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Chapter2-6 聖女さま、断罪する 4






「マジでバカだろお前ら。あんなところで寝る奴があるか!? しかも二人揃って!! もし『解放軍』の生き残りに見つかったら殺されてたかもしれないんだぞ!?」

 アレクとベルに向かってぎゃーぎゃーと騒ぎ立てているのは、気絶から復活したモニカだ。

 レオンに気絶させられた後、目を覚ましたモニカが、ベルとアレクを見つけて、安全なところまで運んでくれたらしい。

 アレクはまったく記憶がないが。

「そんなこと言ってもしょうがないじゃないですか。だいたい、モニカさんだって途中から寝てたんですからおあいこですよ」

「うっ……それはそうだけどさ……」

 そこを指摘されると弱いのか、モニカはバツが悪そうに顔をポリポリと掻いた。

「僕たちはどれくらい寝てたんだ?」

「30分ってとこだ。それほど時間は経っちゃいねぇよ」

 モニカの言葉に、アレクは胸を撫で下ろす。

「『解放軍』はどうなった? 残党はどれくらいいるんだ?」

「ほとんど残ってないっていう連絡は来てるぜ。でもまだ完全には倒しきってないみたいだ」

 モニカの言葉に、ベルが眉を寄せた。

「急いで残りの兵士たちを倒しましょう。一人も逃してはなりません。帝国がデムロム陥落を知るのを、少しでも遅らせる必要があります」

「相変わらず物騒な聖女様だな……。でもあたしもベルの意見に賛成だ。……だが、どうやるんだ? 奴らももう、デムロム陥落は避けられないとわかっているはずだ。もうデムロムから脱出してる兵士もいるかもしれない」

 レオンが死んだことを知る兵士はまだいないだろうが、状況が悪いことは理解しているだろう。

 敗走する兵士たちがいることは想定しておくべきだ。

 そう思ってのモニカの言葉だったが、ベルはただ微笑を浮かべる。

「大丈夫です。わたしに任せてください」

 なんということはない、ただ自分に任せておけばいいという言葉だ。

 それなのに、モニカはブルリと身を震わせていた。

「ベル、お前に任せる。頼んだぞ」

「はい。お任せください」

 アレクの言葉にベルは笑い、大斧を背中に括りつけて飛び出していった。

 ああ見えて、ベルには鋭い嗅覚というか、獲物を逃さない何かしらの能力が備わっている。

 レオンも倒したことだし、一人でベルをどうこうできる存在が今のデムロムにいるとは思えない。

 心配は無用だろう。

「……」

「……」

 部屋には、アレクとモニカの二人が黙ったまま座り込んでいる。

 お互い、お互いのことをよく知らない。

 それでも、アレクにはどうしても言っておくべきことがあった。

「……モニカ、と言ったか。この度は助力に感謝する。君がいなければ、あの『使徒』とかいう化け物を倒すことはできなかっただろう。ありがとう」

 アレクの言葉に、モニカは目を丸くする。

 何をそんなに驚くことがあるのだろうか。

「……お前らに強力したのは、聖女様に頼まれたからだ」

「ベルに?」

「ああ。あんた、言ったらしいじゃねぇか。デムロムだけじゃない。ランデアの地に巣食う『解放軍』共を駆逐するんだろ? 王族の割に大した妄言を吐くじゃねぇか」

「妄言ではない。このランデアの地を、必ず『解放軍』の手から取り戻す。そういう約束を、ベルとしている」

 真面目な顔で言うアレクに、モニカは呆けたような表情を浮かべる。

「なんだその顔は。僕が何かおかしいことを言ったか?」

「い、いや。そうか。本気、なんだな」

「当たり前だ。そうじゃなければ、僕に希望を託して死んでいった者たちに、なんと言えばいいのだ」

 苦笑しながら、アレクは息を吐く。

 もう、後戻りをできる段階はとっくに過ぎた。

 多くの村を『解放軍』の支配から解放し、ランデア東部最大の都市、デムロムもその支配から解放したのだ。

 戻るわけにはいかない。戻ろうとも思わない。

 ランデアを取り戻し、復興することが、今のアレクに残された、たった一つの存在意義なのだから。

「そういえば、モニカ。君に聞きたいことがあったのを忘れていた」

「ん? なんだ?」

「君が、デムロム家の正当な後継者なのか?」

 アレクが尋ねると、モニカは首を小さく横に振る。

「いや、それは違う。アタシはたしかにデムロム家の血が流れてはいるが、破門された人間だ」

「破門……?」

「一度逃げ出したら散々な目に遭ってな。結局破門さ。それからはデムロムの貧民街で適当に暮らしてきた」

「なるほど。色々と込み入った事情がありそうだな」

 アレクは息を吐き、思案する。

 それでも、それ以外に思いつかない。

 アレクは、モニカに向かって深々と頭を下げた。

「な、なんだよ突然」

 狼狽するモニカに構うことなく、アレクは告げる。


「モニカ・デムロム。君の手で、デムロムを復興させてくれ。君にしかできないことだ」


「……っ」

 頭を下げるアレクを見て、モニカの瞳の中に複雑な感情が渦巻く。

 瞳を閉じ、呼吸を整える。

 再びその瞳が開いたとき、そこには強い意志が宿っていた。

「……いや。それはアタシには、できねぇ」

 モニカの言葉に、アレクは目を見開いた。

「なぜだ? 君以上の適任はいないだろう」

「そうか。そう言ってもらえるのは、素直に嬉しいんだけどよ……」

 モニカは少し寂しそうに笑う。

 それは、何かまぶしいものを見るような表情で。


「アタシはさ、一回デムロム家の次期当主としての責任から逃げ出してるんだ。――まだ折れてないアンタとは、違う」


「――――」

 モニカの言葉に、アレクは目を見開いた。

 それは違う。

 アレクも、折れそうになったのだ。

 アレクも、あのときベルが来てくれていなければ、あそこで終わっていたのだ。

 そこに違いがあるとすれば、ただのタイミングの問題だろう。

「モニカ。君には多くの屈強な男たちを従えてきたカリスマと、『第五使徒』レオンを倒した実績がある。君以上の適任はいない」

「だめだ。できないもんはできねぇ。……でも、考えがないわけじゃない」

「え?」

「アンタは、『解放軍』を追放した後のランデアを、どうしたいんだ?」

「それは……」

 考えたことがなかったわけではない。

 だが、それを具体的に言葉にしたことはなかった。

 まだベルにも言っていないことだ。

「……貴族による支配を撤廃し、身分にかかわらず優秀な者を要職につける、完全な実力主義の制度をつくろうと思っている。もっとも、まだ形にはなっていないが」

「なるほどな。それでアタシを頭にしようってのは、どういうことなんだよ」

「決まっているだろう。君はデムロム家最後の生き残り、そして『第五使徒』レオンを倒した実績も持っている。そして君なら間違いなく、今の貴族制度を存続させることに忌避感を示すと、確信していたからだ」

「……あんたはあんたで、けっこうえげつねぇな。その通りさ。アタシはこの際、この国のバカげた制度を変えちまえばいいと思ってる。本気でな」

 モニカはそう言って笑い、アレクをにらみつける。

「それにはアンタも含まれてるんだぜ、アレク王子。王族なんて奴らがのさばっていられるのも今のうちだ。時代は変わる。あんたが勝とうが『解放軍』が勝とうが、それは避けられねえ」

「わかっている。完全に撤廃することは難しいだろうが、少なくとも王の独断で国を動かすような体制はなくすべきだ。二の舞になるからな」

 結局のところ、王に能力が足りなかったせいで、ランデアは崩壊したと言っても過言ではない。

 現にポルダは、立地的な違いはあるものの、今も『解放軍』を寄せ付けてはいない。

「ここまで言っても、君はデムロムの統治者となることを拒むのか?」

「……わかった。お前の口車に乗ってやるよ。アレク・クロード・ランデア」

 ただし、とモニカは付け加える。

「アタシに任せる以上、アタシのやり方に一切口を挟むな。それだけは約束してもらうぜ」

「……わかった。約束する」

 モニカの有無を言わさぬ迫力を前に、アレクは頷くしかなかった。

「――よし。じゃあ、行ってくる」

「行く?」

 アレクが聞くと、モニカはあきれたように口を開く。

「決まってるだろ。――勝ち鬨を上げに、だよ」

 モニカはそう言って笑い、部屋から立ち去っていった。

 しばらくして、遠くのほうから上がる歓声を、アレクは壁にもたれかかりながら、どこか他人事のように聞いていた。


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