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Chapter2-2 聖女さま、潜入する






「……遅い」


 ベルは恨めしそうにデムロムの入り口を眺めていた。

 初めて知ったことだが、自分は何かを待つのに向いていないらしい。

 その知見を得られたのは収穫かもしれないが、今のベルにそれを喜ぶほどの余裕はなかった。


「何をのんびりしているのですかね、アレク様は……」


 アレクがデムロムに入って、かなりの時間が経っている。

 到着した頃は頭上にあった太陽が、すでに傾きかけている。

 ここまで時間がかかっていて、穏便に話が進んでいるとは考えにくい。


 反乱の意志がバレたか、正体がバレたか。

 アレクの身に何かあったと考えるべきだろう。


「…………」


 ――どうするべきか。

 ベルは思案する。


 一度離脱し、様子を見るのはどうか。

 適当な理由をつけて、デムロムから一旦離れるのは無い選択肢ではない。

 このまま待機していても、すんなりと街に入れる可能性は低くなっている。


 それどころか、アレクの身元が疑われるということは、ベルたちの身元や目的も疑われるということだ。

 反乱の意志がバレれば、内部から突然集中砲火を食らう可能性すらある。


 離れたほうが安全だ。

 ただでさえこちらは数で劣っている。

 無為に戦力を消耗するべきではない。


「…………」


 だが、一旦離れるにしてもアレクの安否が気になる。

 一晩待つことで、手遅れになる可能性もある。


 アレクは必要な人間だ。

 こんなところで失うわけにはいかない。


「エコール。少しいいですか?」


 近くにいる兵士の一人に声をかける。

 彼の名はエコール。

 ベルが最初に救った村、ラインボートの自警団長をしていた初老の男だ。


「いかがされましたか?」

「わたしはアレク様の様子を見に行ってきます。エコールは先導して、皆と昨日の野営地点まで引き返してください。明日の朝、またデムロムで落ち合いましょう」

「……まさか、おひとりで街に行かれるつもりですか? いくらなんでもそれは……」


 エコールは難色を示す。

 敵地での単独行動は危険すぎる。

 アレクがどこにいるかもわからないのだ。

 エコールには無謀に思えた。


「わたしは大丈夫です。どのみち、ここにいても事態が好転するとは思えません」


 エコールはかつてランデア軍に従事していたが、足を怪我したため隠居の身となり、ラインボートで暮らしていた。

 ベルたちに助けられたときは生死の境をさまよっていたが、回復して以来、その経験を活かして兵士たちの中の実質的なリーダーとして活躍している。

 その能力に疑いはない。

 彼なら兵士たちを無事に後退させてくれるという信頼があった。


「……かしこまりました。聖女様。ご武運を」

「ええ。ありがとう。みんなのこと、お願いします」

「この命に代えても、必ず無事に送り届けます」


 エコールは恭しく頭を下げる。

 そして、一人で街の入り口へと向かっていった。

 あとは彼に任せておけば問題ないだろう。


「そういうわけなので、よろしくお願いしますね」

「聖女様……」


 ベルが語りかけると、兵士たちは落ち込んだような顔をする。

 皆、一体となって、ここまでついてきてくれた大切な仲間たちだ。


「そんな顔しないでください。またすぐに会えるんですから」

「そう、ですよね。わかりました。俺たちみんなで、聖女様のお帰りをお待ちしてますから」

「ええ。街に何か美味しいものでもあれば、買ってきてあげますよ」

「聖女様じゃないんだから、皆そこまで食いしん坊じゃありませんよ」

「なっ! だ、誰ですか! わたしのこと食いしん坊とか言ったの!」


 ベルがプリプリ怒り始めると、兵士たちの間にも笑いが広がっていく。

 それは敵地にいる兵士たちの平常なものとは、少し異なるような空間で。


「聖女様」


 そんなとき、一人の兵士がベルの前に現れた。


「どうかしましたか?」

「街の入り口近く……奴らが大門と呼んでいるあたりで、何者かが派手に暴れているそうです。聖女様――」

「――ええ。絶好の好機ですね」


 ベルが薄く微笑む。

 どうやら、頑張って壁を登らなくても済みそうだ。


「それじゃあ、いってきますね」

「聖女様、ご武運を!」


 兵士たちは、笑顔でベルのことを見送った。

 皆が、聖女であるベルのことを信頼している。

 彼らにとって、ベルは太陽であり、月でもあるのだ。

 兵士たちの間を縫って、ベルは大門のほうへと足を進める。


「――! ――!!」


 大門の前で、『解放軍』の兵士たちが何事か騒いでいる。


「なにかあったのですか?」

「ん? ああ、増援の……。いや、大門のすぐ近くで刀傷沙汰があったんだが、犯人の確保に手間取ってるらしい。俺も現場に向かおうと思っていたところだ」

「なるほど。そういうことでしたらわたしもお力添えいたしましょう」

「え? いや、しかし……」

「大丈夫です。腕には多少覚えがありますので」


 男はベルの姿を見ても半信半疑だったが、背中に背負った大斧を見て、


「それ、重くないのか?」

「全然大丈夫ですよ。長年連れ添った相棒のようなものです」


 本当は出会ってそれほど時間が経ったわけでもないのだが、適当なことを言っておく。

 男は悩んでいる様子だったが、やがてその口を開いた。


「……すまないが、協力してもらえるか。下手人は相当な手練れのようでな。兵士が何人も犠牲になっているらしい」

「なるほど。なんとしても、わたしたちの手で処刑してしまわなければなりませんね」

「ありがとう。協力に感謝する」


 男とベルは、大門から街の中へと入った。

 あれだけ難色を示していた兵士たちも、今はそれどころではないとでもいうかのような表情をしている。

 それほどの惨状なのだろうか。


「おお……」


 入ってすぐ、大きな道が目に入ってきた。

 両側に建物が所狭しと並んでいる。

 初めて見るが、これが大通りと呼ばれるものだろうか。


 だが、大きな道の割に人通りがない。

 ベルがこれまで救ってきた村のほうが、まだ人がいたくらいだ。

 兵士の状態は比較的マシそうだったが、一般市民の状態は他の村よりも厳しいのかもしれない。


「こっちだ」


 先導する男の後を追いかける。

 大通りの大きさの割に、横道に入ると道の幅が狭い。

 デムロムの街は、非常に入り組んだ構造をしているようだった。


「――! ――!!」


 しばらく進むと、人の怒号のような声が聞こえてきた。

 どうやら、まだ下手人は元気に暴れているらしい。


「くっ……! この……!」

「はっ! おっせぇ! そんなんでアタシに傷なんてつけれるかよォ!!」


 男の声に、まだ幼さを残した少女の声が重なる。

 直後、男の断末魔の悲鳴が狭路に木霊した。


「ったく、どうなってやがる……!」


 曲がり角を曲がると、そこには驚くべき光景が広がっていた。


「な――」


 ベルの前を走っていた男が立ち止まり、絶句している。

 無理もないことだろう。

 袋小路となっているそこは、おびただしい量の血で一面が真っ赤に染まっていたのだから。


 血だまりの中に倒れ込んだ兵士たちは、ピクリとも動かない。

 すでに事切れているようだった。


「ちっ。また来やがった。ホントにいくらでも沸いてきやがるな」


 その中心にいるのは、悪態を吐く少女だ。

 その両手には、血の付いた銀色の短剣が握りしめられている。

 ボロ切れのような灰色の布をその身に纏い、くすんだ茶色の髪を頭の後ろで二つに分けていた。

 濃い翠色の瞳は険しく、目の前に現れた二人の敵を捕捉している。


「俺が奴の動きを止める。援護を頼む」

「わかりました。――おやすみなさい」

「え?」


 ベルがそう言い、男が意味不明な言葉に意識を向けた瞬間、男の首が宙を舞った。


「は?」


 少女も、突然のベルの凶行に目を丸くしている。

 ベルは返り血を避けるため、頭を失った身体を軽く蹴とばした。


 男の身体はしばらくピクピクと震えていたが、やがて完全に動かなくなった。

 その場に残るのは、突然首なし死体を製造した少女と、大量の返り血を浴びた少女だけだ。


「さて。これでゆっくりお話できますね」

「……な、何なんだ、お前……」


 少女は、わずかに声を震わせながら疑問の声を投げかける。

 ベルは彼女を安心させるように、微笑を浮かべながら答えた。


「わたしは聖女ベル。ランデア第一王子、アレク様の意志に賛同し、ランデアの地で狼藉を働く『解放軍』を滅ぼさんとする聖女です」

「せ、聖女……?」


 少女は声を震わせ、ベルと名乗った聖女を観察する。

 穏やかな笑みを浮かべてはいるが、男の首を撥ねることに何の躊躇もなかった。

 あまりにも鮮やかすぎる手際だ。


 おそらく、何度となく同じことを繰り返している。

 聖女だか何だか知らないが、どちらにせよ尋常な相手ではない。


「……聖女って、なんかこう、もうちょっと穏やかな感じのやつだった気がするんだけど」

「武闘派の聖女なので」

「そう……」


 ベルの言葉に、少女は適当な反応を返すことしかできない。

 まだ頭が混乱しているが、『解放軍』ではないのなら、ひとまず突然襲ってくることはなさそうだ。


「ん?」


 そこで少し余裕の生まれた少女は、自称聖女の言葉に、聞き逃してはならない単語が混じっていることに気づいた。


「なあ、アンタさっき、ランデア第一王子がどうとかって……」

「はい。ランデア第一王子のアレク様は、ランデアの再興を成すため、この地に巣食う『解放軍』を滅ぼさんとしております。わたしはそんな彼の想いに賛同し、微力ながらお力添えをしております」

「微力……? ま、まあそれはいいや。つまりアンタは『解放軍』の敵ってことでいいんだよな?」

「そう解釈していただいて問題ありません」


 ベルははっきりと頷いた。

 そこまで聞けば、彼女がここに来た理由も察することができる。


「アンタがここに来たのは、もしかして……」

「はい。このデムロムを、『解放軍』の支配から解放するためです」

「…………」


 少女は悩んだ。

 この自称聖女を、信用していいのか。

 先ほどまでの様子から、『解放軍』の敵だというのは間違いないだろう。


 だが、何かの間違いで突然暴れ始めたら、少女にはどうすることもできないのではないか。

 自分の力にそれなりに自信はあったが、目の前の化物じみた自称聖女と比べればかわいいものだ。


「いや、そうだ。そうだよな」


 自分たちの力だけでは、どうにもならない。

 それは今まで自分なりに動いてきて、痛いほどわかっていることだ。


 あの『解放軍』を打ち倒すためには、より大きな火薬が必要なのだ。


「――ついてきてくれ。アタシたちのアジトに案内するよ」


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