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Chapter2-2 聖女さま、潜入する 2



「アタシの名前はモニカ。モニカ・デムロムだ」


 路地を歩きながら、茶髪の少女――モニカはそう名乗った。

 その名を聞いて、ベルもその正体に思い至る。


「デムロム……ということは、あなたは」

「ああ。この街の領主、デムロム家の長女さ。もっとも、バカ親父たちは館の地下に幽閉されてる。外にいるのはアタシだけだけどね」


 人気のない路地の一軒家。

 そこがモニカたちのアジトなのだという。


「元々は、ガキだったころに隠れ家として、アタシが買い取ったものなんだ。まさかこんな形で役に立つとは思わなかったが……」


 鍵を開け、中に入る。

 ベルには一般的な家のサイズ感はわからないが、今まで立ち寄ってきた村にあったものより、ずいぶんと大きい。

 テーブルや棚には埃が積もっており、もう何年も家主が戻っていないかのような様相を呈している。

 もちろん、ベルたち以外に人の気配はない。


「誰もいないみたいだろ? でも、ここをこうすると……よっと」


 モニカが床の一部を掴むと、その一部分が持ち上がった。

 ベルが外から見ても、まったくわからなかった。


 床の下には、石の階段が地下へと続いている。

 明かりはないが、下のほうを見ると、ほのかに明るくなっている。


「さ、閉めないといけないから先に降りてくれ」

「はい」


 ベルの後に続いて、モニカも下に降りていく。

 するすると降りていくと、人の話し声が聞こえてきた。

 アジトがあるというのは間違いないようだ。


「ただいま! 帰ったぞ!」


 先に降りたモニカが、仲間たちに挨拶をしている。

 ベルもそのあとに続いた。


「お帰りなさい、お嬢! ……ん? そちらの方は――か、『解放軍』!?」


 モニカの仲間らしき男が、ベルの格好を見てそう叫ぶ。

 たしかに、服装だけ見れば『解放軍』の兵士に見えてもおかしくはない。


「そんなビビんなよ。『解放軍』じゃねぇ。協力者を連れてきたんだ」

「初めまして。聖女ベルと申します」


 ベルはぺこりと頭を下げる。

 つい先ほど、男の首を落としたとは思えない淑女ぶりだ。


「はぁ。聖女様……? 聖女様が、なんでこんなところに?」

「詳しい話は飯を食いながらにしてもいいか? 腹減っちまったよ」

「へ、へい! ただいま!」


 男は慌てた様子で、奥へと潜っていった。


「彼らとはどういう関係なんですか?」

「舎弟だよ。それより腹減っただろ。話は飯を食いながらにしようぜ」


 モニカはソファに寝転がり、伸びをしながらそう提案する。

 ベルとしても異論はない。

 モニカの隣が空いていたので、ベルも同じように寝転がった。


「アンタ、当たり前のようにソファに寝転がったな。まあいいんだけど……」


 アレクの安否は心配だが、彼のことだ。なんとか生き延びているだろう。

 おそらくは領主の館か、もしくは彼らが囚人を収容する施設にいるはずだ。


 しばらくすると、モニカとベルの前に、料理が運ばれてきた。

 パンと野菜のスープだ。

 それ以外には何もない。

 どうやらここの食糧事情は、お世辞にもいいとは言えないようだった。


「今のデムロムはどこに行ってもこんなもんさ。まともな飯が出てくるだけ感謝してくれよな」

「不満などありません。今までで一番しょぽいとか全然思ってないですから大丈夫ですよ」

「思ったこと全部そっくりそのまま口から出てるからな!? 表出るか!?」


 「遠慮しときます」というベルの言葉を聞き流しながら、モニカは本題へと入る。


「はぁ……。まずは最初に、アタシたちの目的を説明しておくぜ」


 ベルはパンを食べながら、モニカの話に耳を傾ける。

 あんまり美味しくないと思いながら。


「アタシたちの最終的な目的は、このデムロムの街を『解放軍』から取り戻すことだ。そのために必要なのが、この街に常駐している『解放軍』の頭の首を獲ること。これに尽きる」

「そうですね。わたしたちも、同じような感じでやってきましたから」


 方針はどこも似たようなものらしい。

 となると、ランデアの各地で似たような活動が起こっていても不思議ではない。

 反乱の種は、今も各地で燻っているのだろう。


「そうだ。だが、その『解放軍』の頭ってのが、また厄介でな……」


 モニカは表情を暗くしながら、その名を語った。




「――『第五使徒』レオン」




「……? 誰なんですか?」


 ベルはスープを飲みながらモニカに尋ねる。

 あんまり美味しくないと思いながら。

 それよりも、デムロムを実質的に支配しているのは、モンブルム帝国第三軍大将、ゲールではなかったか。


「詳しいことはアタシにもわからねぇ。でも、ゲールが突然いなくなって、奴が自分をゲールだと騙り、何事もなかったかのようにその椅子に座ったのは間違いねぇ」

「……ふむ」


 状況から考えると、その『第五使徒』レオンとやらが、ゲールを殺して成り代わったと見て間違いない。

 ベルの知識の中にも、そんな名前の人間はいない。


「でも、頭がすげ替わっただけなら、何もかわらないんじゃないんですか?」


 代わりにその男を殺せば、それで終わりだ。

 それだけでは、その男が厄介だという理由がわからない。


「……奴は直接触れずに人を殺せる。アタシたちの仲間も、何人も……」


 そのときのことを思い出したのか、モニカは悔し涙を浮かべる。

 ベルはモニカの言っている意味がよくわからなかった。


「触れずに殺せる、とはどういう状態なのですか? 念じるだけで人が死ぬと?」

「いや、そういうのじゃねぇ。風が吹くんだ。それが吹いた次の瞬間に、人の身体がまるでバターか何かみたいに、バラバラに……うっ……」


 当時の状況を思い出したのか、モニカが自分の口元をおさえる。


「なるほど。それはたしかに厄介ですね……」


 そんな力は、ベルも聞いたことがない。

 神がその『第五使徒』とやらに与えた力なのだろうか。


「……そうですね」


 ベルは思案する。

 自分がそんな人間を相手にするとしたら、どう戦うか。

 だが、少し考えたところで、答えはひとつしか出なかった。


「どういう法則が働いているのかはよくわかりませんが、殺される前に殺すしかないのでは?」

「腦筋聖女め……。それができれば苦労はしねぇよ。奴の周りには、何人も護衛がついてる。気づかれずに近づくのは不可能だ」

「ふむ……」


 仮にも大将と同じ位置にいる人間なら、それくらいの護衛がいてもおかしくはない。


「とはいえ、ポルダ遠征前のゲールの時よりはずいぶんと減ったけどな。あの頃は街中をうろついてる『解放軍』の数も尋常じゃなかったからなぁ……。いいタイミングで来たな、聖女様」

「それを狙ってましたからね」

「うわっ、マジかよ。おとなしそうな顔してやっぱこえーやつだな、アンタ」


 そう言って、モニカは笑う。

 しかし、そうなるとベルとしても問題がある。


「……アレク様を救出するのは、なかなか骨が折れそうですね」

「ああ、ランデアの王子か。たしかにアタシも見たぜ。あのときは気づかなかったが、あれはデムロムの館に向かってたんだな」


 納得したようにモニカが頷く。


「姿を見たのですか?」

「ああ。大門に大軍が来てるって話もあったから「こりゃもしかすると、『解放軍』に敵対する奴らか?」って思ってな。だからあの辺でちょっと暴れてみたんだ」

「なるほど。そういうことだったんですね」


 モニカがあそこで刀傷沙汰を起こしていた理由も納得がいった。

 やはりアレクがデムロムの館にいるのは間違いなさそうだ。


「王子がいるとしたら、たぶん館の地下牢だ。アタシの親父たちと同じようなところにぶち込まれて、同じような扱いを受けてるはずさ」

「地下牢に侵入できる道なんてないですよね?」

「さすがにねぇよ。アンタの力を考えると正面突破もできなくはなさそうだが……人質がいる以上、あまりおススメはできないな」


 モニカの案を聞いて、ベルも頷く。


「そうですね。力で負けるとは思いませんが、アレク様の身を考えると……」

「力で負けるとは思わない聖女ってなんなんだ、ホントに……。まあいいや。とにかく、アタシたちの目的は一致している。ここはお互い協力するのがいいと思うが、どうだ?」

「構いませんが、ひとつだけ条件があります」

「……なんだ?」


 ベルはじっとモニカの目を見て、


「約束してください。もしデムロムを取り戻した暁には、ランデアを再興したその後も、アレク様のよき友人で居続けていただける、と」

「…………」


 モニカは押し黙る。

 その瞳には、迷いの色があった。


「……アタシは、さ。許したわけじゃねぇんだ。ランデア王家の連中を」


 モニカの言葉に、ベルは押し黙る。

 その言葉に含まれているのは、ランデア王家への強い敵意だった。


「もとはと言えば、デムロムが『解放軍』に占拠されたのも、ランデア軍が奴らを抑えられなかったのが原因だ。そうだろ?」

「それは……」


 モニカの言葉に、ベルは何も言うことができない。

 ベルも、その通りだと思ってしまったから。


「王家が軍をしっかり統制できていれば、こんなことにはならなかった。期待なんてしちゃいなかったけどよ……。王家の連中は、アタシたちが一番助けてほしかった時も、何もしてくれなかった。なんにもだ!」


 当時のことを思い出したように、モニカは激高する。

 王城が『解放軍』に落とされたのは、デムロムが陥落するよりも前だろう。


 ランデアの王家が、モニカの期待に応えることなど絶対にできなかった。

 モニカにも、そんなことはわかっているのだろう。

 頭でわかっていても、心が納得するかと言われれば、それはまた別の問題なのだ。


「王家の連中も、親父たちと同じぐずぐずのグズだ! 貴族が領民を家畜以下の存在としてしか見てないのと同じように、王家も貴族なんて家畜以下の存在としてしか見てなかったんだよ!!」

「お嬢……」


 モニカの舎弟たちも、初めて見る主人の激情に、その身をこわばらせることしかできない。


「――モニカさん」


 そんな中、モニカの手を掴んだ少女がいた。


「……なんだよ」

「モニカさんは、お父様が嫌いなのですか?」


 彼女の手をしっかりと握りながら、ベルは問いかける。


「当たり前だろ。自分の領民を家畜以下だって言い切るような男だぞ。他の家族だって、似たようなもんさ」


 デムロム家の人々は、平民への選民意識が強い。

 そのせいで、領民からも忌み嫌われている。

 それが当たり前の現実だった。


「それでは、モニカさんはどうして皆さんにそんなに優しいのですか?」

「は? 優しくなんてないだろ。いつも命令ばかりしてるぞ」

「優しいですよ。本当に優しくない人は、そんな風に人と接しません。接することができません」

「…………」

「モニカさんは、皆さんと出会って、知ったのです。自分の父たちの考えが誤ったものだと」

「それは……」


 そうだ。

 モニカも初めは、同じだったはずだ。

 父親と。その他の家族と。

 それが変わったのは、なぜだったか。


「……男の子が、いたんだ」


 ぽつり、と。

 少女は言葉をこぼした。


 そして、少女は語り始めた。

 終わってしまった物語を。


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