第二景:迷宮妖精
◇登場人物◇
◇カヴロフ:冒険者/騎士
◇ギャリ:迷宮妖精
◇ロイス・キャドマイヤー:「迷宮生物学」著者/故人
ナバレスタにおいて有名な本とは何か?
そう聞かれた人々の多くは、ロイス・キャドマイヤー著「迷宮生物学」を挙げるだろう。
大魔法使いと呼ばれるキャドマイヤーがまとめたその本には、
モンスターのみならず、ダンジョンに生息する生物が数多く記されている。
百年ほど前に出版されたこの本だが、今も色褪せること無く人々に愛されている。
幼き者はこの本を読み、まだ見ぬダンジョンへ思いを馳せ。
冒険者はこの本をダンジョンへ挑む為の道標として活用する。
この本の最たるところは、モンスターのみならずそこに生息する植物や生物を載せているところだろう。
実際、ダンジョンの中には有益、有害な生き物が数多存在している。
有益な物ならば、食料となるもの、薬となるもの、魔法の触媒となるもの。
有害な物ならば、毒を持つもの、妨害するもの、擬態し攻撃するもの。
だが、有害とされるものでも、その毒の器官を取り除き、鏃に塗れば毒矢ができる。
要は活かし方次第である。
そんなダンジョンの生物、植物、モンスターが挿し絵とともに綴られ、細かな特徴と生態、採れる素材やその活用法など、様々な情報が載っているいるのが「迷宮生物学」、そしてこの本が愛される理由なのである。
だが、そんな「迷宮生物学」の最後のページに不可解な生き物が記されている。
『迷宮妖精』
そう名付けられた妖精だと思われる存在。
トンガリ帽子を被った赤ら顔、目は引き攣り、背中に矢を担ぎ、手に金槌を持った姿。
恐らく妖精族の様だが、そこにはこんな文章が添えられていた。
『彼らは迷宮の管理人である。迷宮を周り、宝箱を置き、罠を設置し、亡骸を処理する。
もし、仲間からはぐれ迷宮を彷徨っている時に彼らと出会えたなら幸運である。
食料を渡せば出口まで案内してくれるであろう』
誰しもが疑問に思っていたダンジョンの怪異。
誰が宝箱を置いているのか。
誰が使用後の罠を戻しているのか。
倒したモンスターの死骸はどの様に処理されているのか。
それらの行為をキャドマイヤーはこの妖精の仕業だと述べているのだ。
そして、この妖精のような存在が不可解とされている一番の理由。
それは、本が出版されてから現在に至るまで、誰もこの生物を見た事が無いのだ。
当のキャドマイヤーは本の発刊を待たずに故人となっていた為、確認のしようが無かった。
それ故、この生物はキャドマイヤーが本の最後にユーモアとして架空の生物を記したと思われていた。
もちろん、ダンジョンにおける怪異も未だ不明のまま。
そう、昨日までは。
◇
「まいったな」
今、カヴロフの目の前には奇妙な生物がいた。
トンガリ帽子を被った赤ら顔、目は引き攣り、背中に矢を担いでいる。
記憶と違っている点は、金槌を持っておらず、何かをクチャクチャと噛み続けている事だろうか。
背中に担いだ矢を壁に仕込まれた弓につがえ、蓋をして隠す。
それを何箇所かで行い、床や壁に刺さった矢を回収しているのが見て取れる。
カヴロフには分かっていた、目の前にいる存在、これこそ迷宮妖精であると。
幼い頃から愛読していた本に書かれた未知なる存在。それが今、目の前で動いている。
いや、動いていると言うよりは、働いている。勤勉に。
興奮を隠しきれず足を踏み出した時、足元の小石を蹴飛ばしてしまったようだ。
カツンッ!・・・と響いた音に反応し、妖精がこちらを向いた。
互い見つめ合ったまま暫く経ったであろうか、妖精は気にも留めない様子で仕事を再開し始める。
それを見たカヴロフは敵意がないと判断し妖精に近づいた。
***
現在、カヴロフが居るのはダンジョンの15階。
低階層だが、だからといって一人で来る場所ではない。
盗賊ならともかく、カヴロフは騎士だ。
その役割はパーティーにおける盾。
敵からの攻撃を管理し、自身の後ろにいる後衛にその攻撃が届かないよう立ち回る、それが騎士だ。
だが、今のカヴロフは一人でこの場所に居る。
守るべき仲間のいない彼は一人、この階を彷徨っていたのだ。出口を探して。
それは突然起こった。
15階を探索していたカヴロフ達のパーティーは大型の熊のモンスター〈ビッグ・ベア〉と会敵。
即座に戦闘になるも序盤は優勢だった。突如もう一体のビッグ・ベアが現れるまでは。
索敵を怠っていた?そんな考えが頭を過ぎったが、ここで後悔しても仕方がない。
素早くリーダーが撤退を決め、他のメンバーを逃がす為に盾役であるカヴロフが残ったのだ。
暫く睨み合いが続いていたが、餌であるカヴロフを横取りされると思ったのだろう、先に戦っていたビッグ・ベアがもう一体に対し威嚇をした。
それをキッカケとし二体が争い始めたのだ。
カヴロフはその好機を見逃さなかった。
盾を構えたまま、そろりそろりとその場を離れ運良く逃げ延びることができた、が。
パーティーとははぐれてしまった。
そして、仲間の無事を祈りつつ15階を彷徨っていた時、奇妙な感覚を味わった。
それは空気の壁のようなものに踏み込んだような、そんな感覚だった。
そして、前方の角を曲がる人影を見つけたのだ。
その背格好から、仲間である盗賊かと思い様子を伺っていたのだが、どうやら違うらしい。
その人影は床に這いつくばり何やら探しているようにも見えた。
その内に、床と壁の境目に手を入れるとゴソゴソと動かすと近くの壁に穴が空いた。
カヴロフはそれに心当たりがある。ダンジョン内の罠の一つ仕掛け弓だ。
その罠は冒険者が床に有るスイッチを踏んだ時に発射される。
幸い、矢がつがえられていなかったのだろう、その穴からは何も発射されなかった。
だがおかしい、通常であればスイッチは床に有るはずだ。
しかし、目の前にいる人影は床ではなく境目を触っていた。
そう考えを巡らしていた時、影が動き近づいてきたのだ。
その姿を見た時、カヴロフは息を呑んだ。
そこには幼い頃より思い描いてきた、本の中の妖精が居たのだから。
***
敵意が無いことを示すように、両手を軽く上げカヴロフは妖精に近づいた。
その姿をさして面白くもないような表情で見ていた妖精は、何か用か?とカヴロフに告げた。
驚く彼を余所に、仕事の邪魔だ用があるならさっさと言え。そう捲し立てる。
カヴロフは驚きながらも自分の名を告げると。
「ギャリ」
と返ってきた。
恐らくは、それがこの妖精の名であろう。
ギャリは、極稀にお前のような奴がこの結界に入り込んで仕事の邪魔をする、そう言った。
そして、前に来た奴は魔法使いだったな、と呟く。
それを聞いたカヴロフはある事を思い出し、腰の革袋から干し肉を何枚か差し出してみた。
その途端、ギャリの表情は一変し、お前は中々分かっているな。と上機嫌になったのだった。
***
『仲間からはぐれ迷宮を彷徨っている時に彼らと出会えたなら幸運である』
キャドマイヤーは迷宮妖精について、著書でそう述べていた。
事実、今カヴロフはダンジョンの外に立っている、後ろにはギャリの開けた魔法門。
門の奥に戻るギャリに礼を言い、何か私にできる事はあるか?そうカヴロフは言うと、ギャリは振り返り。
「最近ダンジョンにゴミを捨てていく奴が多い、なんとかしてくれ」
そう告げると門と一緒にその姿を消した。
第二景「迷宮妖精」です。
迷宮の中にある誰が宝箱置いてるの?といった話を着眼点に今回の話を書いてみました。