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Chapter2-6 聖女さま、断罪する 5





 男は、死地となったデムロムの街をさまよっていた。

「なんでだよ……おかしいだろこんなの……」

 昨日まで、デムロムの街は平和そのものだった。

 『解放軍』の一兵卒として参加した男は、このデムロムが無血開城するのをぼんやりと眺めただけ。

 たったそれだけで、住むにも食べるにも何一つ不自由しない場所に転がり込むことができた。

 仕事といえば、来るはずもない敵を待ち構え、門の前で突っ立っているだけ。

 故郷にいたころと比べれば天国のような環境だった。

 朝から晩まで働かされ、やっとの思いで収穫した作物を根こそぎ奪われ、ずっと腹を空かせてきた、あの頃よりは。

「なんで……」

 だが、今のこの状況はなんだ。

 昨日まで何気ない話をしていた者たちが、見るも無残な姿で道端に転がっている。

 どんな恐ろしい最期を遂げたのか、頭だけになった顔が、目を見開いたままだ。

 まるで地獄が体現したかのような惨状を目にして、胃液がこみあげてくるのを抑えきれない。

「うっ……」

「――あ、いましたね。あなたで最後みたいです」

「え?」

 男の前に、『解放軍』の軍服を着た少女が立っていた。

 いつの間に現れたのか、男にはわからなかった。

 それよりも男の目を引いたのは、少女が持つには大きすぎる大斧だ。

 その刃は赤黒く染まり、何かの肉片がこびりついている。

 普通の少女でないことは明白だったが、『解放軍』の軍服を着ている以上、自分の仲間だろうと男は判断する。

「お、お前、『解放軍』の生き残りか? はやいとこ逃げようぜ。ここは危険だ」

 男が少女に声をかけると、少女は可憐な笑みを浮かべた。

「大丈夫ですよ。すぐに救済してあげますから」

 男の反応が間に合ったのは奇跡だった。

 全力で後ろへ転がると、直前まで男がいた場所に大斧が振り下ろされていた。

「ひっ……」

 殺される。

 こんなところで、死にたくない。

 男が思ったのはそんなことだけだった。

 そして、その願いが叶うことはない。

 なぜなら。

「あまりてこずらせないでください。疲れてるんですから」

 少女の大斧が、尻をつく男の顔のすぐ近くにあった。

 死が、すぐ近くにある感覚があった。

「何か言い残すことはありますか?」

 少女の問いに、男は答えることができない。

 自分の人生の終わり、その時に突然現れた死神に、言葉を返すことができない。

「ば、化け物……」

 男がそう言った瞬間、少女の大斧が男の首を断ち切っていた。

 くるくると回りながら、男の頭が地面を転がっていく。

 その顔には恐怖が張り付いていた。

「――化け物。わたしが?」

 鐘の音が鳴り止み、少女以外生きるものが誰一人としていなくなったその場所で、呟きが漏れる。

「いいえ。わたしは聖女。すべての人間を幸せにする、聖女ですよ」

 くるくると大斧を回し、血を飛ばしながら、ベルは呟く。

 その言葉は、誰にも届くことはなく消えていった。



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