Chapter2-1 聖女さま、訝しむ 3
このランデアで、アレクの顔を知るものはそう多くはない。
まして『解放軍』の人間の中に、『解放軍』の軍服を纏ったアレクの正体を見破ることができる者が、いったい何人いるだろうか。
そんなベルの考えのもと立案された今回の作戦だったが、逆に言えば、まったくいないというわけではないのだ。
アレクが兵士に連れられて領主の館に向かう途中、彼らの様子を建物の陰から眺める者がいた。
「あいつはランデア王家の……そうか、まだ生きてやがったのか……」
古い記憶を掘り起こし、それが随分昔に家に招待されてきた一国の王子の顔と酷似していることに気づく。
茶髪翠眼が特徴的な少女だ。
その見目麗しい見た目とは対照的に、その瞳には激情が浮かんでいる。
「――今更どの面下げて来やがったんだ、あいつは」
ランデアの腰抜け共には、呆れを通り越してため息しか出てこない。
それは敵の兵力に恐れをなし、このデムロムを明け渡してしまった父にも言えることではある。
だが、元はと言えばこんな東部まで『解放軍』の進軍を許した、ランデアの国自体に大きな問題があったと言わざるを得ない。
土地は枯れ、民は貧困に喘ぎ、治安は悪化、盗みや殺人が横行していた。
貴族は民を家畜以下の存在としか見ておらず、王家に取り入り、下のものたちから搾取することだけを考えて暮らしていた。
少女の父親もそうだった。
富と権力に固執した、弱い人間。
この国の貴族のお手本のような存在だ。
そのクセ、いざ敵が目の前に現れると怖気づき、逃げ出した。
少女からすれば、監獄に入れることすら生温い、処刑して当然の人間だが……風の噂では投獄されたものの、死んではいないらしい。
こんな状況になってもしぶとく生き残っているのは、さすがは貴族と言ったところなのかもしれない。
「お嬢。街の大門のすぐ外に、かなりの人数の『解放軍』が来てます。もしかして、俺らの討伐のためでしょうか?」
「いや、それはねえ。奴らはアタシたちのことなんて、気にも留めていないさ。たぶんそいつらは、ポルダ攻略のための増援だ」
「なるほど。そういうことですか」
大男はそう言うと、それ以上考えるのをやめたようだった。
いくら頭脳労働が苦手と言っても、もう少し頑張ってほしい。
もっとも、そんな期待は最初からしていないのだが。
「臭うな……」
「え!? 俺、臭いますか!?」
「ばっか、オメェのことじゃねーよ。てかうるせえ。静かにしろ」
「はい……」
大男が本気で半べそをかきながらうずくまっている様子は、知らぬ人間から見れば異様なものに映るだろう。
当人たちにとっては、今更気にするほどのことではない。
「あの歩いている男……顔は少しこけてるけど、間違いなくランデアの王子だ。それについてるのが兵士一人ってのは、少し妙だとは思わねーか?」
もはや完全に崩壊した国とはいえ、王子は王子。
首の一つでもペリゴール帝に献上すれば、金にはなるだろう。
それを護衛しているのが兵士一人だけというのは、どうしても譜に落ちない。
「言われてみりゃ、たしかに」
「それに、あいつが着てるのは『解放軍』の軍服だ。ランデアの王子が自らアレを着て、デムロムを歩いてるってのはどういう状況なんだ?」
自身に問いかけてみても、答えは返ってこない。
そもそも、護衛の兵士がアレを生かしている意味は何なのか。
さっさと首を落として運びやすくしたほうが、無駄な労力もかからなくて済むだろうに。
「……まさか、気付いてない?」
ふと、その可能性に思い至る。
護衛の兵士は、彼の正体に気づいていないのではないか。
もし彼がただの『解放軍』の一兵卒になりすまし、『解放軍』が占拠するこのデムロムに潜入してきたとするならば。
「こいつはもしかすると、アタシが思っている以上にきな臭い状況なのかもしれねぇな……」
そんなことを呟きながら、少女――モニカ・デムロムは胡乱げな目つきで、遠くに見える王子を眺めるのだった。




