Chapter2-1 聖女さま、訝しむ 2
数日後。
アレク率いる軍勢は、デムロムの街に到着した。
「おおー……。これがデムロムですか。大きいですね!」
ベルは興味深そうに、いまだ遠いデムロムの街を眺めている。
今まで彼女が見てきた村とはかなり違う。
街の外からでも見えるほど建物が高く、街全体が高い壁に覆われている。
外敵の侵入を阻止するためのものだろう。
「そういえば、ベルは街を見たことがなかったんだったな。どうだ? 初めて街を見た感想は」
「早く中に入って色々見てみたいですね! そのためにも、なんとか穏便に話が進むように頑張らないといけませんね」
「……ああ、そうだな」
ベルの言葉に、アレクは表情を固くする。
彼の背後には、何百人もの兵士たちが控えている。
総勢三百ほどの軍勢を、そのまま連れてきた形だ。
今は『解放軍』の兵士たちが着ていた服を着ている。
ご丁寧に、彼らの掲げる黒旗を持つ者までいた。
彼らの隊列は、ベルが『解放軍』の兵士たちに尋問で聞き出したものである。
本物の『解放軍』を数多く相手にしてきたベルが見ても、なかなかの再現度だ。
おそらく少し見ただけでバレることはない。
ちなみに、今日はベルもアレクも『解放軍』の軍服を身に着けている。
アレクはともかく、ベルが男用の軍服を身につけているのは少し妙な感じがするが、仕方がない。
「……いるな」
「他の村から来ている人たちもいるみたいですね」
街の入り口の門は開け放たれているが、近くに何人もの兵士が待機している。
近くには、それとはまた少し異なる雰囲気の男たちが何か話している。
彼らと接触せずに街に入るのは無理だろう。
もっとも、元々そんな予定でもなかったのだが。
今回、兵士たちを率いているのはアレクである。
『解放軍』に女の兵士はいない。
少なくとも、アレクは今まで見たことがない。
女性のベルが兵士たちを先導していたら、さすがに怪しまれる。
そんなアレクの意見を受けて、ベルはアレクに任せることにしたのだ。
こちらの人数が多いせいだろう。
門番たちはすぐにアレクたちに気付いた。
「よく来たな。早速だが、部隊の名前を教えてくれ」
アレクは男を観察する。
今までの兵士たちとは違い、どこか余裕のある表情をしている。
デムロムの状況は辺境の村より遥かにいいのだろう。
「私はゾルゲ中隊、副隊長のフレッドだ。ゲール大将はおられるか。お目通りをお願いしたいのだが」
アレクが名乗るのはもちろん偽名だ。
ゾルゲ中隊は、先日ベル達が尋問した部隊の名前である。
言うまでもないことだが、ゾルゲ隊長は戦死している。
ポルダ攻略に向けた遠征は既に始まっているとのことだが、ゲールはその遠征にはなぜか参加していないというのが、ベルの尋問によって得られた情報の一つだ。
読みが正しければ、彼はまだこのデムロムにいる。
「ゾルゲ中隊の、フレッド副隊長ね。悪いがゲール大将はお忙しい。ただの一兵卒に謁見の機会は与えられないな」
男はあしらうように手を振る。
大将という立場を考えれば、それが当然の反応だろう。
それはアレクも理解していた。
だから、本題を告げることにした。
「実は、我々も援軍としてポルダ攻略に参加させていただきたく。ゲール大将以外で、ポルダ攻略を取り仕切っている方はおられるか」
そう。これがアレクとベルが考えた、三百人もの軍勢をデムロムに潜入させるための策だ。
ポルダ攻略は『解放軍』にとって最後の難関となる。
そこに加わりたいという援軍として志願すれば、彼らも街に入れるしかないのではと思ったのだ。
「ぞろぞろと来たと思ったらそういうことか……。まあこんな辺境のド田舎じゃ人生詰んでるもんな。一発逆転を狙う気持ちはわからないでもないが……」
男は少し考えこむそぶりを見せる。
多少は効いているようだ。
「ゲール大将はお忙しい、が……数百人規模の援軍となると、さすがに無視はできない。いいだろう。通行を許可する」
男の許可を得たアレクは、深く息を吐いた。
ひとまず第一関門は突破したと言えるだろう。
しかし、アレクの予想は外れることになる。
アレクが街の入り口を通り抜けたあとに続こうとしたベルが、男に立ち塞がられた。
「え?」
ベルは何が何やらわからないという表情で男を見ている。
「待て。通行を許可するのはそこのフレッド副隊長だけだ。他の者たちはここに残ってもらう」
「な……! なぜだ?」
「ゲール大将に謁見し、お前たちが援軍として参加する許可が出れば全員の通行を許可する。が、今はまだ駄目だ。お前たちに反乱の意志がないと決まったわけではないからな」
男の言葉に、アレクは内心で歯噛みする。
想定していないわけではなかったが、全員の通行は認められなかった。
加えて、ベルもいないとなると――。
「いや、何を弱気になっているんだ僕は」
自分の弱さが情けなくなる。
いつの間にか、ベルに頼りきりになっている自分がいる。
それではダメなのだ。
ベルの力を借りずに、一人で解決しなければならないこともある。
「大丈夫ですよ」
「ベル……」
ベルはアレクの目を見て頷く。
『アレク様なら大丈夫ですよ』と。
いつものように名前は呼ばないが、そういうことなのだろう。
「では、頼む」
アレクは兵士たちに連れられ、扉の前に立つ。
兵士たちが二重になった扉を開くと、その先には別世界が広がっていた。
「これは……」
久しく目にしていなかったデムロムは、記憶にあるものとは随分違っていた。
ポルダや王都からの輸入品で栄えていた市場は姿を消し、人通りもまばらになっている。
大通りに大量に並んだ店も、今はほとんど閉まっているようだった。
「これが、デムロム……?」
「ん? どうかしたか?」
「い、いや。なんでもない」
記憶のそれとは大きく様変わりした光景に狼狽するアレクに、『解放軍』の男は胡乱げな視線を向ける。
あまり不自然な動きをすれば怪しまれる。
「ゲール大将の拠点はここの領主が住んでいた館だ。少し歩くぞ」
「わかった。よろしく頼む」
アレクがそう言うと、男は何も言わずにアレクの前を歩き始めた。




