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Chapter2-6 聖女さま、断罪する 2





「ありゃ、久しぶりに使ったから加減間違えたかな? まあいいか」

 レオンは自身の『聖典』を下ろし、崩れた瓦礫の山を眺める。

 つい先ほどまで少年と相対していた聖女と呼ばれた少女も、レオンの『神罰』の前に沈んだ。

 まさかあの量の瓦礫に呑まれて生きてはいないだろう。

「聖女だかなんだか知らないけど、やっぱりボクの敵じゃあなかったね」

 自分の中に生まれた感情の波に、レオンは戸惑う。

 それは落胆に近い感情だったからだ。

 ――もう、終わったことだ。

 レオンはそう自分を納得させ、残った仕事に向き合うことにした。

 聖女は死んだが、彼女が残した負債は大きい。

 レオンの中にあった、善なる心を彼女は殺したのだから。

 その代償として、この地に存在するすべての人間の命を捧げてもらう。

 動いている人間は全員殺す。

 そうしないと、気が済まない。

 レオンは自身の手の中にある『聖典』を眺める。

 『使徒』に与えられる『聖典』は、その『使徒』が持つ力を最大限まで引き出すことができる。

 レオンが『聖典』を振るえば、その軌道上に存在するものすべてが『神罰』を受けることになるのだ。

 つまり、こんなことだってできる。

「――『神罰』」

 『聖典』を頭上に掲げ、頭の上でくるりと一周させる。

 レオンの周囲に暴風が吹き荒れる。

 変化はすぐに訪れた。

 広場の周囲の建物、その中腹部分が爆散する。

 重さに耐えられなくなった建物は倒壊し、周囲に爆音が響く。

「な、なんだ!?」

 そんな以上な事態に、住民たちがそのまま屋内に閉じこもっているはずもなく。

 耐えきれず出てきた住民たちを、レオンは『神罰』で次々と屠っていく。

「う、うわあぁぁぁああああああ!!」

 一瞬にして現れた地獄に、蜘蛛の子を散らすように住民たちは逃げていく。

 レオンはその姿に眉一つ動かさず、ひたすらに『神罰』を行使する。

 彼が剣を一振りするだけで、その軌道上にいるすべての人間がバラける。

 汚らわしい体液を撒き散らしながら崩れていく肉塊を、レオンは嫌悪感を隠そうともしない顔で踏みつける。

「汚いなぁ。汚くて仕方ない。ボクの靴が汚れちゃったじゃないか」

 そう言いながらも、レオンは微笑を浮かべていた。

 嫌悪感の中に、隠し切れない愉悦がにじみ出てしまう。

 弱弱しいものを踏みつける悦楽は、何物にも代えがたい。

 欠片ほどの善性すら失った今のレオンに、その行動を止める理由はなかった。

「虫ケラ共を殺し尽くして、デムロムを瓦礫の山に変えてやる。僕を殺した罪は、文字通り万死に値するからね。お前たちグズ共全員の命で贖ってもらうことにするよ」

 狂ったように力を行使するレオンは、もはや目の前の殺した人間を見てすらいない。

 彼の意識は、完全に彼一人で完結していた。

 だから、気づかなかったのだ。

「――ッ!!」

「取った……!」

 瓦礫と化した建物の陰から、首を狙う銀閃がレオンを襲う。

 それを紙一重のところで躱し、レオンは襲撃者から距離を取ろうとする。

 だが。

「させるかよぉ!!」

「ッ!!」

 人間とは思えない身のこなしで、少女はレオンが距離を取ろうとするのを許さない。

 ぴったりと張り付き、レオンの首を執拗に狙ってくる。

 まずい、とレオンは思う。

 レオンの『神罰』は遠距離では強力な威力を発揮するが、僅かにタイムラグがあるため、接近戦ではその脅威度は半減する。

 彼自身の剣術も、お世辞にも熟練とはほど遠い。

 このままでは、あと数撃で少女の剣はレオンに届くだろう。

 捧げる自分がなくなった今、『運命歪曲』はもう使えない。

 いかに『使徒』とはいえ、そう何度も死から蘇ることは不可能だ。

「くっ!」

 繰り出される長剣を『聖典』でいなしながら、レオンは『神罰』を自分と少女の間のわずかな隙間に発生させる。

 瞬間、爆風が巻き起こり、レオンと少女の身体を反対方向に吹き飛ばした。

「っ! ちっ! そんな手もあるのかよ、化け物め」

 悪態をつきながらも、少女は少し距離ができてしまった少年の隙をうかがう

 そんな少女の姿を改めて見て、レオンは彼女の正体に思い至った。

「ああ。誰かと思ったら、エセ聖女のモニカじゃないか。パパが死んじゃって寂しくて泣いてたんじゃなかったのかい?」

「誰が泣くか。あんな奴はどうでもいい。どうでもいいが……お前、いったい何人殺した?」

 少女の殺気が膨れ上がる。

 抑えきれない怒りが、憎しみが、レオンの身体に向けられている。

「何の罪もないデムロムの住民を、いったい何人殺したんだって聞いてんだよ!!」

「知らないよそんなの。いちいち数えてたら日が暮れちゃうだろ?」

 激昂するモニカに対し、レオンは嘆息する。

 同じようなことは、何度も言われたことがある。

 そんなものを覚えているはずがないというのに、どうしていちいち聞いてくるのか。

 レオンには欠片も理解できない。

 理解する必要もない。

 レオンと彼らは違う生き物なのだから。

 理解し合う必要などないのだ。

「でも、そうだね。ここで一人増えるのは間違いないんじゃないかな!」

「ッ!!」

 レオンはそう言って、『聖典』をモニカへと向ける。

 モニカは剣の軌道上から逃れるように飛び退いた。

 一秒ほど遅れて、強風が吹き荒れ、モニカが立っていた道が轟音を立てて爆発する。

「ぐうっ!?」

 爆風に吹き飛ばされ、モニカが地面に倒れ伏した。

「あはは! 早い早い! でもこれならどうかなぁ?」

 レオンが『聖典』を横に薙いだ。

 モニカの顔が引きつったものに変わる。

 風が吹く気配がある。

 モニカの死が、すぐそこまで迫っているのを感じた。

 今レオンが振った『聖典』の軌道は、道幅の範囲をゆうに超えている。

 レオンとの距離的に、どう考えても避けることは不可能だ。

「死ね。モニカ」

 少女の恐怖に歪んだ表情を、しっかりと目に焼き付ける。

 『神罰』で殺す以上、その甘美な感情を味わう余裕はあまりない。

 すぐにバラバラになってしまうからだ。

 最期の命の輝きを、余すところなく楽しまなくては。

 だが。

「お嬢ぉぉぉぉっ!!」

 瓦礫の陰に姿を隠していたらしいガタイのいい男が、モニカを背中を掴み、思いきり上へと投げた。

 その無粋な行動のせいで、モニカの身体が『神罰』の適用範囲から外れた。

 刹那、暴風が吹き荒れ、周囲の地面とモニカを投げた男の身体が細切れになる。

 断末魔の悲鳴すら上げることなく、男だったものは道にばら撒かれた。

 少し遅れて、モニカの身体が地上に落ちてくる。

 彼女の能力にはふさわしくない無様な着地だったが、目の前で繰り広げられた光景を考えれば無理もないことだろう。

「……嘘だろ、ニック……」

 それが男の名前だったのだろうか。

 モニカは茫然とした表情で、既に原型をとどめていない肉塊を眺めている。

「お仲間さんかな? その様子だとそれなりに親しかったようだね。大丈夫、すぐに君も彼と同じところに送ってあげるから」

 レオンは薄ら笑いを浮かべながら、再び『神罰』を使用しようする。

「うぉぁぁぁああああ!!」

「やれやれ。来客が多いな」

 背後に気配を感じ、『神罰』を後方に展開した。

 チラリと見ると、兵士が二人こちらに向かってきている。

 見覚えのある軍服だが、『聖女』が率いる反乱軍の人間だとレオンは判断した。

 レオンの背中を取ろうとした兵士たちは、その恐ろしい罠に気づかないまま、『神罰』の適用範囲に入ってしまう。

 次の瞬間、兵士たちの身体がバラバラになった。

「無駄ってことがどうしてわからないのかな。ボクを殺せる人間なんて存在しない。君たちの命日は今日この日なんだよ」

 言いながら、倒れ伏すモニカに近づいていく。

「……るな」

「ん?」

 モニカの呟きが聞き取れず、レオンは聞き返す。

「……ふざけるな」

 ものすごい形相で、モニカがレオンを睨みつけている。

「みんな、必死で毎日を生きてるんだ! クソどもに搾取されて、街が占領されて、得体の知れない奴らがのさばってても、耐え忍んで、ずっと生きてきたんだ! いつか必ず、自分たちの街を取り戻す日が来るって、そう信じて!」

 叫びながら、モニカの頬を流れ落ちるものがあった。

「お前に、お前なんかに! アタシたちの最後の祈りを壊させてたまるかッ!!」

「弱くて頭が悪いから搾り取られてるだけじゃないか。それがわかっていないようじゃ、君も器が知れるってもんだね」

「黙れっ!!」

 モニカは跳び起き、レオンの懐に飛び込もうとする。

 驚異的なスピードで、少年との距離を一気に詰める。

 だが、

「おっと。こわいこわい」

 『神罰』を展開し、モニカの突進に備える。

「っ!」

 風の気配を感じたのか、モニカは急に進路を変え、『神罰』を避けた。

「無駄なんだよ。君たちはボクに近づけない。近づけなければボクに傷一つつけることはできない。何度やっても同じだ」

 結局、終わりは見えている。

 レオンに見えるのは、モニカがバラバラの肉塊になって、地面のシミになる未来だ。

 それしかありえない。

「――それはどうでしょうか」

 だから、もしそれが覆る可能性があるとするのならば。

「――ッ!?」

 聞こえるはずのない声が聞こえた。

 それと同時に、レオンの左肩に、強い衝撃が走った。

「外しましたか。腕が鈍ってますね……」

 レオンが自身の左肩を見ると、矢が刺さっていた。

 それを認識した瞬間、遅れて激痛が走った。

「――っ!! ぐうっ!!」

 久方ぶりの痛みに、レオンの意識が一瞬途絶える。

 だが、それもすぐに終わった。

「……ふ。ふふふふふふ。まさかこのボクに手傷を負わせるとはね。いったいどこの誰の仕業だい?」

 レオンは笑っているが、目はまったく笑っていない。

 自分に傷をつけた相手を、確実に『神罰』で葬る。

 そんな彼の思考は、しかし。

「もう一度聞きたいというのなら、いいでしょう」

 レオンは声のしたほうを見上げる。

 瓦礫と化した住宅の屋根。


「――わたしは聖女ベル。ランデア第一王子、アレク様の意志に賛同し、ランデアの地で狼藉を働く『解放軍』を滅ぼさんとする者です」


 その上に、瓦礫に沈んだはずの『聖女』の姿があった。


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