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Chapter2-4 囚われのモニカ 8






 血のような夕焼けが、デムロムの街を照らしている。

 ケイトの影が、幽鬼のように伸びていた。

「すっかり遅くなっちまったな……」

 両腕にパンを抱えながら、ケイトは呟く。

 いつも買いに行っているパン屋が売り切れで、少し遠いところにあるパン屋まで足を延ばしていたのだ。

 おかげで目的のものは手に入ったが、帰りが遅くなってしまった。

 ……はやく帰って、モニカに会いたい。

 この燃えるような夕焼けの色が、ケイトを不安にさせるのか。

 あるいは、それは虫の知らせのようなものだったのかもしれない。


「――ケイトくん、ですね?」


「……ん?」

 背後から声をかけられ、ケイトは振り向く。

 黒い長髪の男が立っていた。

 この街の人間にしては珍しく、丸い眼鏡をかけている。

 全身が真っ黒で、正直気味が悪い。

 その両隣には、白っぽい隊服に身を包んだ兵士が控えている。

 夕焼けに照らされて、橙色に近い色に見えるが、おそらく白だろう。

「たしかにオイラはケイトだけど、あんたらは?」

 ケイトが問うと、男は微笑を浮かべた。

「申し遅れました。わたくし、デムロム家にお仕えしております、べリガルと申します」

「デムロム家の……?」

「ええ。今日はあなたにお聞きしたいことがあって、探していたんですよ」

 ケイトは男の動きを観察する。

 物腰は柔らかいが、鋭利な刃物のような気配がにじみ出ている。

 ――ただ者ではない。

 そう直感する。

 デムロム家の者が、ケイトの前に現れた。

 ということは、やはり。

「目撃情報がありましてねぇ。あなたとモニカ様に似た方が、一緒に歩いておられるのを見たと。心当たりはありませんか?」

「……モニカ? 誰だそれ。知らねぇけど」

「なるほど。そうですか」

「ッ!!」

 男は言い終わるのと同時に、ケイトに肉薄する。

 ケイトは、あまりの早業にまったく対応することができない。

 それはまるで、モニカの本気の動きを見ているようだった。

「嘘はよくないです――ねぇッ!!」

 男はケイトの腹を、思いきり蹴りとばした。

「ぐう――ッ!!」

 受け身をとることすらできずに、ケイトは地面を転がる。

 ケイトの腕から、大量のパンが道に投げ出された。

「がぁ……っ!」

 肋骨が折れた感触があった。

 内臓もイカれているかもしれない。

 瞬時に判断できたのはそこまでだった。

「――がッ!」

 べリガルは、地面で震えるケイトの胸倉を掴んで、そのまま持ち上げる。

「――古物商さん。知っていますよねぇ」

「……こ、古物商…? あいつが、なんだってんだよ……っ」

「ええ。彼が教えてくれたんですよ。デムロム家のものを質に入れに来た、二人の子どものことを」

「……ッ!!」

 彼は気づかなかったのだ。

 デムロム家の資産をデムロムの街で売れば、足がついてしまうということに。

「貧民街のガキでは、そこまで頭が回らなかったのでしょうね。かわいそうに。頭が悪いというのは、とても悲しいことだと思いませんか?」

 男はおどけた様子で、笑いながらケイトを眺めている。

「……ッ!!」

 ……悔しい。

 ただ悔しい。

 こんな奴に、いいようにされている自分が。

 自分の無力さが。

「おまけに力も弱い。頭も力も弱くてどうしようもないガキが、どうしてわたくしたちの大事な大事なモニカ様を誑かすことができたのか、わたくしは非常に興味があるんですよ」

「がは……っ」

 ケイトを何度も地面に叩きつけ、男はささやく。

「慌てなくてもいいんですよ。時間はたっぷりとあります。一緒にお屋敷に行きましょう」

「……っ!」

 力が入らない。

 逃げ出すことのできる力はとうに失っていた。

 ケイトはそのまま、意識を手放した。




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