文字だろう。
アーティニオも訝しそうな視線を浮かべ、酒瓶を見ている。
どうやら自分と同じく、そこまで酒に詳しいわけでは無いらしい。
気になるのは他の客だ。
店主がこの酒をカウンターに置いた時、店内が一瞬にして静かになったのだ。
なにかこの酒に秘密が?ユーニスは考えたが、酒が思考を重くしていて結論に辿り着けない。
そうこうしている内に、店主が話し始めた。
「ルールは簡単だ、うちの店での殴り合いはコイツでしてもらう」
そう言って店主は小さなグラスをコツンとカウンターに置いた。
お互い同時にこの酒を呑み干し、杯を重ねてもらう。多く重ねた方が勝ちだ。とグラスを重ねていく。
分かるだろうが、少し強めの酒だ。負けた方が謝罪し勘定を払えよ・・・そういって一杯目を注ぎ双方の前に置いた。
小さなグラスに波波と注がれた琥珀色の液体を、ユーニスとアーティニオは慎重に持ち上げる。
こんな形であるが、これは歴とした決闘である。
グラスを持ち、向き合い、お互いに目線の高さまでグラスを持ち上げ・・・・一気に煽った。
口に含んだ瞬間、鼻腔と喉の奥を刺激が駆け巡る。
それは、まるで炎を飲み込んだように。
その液状の炎は嚥下される事を拒絶し、ユーニスは盛大に吹き出してしまった。
どうやらそれはアーティニオも同じようで、お互いの顔に酒が吹き掛かる。
強い刺激で目が開けられず、二人はのたうち回った。
◇
その瞬間、客は堪えきれず笑い声を上げていた。
もちろん仕掛け人である店主のカルヴァドスも同じである。
彼らに呑ませた酒はドワーフの火吹き酒と呼ばれるもので、通称「ドラゴンブレス」
ドワーフの間では古くから伝わる酒だが、驚くべきはその度数の高さ。
この酒ができた頃、何も知らずに飲んだ人間が吹き出し、燭台に引火したのがその謂れである。
曰く、竜の息吹のようであった、と。
この酒はその高い度数を一気に呑み干し、喉や口内に残る余韻を味わう酒なのだ。
本来ならこんな使い方をしたくはないが、呑み方を知らぬ連中に灸を据えるのには丁度良かった。
常連はこの店の流儀を知っている、店主を怒らせれば火吹き酒の餌食となる。
だが、たまに起こるこの決闘を楽しみにもしているのだ。
カルヴァドスは用意してあった水桶を逆さにし、顔を押さえて蹲る二人に水をぶっ掛けた。
ようやく落ち着きを取り戻し放心する二人の客は、流石に酔いが冷めたようだった。
カルヴァドスは店の奥からモップを二本持ってきて、二人の目の前に立つ。
これに懲りたら、酒場で無粋な呑み方はするなよ。そういってモップを二人の前に突き出したのだった。
ナバレスタ ダンジョン百景、第三話です。
日頃溜め込んだ鬱憤、お酒を呑むとつい出てしまう事ってありますよね。
今回はそんなお話です。