Chapter2-5 聖女さま、舞い降りる 2
「――ほら、起きろ。いつまで寝てんだ」
「っ!」
顔面を蹴り飛ばされ、アレクは目を覚ました。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
顔面を強打した痛みと、折られた指の痛みが再び襲ってくる。
左手で顔を触ると、ぬるりとした感触があった。
どうやら鼻血を出してしまったようだ。
「ちょっと蹴ったぐらいで大げさなんだよ。まあいい。今から出発する」
レオンはそう言うと、自分の護衛たちにアレクたちを牢屋から出すように指示を出した。
手足は自由にされているが、リッツバーグからレオンの力について聞いた後だと、とても隙を突いて逃げ出そうとは思えない。
次の瞬間、アレクの身体はバラバラになってしまうかもしれないのだから。
痛む身体を引きずり、レオンの後を追う。
その一歩一歩が、断頭台へ近づくものであることを、アレク自身もわかっている。
アレク自身が提案したこととはいえ、恐怖がまったくないと言えば嘘になる。
もしベルがアレクを見捨てれば、アレクの命は今日で終わる。
でも、そんなことにはならないという確信もあった。
ベルは来てくれる。必ず。
心の底では信じているからこそ、このような大胆な提案をすることができたのだから。
「ああ、そうだ。リッツバーグさんにも来てもらおう。自分の国の王族と一緒に死ねるんだ。これ以上の幸せはないよね」
「……え?」
寝たふりをしていたリッツバーグが、思わずといった様子で声を漏らした。
「聞こえなかったのか? 早く起きろ」
レオンがアレクと同じように男を蹴り上げようとすると、リッツバーグは声を荒げる。
「ま、待ってくれ! なぜだ!? なぜワタシまで!?」
「え? 飽きたからだよ。まったく、これまでいったい何人、自分の代わりに生贄に捧げてきたと思ってるんだ?」
「……え?」
その言葉を聞いて、今度はアレクが絶句する番だった。
「それは、どういう……」
「ん? ああ、こいつはな、ボクが処刑しようとするたびに、生き残っていた自分の家族を差し出したのさ。『どうか自分は見逃してください』って、地面に頭をこすりつけながらね」
その様子を思い出したのか、レオンはけらけらと笑う。
「でも、もう飽きたからいいよ。今日殺すことにしたから。どうせお前のことを想ってくれる人ももういないんだし、言い残すことも特にないだろう?」
「そ、そんな……。お、お願いです! 殺さないで! 殺さないでください! いやだ、死にたくない! 死にたくないっ!! あんな死に方だけは――ッ!!」
涙を流しながら、リッツバーグはレオンの足元にすがりつく。
レオンはそれを、とても面白いものを見る目で見ていた。
その視線に、アレクは思わずゾッとする。
とてもまともな人間がする視線とは思えなかったからだ。
「なにか勘違いしてるみたいだから言っとくけどさ。これはもう決まったことなんだ。今の君にできるのは、残り少ない余生をどう過ごすのか考えることだけだよ」
レオンがそう言い放つと、リッツバーグは嗚咽を漏らしながら泣き崩れた。
そんな彼を、レオンの護衛たちが無理やり立たせて連れていく。
そして、アレクのほうを見た。
「お前は泣いて許しを請わないんだね。えらいえらい。やっぱり、そこの誇りも何もかも捨てたオッサンとは違うね」
「……今お前に許しを請えば、ゲームにならないだろう?」
アレクの返事を聞いたレオンは、きょとんとした顔をして、
「あはっ」
陰惨に笑った。
「そう。そうだよね。これからが面白いところなんだから」
「そうさ。さあ、早く連れて行ってくれ」
アレクがそう言うと、レオンは笑顔のまま護衛たちに告げる。
「もちろんさ。お前たち、アレク王子を丁重にもてなすように。決して手荒な真似はするな」
「かしこまりました」
護衛たちに連れられて、アレクは処刑場へと向かった。
明日はいよいよコミケですね!
私が執筆担当のサークル星合も、2日目、8/12(日)に参加予定です。
既刊、新刊含め東地区“ハ”ブロック32aにてお待ちしております!




