表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/44

Chapter2-5 聖女さま、舞い降りる 4

昨日は疲れ果てて投稿を完全に失念していました!

サークルスペースまで来てくださった方、ありがとうございました!




 少女――モニカの声を、アレクは不思議な心地で聞いていた。

 アレクは、彼女が叫ぶ名の意味を知っている。

 レオンは訝しげな表情を浮かべるが、その言葉の真意まではわからない。

 彼女が、誰に、どういう目的でその言葉を発したのか、読み取ることができない。


「ええ。それじゃあいきますね」


 その声は、妙に遠くから聞こえた気がした。

 それなのに、不思議と耳に入ってくる。

 アレクは、一日ぶりに聞く声に、不思議な安堵感を感じていた。

「なにを、言って――」

 レオンの声が、不自然なところで途切れる。

 これまでの人生で聴いたことのないおぞましい音が周囲に響いた。

 まるで、肉の塊が、大きなものに押しつぶされたような、謎の音の正体は。

「見ろ! 聖女が舞い降りた! 我らの勝利だ!!」

 モニカがなにやら叫んでいるが、広場は静まり返っている。

 誰も言葉を発しない。

 しかし、そんな雰囲気を物ともしない者もいた。


「やった! うまくいきましたね!」


 大量の返り血を浴びたベルが、笑顔でアレクに話しかける。

 彼女が両手で斧を下ろす下には、真っ二つになったレオンの死体が転がっていた。

 正確には真っ二つというよりも、歪に二つにねじ切られたと言ったほうが正しいか。

 どう見ても即死だった。

 アレクはそれを見て、すべて終わったのだと、そう悟った。

「ふっ!」

 突然の凶行に、硬直したまま動かない護衛の男たちの首を、ベルは大斧で刈り取る。

 頭部が宙を舞い、やがて鈍い音を立てて地面に転がった。

 そんな光景を、いまだに状況を呑み込めない群衆たちを尻目に、ベルはのんびりとした声を上げる。

「いやー。一時はどうなることかと思いましたが、まさかこんなにうまくいくとは」

「……まあそうだが。いくらなんでも無茶苦茶だ。まさか時計塔の上から飛び降りてくるとは思わなかったぞ」

 えへへーと照れ笑いするベルに、アレクは冷静な突っ込みを入れる。

 あろうことか、ベルは処刑が始まる前に時計塔によじ登り、その頂上からレオンの頭上に斧を叩きつけたのだ。

「森でもあれくらいの高さから叩き落されることはありましたし。全然なんてことないですよ」

「お前がなんてことなくても、ほかの人間はそうじゃないからな。間違っても真似させるなよ……」

 アレクはそう言うが、ベルはあまりわかっていない様子だった。

 普通の人間なら、どう考えても大怪我は避けられない、下手をすれば即死するような高さのはずだが、この聖女には何の問題もなかったらしい。

「……ベル。君は……」

「ん? どうかしましたか、アレク様?」

「……いや。なんでもない」

 やはり、ベルもまた、普通の人間ではないのだろう。

 でも、彼女が何者であろうと、アレクにとってはどうでもいいことだった。

 彼女は同じ目的を持ち、協力し合うことができる同志なのだから。

「と、こんなことしてる場合じゃないですね。ちょっと待っててください、すぐに解放してあげますから」

 ベルはそう言って、アレクの手足の拘束を解く。

 折られた右手の指は痛むが、それ以外は問題ない。

 むしろ、あの少年に拉致されたにもかかわらず、指を二本折られただけで済んだのだから、十分に幸運だと言えるだろう。

「感動の再会はもう済んだか? 余裕があるのはいいことだけどさ、レオンをやってもまだまだ『解放軍』の連中は残ってんだ。気を抜くのは早いぜ」

「それもそうですね。じゃあ、さっさと片付けちゃいましょう」

 あきれ顔の少女――モニカがそう言うと、ベルも彼女の言葉に賛同する。

 アレクが「どちら様ですか?」と声をかける暇すらない。

 いったいベルどのように知り合ったのだろうか。

 話を聞く限りではデムロム家の娘のようだが、この品のない喋り方はとても貴族の令嬢とは思えない。

 家出したとかいう話だったので、デムロム家を離れてからずいぶん経つのかもしれない。

「お、おい!」

「ん?」

 いまだに十字架に括りつけられたままのリッツバーグが、モニカに声をかける。 

 その顔は真っ赤で、まともな精神状態ではないことは明白だ。

「た、頼む。ワタシも逃がしてくれ! 謝礼はいくらでも払ってやる!」

「けっ。笑わせんな。誰が助けるかよ。お前はここで死ね」

 恐ろしい笑顔を浮かべ、モニカが親指を下ろす。

 死んでも助けないという強い意志を感じた。

「ベル。リッツバーグ殿を……」

「……んー。ごめんなさい、アレク様。こればかりは、わたしたちが口出しするべきことではありません」

 アレクの言葉に、ベルは瞳を閉じ、ゆるゆると首を振る。

 そんなベルの姿を初めて見たアレクは戸惑った。

 だが、そんなものなのかもしれない。

 モニカとりっつバーグの間にどんな確執があるのかはわからないが、他人の家の事情に口をはさむべきではないということだ。

「に、逃がすな! 賊はたったの二人だ! レオン様の仇を打つのだ!」

 近くにいた『解放軍』の兵士たちが集まってくる。

 騒ぎを聞きつけたようだ。

「アレク様。わたしから離れないでくださいね」

「あ、ああ」

 大斧を構え、ベルは名乗りを上げる。

「――わたしは聖女ベル! ランデア第一王子、アレク様の意志に賛同し、ランデアの地で狼藉を働く『解放軍』を滅ぼさんとする者!」

 その言葉に、『解放軍』の兵士たちは顔を青くする。

 ただの小娘が言えば馬鹿にされるような言葉も、自分たちの総大将を一瞬でひき肉に変えた者が言えば、現実味を帯びてくる。

「いくぜお前ら! 今こそデムロムを『解放軍』から取り戻す時だッ!!」

「おおおおおおおおっ!!!!」

 モニカの声に応えるように、群衆に紛れていた男たちが『解放軍』の兵士たちへと突撃を始める。

「なっ!? ぐぁっ!!」

 完全に不意を突かれる形になった兵士たちは、混乱の真っただ中にいた。

 どうやら、モニカの私兵を忍ばせていたらしい。

 『解放軍』の兵士たちは完全に混乱していた。

「エコールにも、皆と一緒にこの時間に突入するように指示を出しています。街の内側と外側から挟撃すれば、指揮官を失った『解放軍』は総崩れになるはずです」

「なるほど。さすがだな、ベル」

 アレクがそう言うと、ベルはにっこりと微笑んだ。

 そこまで言って、アレクは自分の存在意義を見失いかける。

 自分がやったことと言えば、のこのこと敵に捕まって、ベルたちをこの場所へと誘いだしただけだ。

 そのあたりの反省会は後ですることを決めて、一旦思考を放棄した。

「よし。ベル、クソ王子、ここを突破するぞ」

「はい。参りましょう、アレク様」

「……ああ」

 失礼極まりない女の声を無視し、ベルの声に答えながら、アレクは兵士の死体から剣を拝借する。

 自分のようなひ弱な男が戦えるとは思えないが、何も持っていないよりはマシだろう。

「オラッ! 少しは楽しませてくれよ――っ!」

「舐めるなよ女ぁ! ……っぐ!!」

 モニカの挑発に反応した兵士は、次の瞬間には首を切られていた。

 男の首から血が噴き出し、その身体がぐらりと揺らめいたかと思うと、地面に倒れ伏した。

 息をつく暇もなく、モニカは次々と敵兵を長剣で切りつける。

 その剣裁きは、ベルに勝るとも劣らないものだ。

「驚いたな……」

 純粋な力量で言えばさすがにベルと比べると劣るだろうが、このモニカという少女も相当な手練れと見て間違いない。

「はぁぁぁああっ!!」

 一方、自称聖女は雄たけびを上げながら、大斧で次々と敵兵を屠っていく。

 敵兵の剣が届くギリギリのところで避け、自分の放つ一撃は決して獲物を逃すことはない。

 そしてその軌跡の先に、次の獲物を捕らえ続けている。

 アレクは状況も忘れて見惚れていた。

 返り血を一滴も浴びず、ひたすらに敵を屠り続ける。

 圧倒的な武勇を以って、このランデアを救うことになるであろう、その少女の姿に。

「……ん?」

 だから、その違和感に最初に気づくことができたのも、アレクだった。

「なあ、ベル」

「どうかしましたか、アレク様?」

 平然とした顔で首を切り落としながら、ベルはアレクに応える。

「お前、いつの間に返り血を拭き取ったんだ?」

「何を言ってるんですかアレク様。そんなものを拭き取る暇なんて――」

 そこまで言って、ベルも自身の違和感に気づいたのだろう。

「――え?」

 レオンを殺したときに全身についていたはずの返り血が、今は一滴もついていないことに。

 それは、アレクが見た、初めてベルが驚きの表情を浮かべた顔だったのかもしれない。

 ――嫌な予感がする。

 それは、アレクが本能的に感じた恐怖だった。

 あり得ないことが、あってはならないことが起こるような、そんな気がしてならない。

 ……どうしても、確認しなければならない。

 アレクは、レオンの死体が転がっているほうを見た。

 時計塔の真下。


 物言わぬ亡骸となっているレオンの身体が、少しずつ元に戻っていっているように見えた。


「は?」

 あり得ない光景を見せられ、アレクの思考が止まる。

 見間違いではない。

 こうしている間にも、血だまりはその大きさを小さくし、レオンの身体は胸のあたりまで再生している。

 アレクは直感する。

 アレを放っておけば、間違いなく――。

「ベル! あれを止めないと――」

「――ダメです。間に合いません」

 いつになく神妙な顔をしたベルが、アレクの手を引く。

 ベルのそんな表情を見たのは初めてだった。

 そして、レオンの身体が口元まで再生し、




「――『運命歪曲』」




 その言葉を発した瞬間、『第五使徒』レオンの身体は、まるで何事もなかったかのように元に戻っていた。

「……はぁ」

 倒れた身体を億劫そうに起こし、ふらふらとおぼつかない足取りで立ち上がる。

 背中は異様に丸くなり、その表情を伺い知ることはできない。

 だが、奇跡の復活を遂げた少年は、ポツリと呟いた。

 少年の意志を体現する、その一言を。




「――皆殺しだ」




「――――ッ!!」

 ぞわりと。

 全身の毛が逆立つ。

 死の危険を感じる。

 ここにいてはいけないと、本能が強く警鐘を鳴らしている。

「逃げますよ! アレク様!! モニカさんも!!」

「ベル……?」

「話は後だ! ありゃたしかにやばそうだ」

 ベルはアレクの手を掴み、広場から離れるようにものすごい勢いで走り始める。

 モニカも何とかついていくことができていた。

 彼女の本気の全力疾走に、アレクも半分宙に浮かされながらなんとかついていく。

 あのベルが、レオンから遠ざかろうとしていた。

「…………」

 アレクも、ベルのあんな表情は見たことがなかった。

 まるで彼女が、本気で命の危険を感じているかのような――。

 そして、その瞬間は訪れる。




 次の瞬間、広場がバラけた。




 嵐のような突風が、広場を吹き抜けた。

 あまりにも強烈な風に、アレクは思わず目を瞑る。

 そして、目を開けると。

「――な」

 そのあとに残っていたのは、地獄だった。

 人体だったものがいたるところに散乱し、血と臓腑で広場のレンガは赤黒い色に染め上げられている。

 まともな状態を保っている死体など一つもない。

 『解放軍』も、モニカの仲間たちも、デムロムの市民も、関係ない。

 その多くが、物言わぬ肉塊と化していた。

 一切なんの差別もなく、平等に死が振り撒かれたのだ。

「――なんだ、これは」

 思わず、そんな言葉が漏れていた。

 さっきまで、皆普通に生きていたのに。

 無意識のうちに、身体が震えていた。

 アレクはこんなことができてしまう化け物と、何も知らずにのんきに話していたのだ。

「いやー、驚いたよ。まさか頭の上からくるなんて、予想だにしてなかった。そんなところには何も『張って』いなかったからね」

 白い少年――『第五使徒』レオンは、まるで何事もなかったかのように話を続ける。

 その表情はどこか作り物じみていた。

 それは、そう。

 荒れ狂う激情を、無理やり押さえつけているような。

「おめでとう。君は間違いなく、『使徒』を倒したんだ」

 ぱちぱちと、惜しみない称賛を贈るように、レオンは拍手をする。

 だが、その瞳の色は、称賛とはかけ離れた感情で塗りつぶされていた。

 憎悪という名の感情で。

「アレク様、逃げてください」

「ベル……?」

 ベルはアレクに、それだけ言った。

 彼女は真剣な表情で、目の前の敵を見つめている。

 こんな彼女の姿を、アレクは見たことがない。

「まだ生きている人たちがいます。アレク様も彼らと一緒に、安全なところへ」

「ベル、君は――」

 どうするんだと聞こうとして、その瞳を見てしまった。

 彼女は、ひどく強い決意を秘めた目をしていた。

「大丈夫です。ちょっとだけ、行ってきますね」

「ベル!!」

 アレクにそれだけ言って、ベルは駆け出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ