僕の淡い恋心の結末
「ねえクリスマス暇?」
「暇だけど」
僕は困惑しながら、突然の問いに答えた。隣を歩く泉美は「だよねぇ」とあっけらかんに言うと、何事もなかったかのようにその後、全く別の話を始める。
僕は泉美に合わせてその別の話をしながら、ドキドキというか困惑というか色々とごちゃ混ぜになった感情を持っていた。彼女の先の問いにどんな意味があったのかがわからなかった。泉美と関わるようになって、もう10年近くだ。俗に言う幼馴染という奴に近いのではないかと思う。
泉美とは小学校入学の時に初めて出会った。同じクラスでその後、現在高校3年生の今でもずっと同じクラスの腐れ縁というか、もう怖いレベルだ。彼女は毎回毎回あっけらかんと「また一緒じゃん、よろ~」と言ってくる。長年の付き合いになったこともあり、互いに名前で呼びあっている。一部では、というか一時期は僕たち二人が付き合っているという噂まで流れていた。
それだけ僕と彼女は親しい仲だったのだ。だが、付き合っている事実はない。彼女にとって、僕はただの友人の一人だ。期待はしていない。
そもそも泉美は人と深い関係をつなごうとしないように見える。誰にでも親しく、誰にでも優しい。それが彼女のように思える。どこか一線を引いているような彼女。
そんな彼女に対して、僕は中学二年生の時から、淡い恋心を抱いている。彼女にはばれないようにするために、自覚しているのに、自覚しないようにしているようにしながら。彼女にきっと、僕のこの感情を知られたら彼女はきっと離れてしまう。そんな予感を感じている。
だからこそ、先の問いに僕の感情は大きく揺れ動いていた。彼女からなぜそんな言葉が出たのかがわからなかった。彼女とクリスマスを、いやそういった特別な日になにかあったことは今までなかったのに。
彼女とのなんてことない雑談をしながらも、僕はその真意が何か考えていた。そして、同時にこのことを聞いてはいけないのではないか、と予感している。今、彼女が先ほどの問いにつなげずに別の話をしているのだから。
そもそも僕の深読みのしすぎかもしれない。彼女はただ雑談の流れの一つで聞いただけなのかもしれない。
そんなことを思いながらも、僕は彼女との話を続ける。もう残りあと5ヶ月ほどしかないのだ。こんなふうに帰り道に彼女と話すなど。それもこうやって話す機会は数えるほどしかない可能性もある。もしかしたらこれが最後の一回かもしれない。
だから、今の彼女との会話を楽しもう。彼女と僕の高校卒業後の未来は全くの別々だ。今まで怖いぐらいに一緒だったのに。
「ねえ、昂也」
彼女は話に区切りがつくと、わざわざ僕の名前を呼んだ。話が一気に切り替わるのを彼女が望んだかのように。僕は平静をなるだけよそいながら、彼女に「何?」と問うた。
「好きな人いる?」
彼女は恐る恐る聞いてきた。何かを怖がるように、嫌がるように。そんな彼女の雰囲気は初めてだった。
「いきなり何?」
と、僕は答えた。自分でもわかるくらい声が震えていた。彼女に僕の感情がばれ、そのことを彼女が嫌がったのではないかと思ったからだった。
「いや、あのね。昂也のことを好きって子がいるの、私の友達に」
彼女はぽつりぽつりと言った。彼女がなぜ、そのことだけで、こんなに嫌そうにしているのかがわからなかった。
「だからね、それを聞いてほしいと言われたの。昂也に好きな人がいるのか?って」
彼女のその発言でおおむね理解できた。彼女はこの聞いてくるという行為をいやがったのだろう。彼女にとって、それは僕との関係を壊すと思えたから。今すぐかもしれないし、これから徐々にかもしれないが。
僕は気づく。彼女はきっと気づいている。僕の淡い恋心に。僕が泉美のことを好きなことが。
だからこそ、僕は答える。彼女が最も望んでいない答えになると思いながらも。
「いるよ」
「そうなんだね、それって」
彼女が誰?と問う前に僕は言う。言ってはいけないと思いながらも。
「君だ、泉美が好きだ」
泉美は顔をさっと伏せる。彼女の表情はわからない。泉美は声を震わせながら言う。
「そうなんだね」
「うん」
僕はそう言ってうなずく。僕と彼女の間を重い沈黙が支配する。
はぐらかすこともできた、そうすればきっと彼女ともっと話せていた。これからもずっと。
だけど、はぐらかす、ごまかしてはいけないと思えた。だって、そのあと、もっと辛くなるから。
「ごめんね」
泉美の沈黙を破る突然の謝罪。震えた声で彼女は続ける。
「私は君の好意に答えられない。できない」
わかっていた答えに近い。彼女は断る。
「私は今の関係が好きなの。ずっと昔から。昂也とはずっと友達でいたいの。それ以上になりたくない、近づきたくない。だって、近づけばお互いを嫌いになるかもしれない。それだけは嫌なの」
泉美の震えた声。その声は僕の胸を締め付ける。彼女に「もういいよ」とか言って、話を切るほうがいいとも思える。だけど、それができない自分がいた。今更どうにもならないのだから。
「私は今の昂也との関係が好きなの。だから私は」
泉美はそこで言葉を切る。そして、
「本当にごめんね、ひどいよね私。この思いが私、これが私なの」
と言った。それを聞いて、僕は彼女を責める気は起きない。むしろ僕が謝りたい気分になった。彼女の望みを今自分が壊してしまったのだから。
だけど、ここで謝罪の言葉を出すことは彼女を追い詰める。だから、僕は。
「泉美、この話はここまでにしようよ」
泉美は顔をあげる。そのときの彼女の表情はなんといえばいいのかわからなかった。
「うん、そうだね。ごめんね変なこと聞いて」
泉美がそういった後、僕は「用事を思い出したから」と言って彼女と別れる。彼女から逃げた。
泉美からある程度離れた場所、人目のつかない場所に僕はうずくまる。そして、僕は静かに泣いた。
泉美とこんな風に関係が崩れたことになったことを悔しく、悲しく思いながら・・・