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記憶を失くしても、勇者になって世界を救っていいですか?  作者: うえだじろう
第一章 『始まりの一週間編』
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第一章2 『目覚めの時』



 ランガ村の近くに用事があったルナはこの村に拠点を置き、お世話になっていた。


 昨日、村の住人が寝静まる夜。寝ていたルナは外から漏れ聞こえていた喧騒で目を覚ます。


 普段の穏やかなこの村では滅多にないものであったため、好奇心から宿の窓を開けた。


「っ!なにこれ……」


 ルナが見たのは夜であるにも関わらす赤に染まった空。視線を下に向けると村長たちが話している姿が見え、無礼なことであるとは思いつつ、静かに聞き耳を立てる。


「――村長!リマジ村が魔物共に襲われてるって!」


「っ!それは本当か!?」


「ああ、さっき村から逃げてきたやつが話してたから確かだ」


「そいつは今どこにいる!」


「村の入り口にいるけどもう死んじまった。逃げる時に背中を切られたのが致命傷になったみてぇだ。」


 そう言って村長たちは急いで村の入り口に向かっていった。


 ルナもそれを追うように急いで身支度を済ませ、宿屋を飛び出し村の入り口に向かう。


「村長!村が魔物に襲われたっていうのを聞いて……」


「――ああ、ルナフレイヤ殿!」


 村長の声音は明るくなってはいたが依然、顔は険しいままであった。それほどに今、余裕がないことが感じ取れる。


「襲われたのはリマジ村です。我々の村の近くにあり、森に囲まれた村なのですが、そこが襲われたそうなのです。」


「この村は大丈夫なのですか?」


 近くの村が襲われたということはこの村が襲われるのは容易に想像がつく、ルナはこの村の住人ではないとはいえ戦うつもりでいた。


「魔導士様が作られた結界で囲われているのである程度、心配はないはずなのですが。相手の数によります。数匹程度なら大丈夫でしょうが十匹以上の群れなると不安ですね。」


 全てにおいて情報が不足していた。魔物の数はいくつであるか。生き残りはいないのか。情報の不足は死を招く。ルナが冒険者になってまず初めて痛感したことだった。危機感が頭の中で警鐘を鳴らす。


「わかりました。では……」


 言葉が続くことはなかった。突然の記憶のフラッシュバックに思考が一時停止していた。


 ――すけ、て。……たす……て。


 もうこの世にはいない少女の懇願が頭に響く。


 ルナの未熟の象徴であった。少女の墓の前でルナは誓った。もう二度とあのような事態は引き起こさせないと。


 過去、自分が掲げた旗を再び心に宿し、思考が活動を再開し今やるべきことを明確にする。


 ――一人でも多くの人を助けなきゃ……。


 目を閉じ、内にある魔力を感じ、手繰り寄せる。周囲に緑色の光が蛍の様にほわほわと漂い始める。


 そしてルナは静かに唄う。


「――風よ、纏え。」


 風がルナの身体を包み込み、全身が軽くなる。


「ルナフレイヤ殿!?」


 あらん限りに目を見開いて驚く村長を視界の端に映し、一瞥する。

 次に続けられる声を待ってなどいられなかった。


 今この瞬間に命を奪われている人がいるかもしれない。


 ――そんな事させない。


 足に力を入れ、地面を強く蹴る。


 瞬間ルナは銀の風となり、リボンで一つに纏められた銀の髪をたなびかせ、リマジ村まで続く林道に吹き抜ける。


 ややあって林道を駆けていると、赤く光る空と対照的に林道は命を感じないほどに静まり返っている。


 しかし、村の生存者がいるとすれば今ルナがいる林道の可能性が一番高いと考えていた。


 というのも森は入り組んでいて一見敵から身を隠すのにはうってつけのように思えるがその実、奥に行けば行くほど様々な魔獣が生息しているのだ。


 だから魔物から逃げられたとしても魔獣の餌食になってしまう恐れがある。


 このことは子供のころから厳しく教えられるようなことであり、まず間違いなくこの道を使うだろうというのがルナの予想だった。


 現に先程ランガ村に駆け込むことができたという男の血がぽたぽたと地面に流れていた。


 ぐんぐんと銀の風はただ森を切り開かれて作られただけの道を突き進んでいく。


 赤く染まる空が近くなり、それに伴って木が焼け、焦げる臭いが風に乗り、鼻を刺す。


 魔物への怒りがふつふつと込み上げるが、深呼吸をしてすぐに冷静さを取り戻す。


 それは突然、もう少しで村に着くという時だった。


「――お前―最後―。」


 立ち止まり、声の聞こえた方を見渡す。しかし見える範囲には誰もいない。残されたところは後ただ一つ。


「――まさか森に!?」


 一か八かの賭けに出る。声の聞こえた方向に勢いよく駆け出し、木々の間をするすると銀の風がすり抜けていく――


「――っ!?足が、なんで……」


 突如足の動きが止まったのだ。しかしその正体を知っている。これは恐怖だった。化け物と呼ぶにふさわしいほどの魔力、突如として現れたそれを感じ取り、足が竦んだのだ。


 幻覚だと自分に言い聞かせ、歩き出そうとすると、それに呼応するかのように記憶が再びフラッシュバックした。


 ――ルナ……様。どうか…………。


 忌まわしい記憶が想起され、必死に頭の中で振り払おうとする。


 こんなことをしている場合ではないのだと、自分に強く言い聞かせ一歩、また一歩と足を無理やりに動かす。


 やはり幻覚だったのかもう恐怖な対象などどこにもおらず、その足が止まることはもうなかった。


 突然森が開けている場所が見え、そこには一匹の下位悪魔レッサーデーモンと地面に倒れている二人の男女がおり、今まさにとどめを刺そうとしている場面だった。


「まあいい……で、結局こいつは死んでんノカ?念のためとどめを――」


 悪魔は少年に向け、手をかざす。


 悪魔が得意とする炎の魔法で少年にとどめを刺そうとしていた。


 しかし銀の風となったルナは悪魔の言葉を続けさせない。


「――そんなことさせない。」


 鞘に収まっていたロングソードを引き抜き、勢いを殺さずに放った風速の一閃。


 悪魔の首を瞬く間に切り落とす。


「ギャ……。」


 短い悲鳴と共に悪魔は絶命した。


 すぐに剣についた血を払い、鞘に納めると倒れている人のもとに駆け寄る。


 見た目から二人の男女は母親とその息子のような関係であることが分かり、まず背中に重傷を負っていた女性に駆け寄ったが、既に息絶えていた。


「こっちの女の人はもう……」


 すると微かに少年の方から音が聞こえた。勢いよく振り返り、声をかける。


「ねえ!あなた!大丈夫!?」


 少年は腹部にはおびただしい血の跡があったが別人のものだろう、傷はどこにもなくただ気を失っていただけだった。


 ルナの声に反応してか少年が口から言葉を漏らす。


「よかった!ねえ起きて!まだ安心じゃないの!」


 そうルナが話しかけると少年はまた意識を失ってしまった。ルナは急いで少年を担ぎ、ランガ村に戻った。

 再び同じ場所へ戻ったとき、すでに女性の遺体はなく、おそらく森に住む魔獣に食われてしまっていたようだった。


 それから少ししてリマジ村にたどり着いた頃には、建物は全てが灰となっており、遺体はおろか、村を襲ったとされる魔獣を一匹たりとてみることはなかった。



                 ―――――――



「――これが私が見てきたことよ。」


「……そう、ですか。」


 自分は母親と思われる女性と必死に逃げていた。その事実は■■■にとって、少し嬉しく感じられることであった。


 自分は母親のことを大切に思い、共に逃げていたのだと。


 自分にも大切なものがあった。母親がいた。たとえ今はそれがなかったとしても■■■の心を支えるには十分なものだった。


 するとルナが何かを思い出したかのような顔で口を開く。


「……そういえばあなた、聖印とかはないの?」


 ワイデ、アイナ、ミリアが同時に目を見開く。


「「「――あっ!」」」


 そんな仲のいい家族たちの反応ではなく■■■の興味はルナの言ったものに釘付けになる。


「……セイイン?」


「……ええこの国の人間なら刻まれてるはずよ。それでいろいろ分かりそうなものだけど……」


 少し戸惑った顔をしてこちらを見る。ワイデが勢いよく立ち上がる。


「如何せん使う機会がないものですっかり抜け落ちていました!ミリア何でもいい、無地のものを持ってきてくれ!」


 ミリアは急いで部屋を出ていき、その間ルナが聖印について説明をしてくれた。


「聖印というのは太古、王国と契約を交わした精霊によってもたらされたものの一つよ。

 自身の血を媒介とすることから別名『血の記憶』とも呼ばれているの。

 聖印には名前。所属する村や街などあなたを示す色々なことが記されているの。

 それと聖印は嘘をつかない。あなたのありのままを映し出してくれる。」


 聖印の説明が終わったのと同時に応接室の扉が開かれ、ミリアが持ってきた一枚の羊皮紙と針を机の上に並べ終えると、ミリアがルナの方を向き軽く頷き、ルナが聖印の手順を説明し始めてくれた。


「じゃあ、軽く血が出るくらいに指に針を刺して、それを紙の中心に垂らして。それが終わったら魔力を流し込むの。」


 チクッとした痛みと共に、流れ出た血をルナの言う通り、中心に垂らす。


「魔力は内にある力を掴むような感じ、最初は目を閉じて集中すればきっと見つかるわ。そうしたら周りに自分の魔力の色と同じ色の光が包んでくれる。そうしたら紙に流し込んで。」


 ■■■は目を閉じ、集中する。そこには一面の暗闇が広がっていた。


 暗闇の中を進み続ける。すると一つの光が見え、身体が徐々に暖かくなっていく。


 ――おい!――フ!早くしないと置いてくぞ!


 誰かの声が聞こえたのと同時に光が眩いほどに力を増す。驚きと共に目を開くと、そこには山吹色の光がちらほらと空間を漂い、非常に幻想的な風景が広がっていた。


「山吹色の魔力……。」


 ルナがそう呟き、ワイデが「おぉ……」と驚嘆の声を漏らす。


「じゃあ紙に魔力を少しずつ流し込んで、ゆっくりよ?人によっては燃やしちゃうから。」


 ルナの注意を受け、慎重に紙に魔力を流す。


 すると紙の表面が光りだし、垂らした血が紙全体に広がっていき、赤い文字を写しだす。


 やがて紙から光が失われ、「もう大丈夫」というルナの合図と共に力を抜くと、それに応じて周りを包んでいた光が一斉に消えた。


 美しい景色が消え、残念な気持ちになったがすぐに紙に意識を向ける。


 聖印は嘘をつかない。ありのままの自分が映し出されたそれには――



 ――

 名前 アルフレッド・レンヴェル

 性別 男 

 年齢 16歳

 身長 百七十四センチ

 魔色 山吹色

 所属 リマジ村 

 ――



「アルフレッド・レンヴェル……それが俺の名前……。」


 アルフレッドの目から涙が溢れ出ていた。しかしこの涙は今朝の涙とは違い歓喜からなる涙だった。


「アルフレッドくん……かっこいい名前だね!」


 それにつられミリアも目の端に涙を浮かべ、羊皮紙を持ちながら背中を丸くして泣いていたアルフレッドの背中をさする。


「ああ、なかなかにいい名前だ。」


「そうですねぇ勇敢そうで、とてもいい名前ですね。」


 ワイデはにこやかな笑顔を浮かべ、大きく頷く。


 アイナもワイデの隣でアルフレッドの名前が戻ったことに顔を綻ばせ、目の端にうっすらと涙を浮かべていた。


「アルフレッド……。」


 そんな幸せに包まれた空間でただ一人、ルナは目を丸くしていた。


 ――カンカンカンカン!


 突然、村中央のほうから力強い鐘の音が鳴り響いた。


 幸せの空間から一転、全員の意識が音の鳴った外へ向く。


「――まさか!?」


 ワイデの顔が一気に強張る。


 ――バタンッ


 玄関ののドアがノックもなしに勢いよく開かれる音がした。


「そ、村長!魔獣だ!魔獣の群れがこっちに向かってきてる!」


 部屋の向こうから聞こえたのは男の声だった。絶望を孕んだ絶叫が家の中に響く。


「――緊急事態だ。アイナ、ミリアは集会所に避難していなさい。……悪いが一人でも人手が欲しい、ルナフレーナ殿とアルフレッド、来てくれるか?」


 ワイデがこの場にいる全員に的確な指示を飛ばす。



 名前を取り戻した喜びも束の間、再び地獄が顔を追のぞかせる。


18時に続き上がります


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