Chapter2-6 聖女さま、断罪する
倒すべき敵を見据え、ベルは走る。
――『第五使徒』レオン。
その首を、今度こそ刈り取るために。
だが、レオンまでの距離はあまりにも遠い。
「へえ、向かってくるんだ? うん、そうこなくちゃね」
レオンはものすごい勢いで向かってくるベルに向かって、手を伸ばす。
「ッ!?」
突風が吹き、ベルは咄嗟に大きく飛んだ。
次の瞬間、ベルが直前までいた場所が破砕する。
地面が抉れ、レンガの破片がベルの身体に襲いかかった。
「……っ」
粗方避けることはできたが、いくつか身体に受けてしまった。
少し頬が切れたのか、血が垂れ落ちる感触がある。
「あはははははは!! いいザマだなぁ聖女!! それだよ、その顔が見たかったんだ!!」
憎しみを込めた瞳でベルを見つめながら、レオンは声を上げる。
「優しい僕が死んでしまった今、残っているのはあんまり優しくないボクだけだ。ボクの大切な一部を虫ケラのように奪っていったお前を、ボクは絶対に許さない」
呪詛の言葉を吐き、レオンはベルを睨みつける。
ベルには彼の言っていることの意味はわからなかったが、怒りと憎しみは伝わってくる。
「お前は楽には殺さない。手足を切り落として、餓死するまで広場に飾ろう。この世に生まれてきたことを後悔させてやる」
レオンの目はすでに正気ではない。
彼の中に渦巻く圧倒的な力が、ベルに襲い掛からんとしているのを感じる。
――どうすればいい。
近づこうとすれば、レオンの不可思議な力によって進路を絶たれ、退避するしかなくなる。
かといって近づかなければ、ベルに勝ち目はない。
今のベルに遠距離攻撃の手段はないに等しい。
武器を投げつけることはできるが、今は外したときのリスクが大きすぎる。
レオンの息の根を止めるには、さっきやったのと同じように直接叩くしかない。
――アレク様は、無事に逃げられただろうか。
ふと、そんなことが脳裏を過ぎる。
周囲を見回しても、アレクどころか、人間の姿はどこにもない。
混乱に乗じて、うまく市街地のほうに逃げ込めたようだ。
これで、ベルも一旦引く選択肢が取れるようになった。
「みんないなくなっちゃったね。でも大丈夫。みんな最後にはどうせ同じところに逝くんだから」
子馬鹿にするようにレオンは言う。
それは彼にとっての決定事項のようだった。
ベルを殺したとしても、街中の人間を殺し尽くさなければ気が収まらないということだろう。
……ここでは、分が悪い。
遮蔽物も何もない空間では、レオンに近づくことは難しい。
敵がこちらの姿を見失った時こそ、好機。
「あれ? 逃げるんだ? まあいいけど」
ベルが何も言わずに退却すると、レオンは嘆息した。
「それで逃げ切れると思ってるのが面白くて仕方ないよ。――『聖典解放』」
レオンが呟くと、何もない空間に、光の輪のようなものが現れる。
少年が光の輪に手を突っ込み、輪の中から何かを取り出した。
それは、十字架を逆向きの形にしたような剣だった。
罪人を縛りつけ、信じる者に救いを与えるはずのそれはしかし、そんな優しいものであるはずがない。
「――『神罰』」
レオンが呟き、それを振った瞬間、ベルは本能的にその剣の軌道上から離れた。
「――ッ!!」
だが、それだけでは足りなかった。
次の瞬間、ベルの目の前に迫っていた建物が爆散し、ベルの身体に襲い掛かった。
聖女と呼ばれた少女は、瓦礫に呑まれ、やがてその姿が見えなくなった。




