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Chapter1-4 聖女さま、蹂躙する



「あー。暇だねぇ」


 男は退屈だった。

 わけもわからないうちに兵役に駆り出され、『解放軍』とかいうわけのわからない軍隊に配属され、異国の地を蹂躙する手駒としてここにいる。

 とはいえ、生きているだけでも儲けものか。

 男と同じような立場の人間は大勢いたが、死んでしまった者も少なくない。


 故郷でクソみたいな人生を送って死ぬのとどちらがマシか。

 搾り取られて生かさず殺さずのような生活を強いられるが、命まで取られることはない。


 戦場では力が全て。殺すか、殺されるかだ。

 その分、手柄を立てれば相応の対価を得られるが、命の価値に見合っているかと言われれば考えものだ。


 しかし男は、戦場にいながらもその役目をほとんど終えてしまっていた。

 毎日毎日、へんぴな村の門番の真似事をさせられているだけ。

 命の危険はほとんどないが、手柄を立てるチャンスなど回ってくるはずもない。


 だから、男は最初に少女の姿をみても、気にも留めなかったのだ。

 純白の修道服を身に纏い、悠然とこちらに歩いてくる少女。

 その足取りはどこまでも軽やかで、まるで散歩か何かから戻ってきたかのような様子だった。


「……おい、嬢ちゃん」

「はい? なんですか?」

「見ない顔だが、どこの人間だ?」


 男は少女の顔に見覚えがなかった。

 まして、自分たち『解放軍』に占拠された村の女が、ロクな目に遭っているはずがない。


 それなのに、こいつには悲壮感がない。

 それが男には非常に大きな違和感として映った。


「――鐘の音が聞こえます。救済対象ですね」

「あ?」


 次の瞬間、ぐるりと男の視界が回った。

 どす黒い液体を撒き散らし、くるくると回りながら男の頭部が地面に叩きつけられる。

 頭部を失った身体が崩れ落ち、少女の目の前に転がった。

 それで終わりだった。




 ――――――――――――――――――――――




 門番の男を速やかに救済し、ベルは村の中へ足を踏み入れた。

 鐘の音は鳴り止まない。

 この村には、救済すべき『解放軍』の兵士がまだまだ残っているということだ。


 たとえば、門を入ったすぐ近くのところにいる、二人の男たち。


「む? なんだ貴様。見ない顔だな。どこの村の――」


 最後まで言葉を発する前に、ベルの大斧が男の首を断ち切っていた。

 冗談のような量の血が噴き出し、男の近くにいた兵士を赤く染め上げる。


「は? え……?」


 兵士も状況が飲み込めないらしく、その動きを止めている。

 動きの鈍い兵士の首を撥ねると、首のない身体が仲良く崩れ落ちた。


「敵襲ー! 敵襲ー!」

「敵襲だ! 修道服の若い女を殺せ!」


 村の中で救済を行ったので、さすがに敵に勘付かれたようだ。

 占拠した村の中で胡座をかいていた兵士たちが、慌ただしく家の中から出てくる。

 現在の村の支配者として、最低限の義務を果たそうという気はあるらしい。

 単純に仲間がやられたから、ワラワラと出てきたのかもしれないが。


「五十、ってところかな?」


 その数に大まかなあたりをつける。

 おそらく大きく外してはいないだろう。

 この程度ならベル一人でもなんとでもなる。


 くるくると大斧を回転させる。

 つい先日貰ったばかりのそれが、妙に手に馴染んでいる。

 まるで長年連れ添った相棒のようだ。


「はぁぁぁぁっ!!」


 兵士は槍を構え、ベルの腹を突き破らんと鋭い突きを放ってきた。

 その頭を、大斧で縦にかち割る。

 骨が砕ける音と、肉が潰れる音が妙に耳に残った。


 一人の頭をかち割っている間に、次の兵士達が迫ってきている。

 彼らの瞳には、色濃い欲望の色が浮かんでいる。

 速やかな救済が必要だ。


「なに⁉︎」


 大斧で槍を払い、虚を突かれた兵士の首を刈り取る。

 同じようにとなりの兵士の首も切ろうと思ったが、頭部を半分切り裂くだけに留まった。

 どちらにせよ、動かなくなることに変わりはないのだが。


「こいつ……!」


 そのあたりでようやく敵も、ベルを相当な手練れと認識したらしい。

 この少女一人に、既に六人も殺されているのだ。当然の反応と言える。


 警戒心を露わにする兵士達に、ベルは大斧を正眼に構え、


「わたしは聖女ベル。ランデア第一王子、アレク様の意思に賛同し、ランデアの地で狼藉を働く『解放軍』を滅ぼさんとする者です」

「――なんだ、あいつまだ死んでなかったのか。しぶといねぇ」


 ベルの名乗りに対し、ベルを警戒する兵士たちの後ろから、長槍を持った一人の男が現れる。

 無精髭とあらぬ方向に曲がった髪を、無造作に伸ばしている男。

 ヘラヘラと笑うその態度こそ軽薄そのものだが、目は笑っていない。


「あなたが、この村に駐在する『解放軍』のリーダーですね?」

「そんな大層なもんじゃねえが。部隊長ってやつだな」


 ベルの問いに対し、男は嘆息して答えた。

 その姿に覇気は感じられないが、瞳には鈍い輝きが宿っている。


「嬢ちゃんが王子の使いっ走りでこんなところまで来てるってことは、王子の一行がこの近くにいるってことだな。嬢ちゃんをぶち殺した後に、周辺を徹底的に捜索し、王子を発見、斬首。首を手土産として王都に持ち込むとしよう」


 男の中の決定事項のように、酷薄に口元を歪めながら手首で自分の首を切るジェスチャーをする。

 ベルとしては、これ以上男の話を聞いている必要はない。

 さっさと片付けることにした。


「なっ⁉︎」


 驚くべきスピードで男に迫り、大斧を振るう。

 その一撃を、男は慌てて槍で払った。


 だが、ベルは既に次の攻撃の動作に入っている。

 息をつく間もないほどの、大斧の連続攻撃。

 大斧と長槍、金属と金属が打ち合う音が何度も響く。


 ベルの斧さばきは鋭く、まるで疲れを感じさせない。

 明らかに、少女の体力のそれではない。

 一方で男の槍は、今のところベルの攻撃に対応できているが、耐えられなくなるのは時間の問題だった。


 近くの兵士が男の助太刀に入ろうとしたが、ついでと言わんばかりに大斧の軌跡が兵士の首を切り裂いていく。

 凄惨な死体を量産する女に対して、兵士たちは有効な打開策を用意することができない。


 実際のところ、兵士たちにはあまりやる気がなかった。

 戦争が終わり、安息の日々を得た彼らが、もう命を賭けて戦う必要などない。

 割に合わないことはするべきではない。目の前の化け物の相手は、他の誰かがやればいい。

 そう思っているのだ。


 そうして、自然と一対一の構図が作り出される。

 その条件の中で、部隊長の男に待つ運命は、一つしかない。


「ぐっ‼」


 疲労で男の槍が滑り、ベルの一撃を受け損ねた。

 大斧の一撃が男の胸を抉り、大量の血しぶきが舞う。

 どう見ても致命傷だった。


「馬鹿な……この俺が……」

「そういうこともありますよ。それじゃあ、おやすみなさい」


 ベルが大斧を振り下ろすと、部隊長の男の頭が半分に割れた。

 胸のあたりまで大斧が突き刺さったそれを、兵士たちに向かって払うように放り投げる。

 見るも無残な状態の死体を目にした彼らは、心の底から震え上がった。


 自分たちに、あの化け物が倒せるのか。

 そんなことを無意識のうちに考えている自分に、兵士の一人は思わず失笑してしまう。

 わかりきっていることではないか。

 化け物とは、人間の力が及ばないから化け物と呼ばれるのだから。


「この村を占拠していた『解放軍』の主犯は、わたしが打ち取りました。これ以上の戦いは無意味です。投降しなさい」


 ベルのその言葉に、一部の兵士たちが即座に降伏の意を示す。

 そうでない者たちは、村の入り口の方へと一目散に逃げだした。

 ベルの尋常でない強さを見て、まともに戦おうという者など一人もいなかったのだ。


「あらら。でも、逃がさないよ。だって――」

「――総員、全力で奴らを取り囲め! 一匹も逃がすな!」


 門の前までたどり着いた兵士たちは、後方に待機していたアレク率いる小隊に取り囲まれる。

 逃げ出すことなど不可能だった。


 なにもかも諦めた表情になった兵士たちの顔を見て、ベルは満足そうに微笑んだ。



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