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記憶を失くしても、勇者になって世界を救っていいですか?  作者: うえだじろう
第一章 『始まりの一週間編』
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第一章1 『俺の名前は』



――脳が再起動を始める。以前もこんなことがあった……そんな気がしたのだが()()()()()()


 身体には謎の浮遊感があった。まるで空を飛んでいるような、そんなふわふわとした感覚。


 突然地面に引っ張られ、背中から着地したような感覚と共に音が聞こえ始めた。


「――い、今のはなんダァ?」


 ――甲高い耳障りな声がする。誰の声だ……。


「まあいい……で、結局こいつは死んでんノカ?念のためとどめを――」


 身体を動かそうにも指一本すらまともに力が入らない。立たなければならないと心がそう訴えかけてくるが身体がそれに追い付かない。


「――そんなことさせない。」


 その瞬間、晴れ渡る空を思わせるような澄んだ声、それでいて場を一瞬で支配してしまう、そんな力のある声が鼓膜を震わせる。


 その時、全身を風が吹き抜けた。


「ギャ……。」


 風が吹くとともにドサッという音が響き、気が付けば耳障りな声も消えていた。


 うっすらと瞼を開くが、未だ意識が混濁しているからか、まともに物を見ることすらできない。


「――こっちの女の人はもう……ねえ!あなた!大丈夫!?」


「――ぁ」


 口から音が漏れる。しかしそれは意識の覚醒ではなく再び暗闇に落ちる合図でしかなかった。


「よかった!ねえ起きて!まだ……じゃ……の!」


 声が遠くなる。ぼやけていた視界がだんだんと暗くなりやがて視界は完全な闇に覆われる。


「…………。」


 意識が再び闇に落ちる。



                  ―――――――

 


 ――なんだ……これ、夢か?時間は夜。これは街の中……?黒いフードを深く被った人影が嗤ってる……腹が熱い、これ刺され……


「――っはぁはぁ……」


 意識が無理矢理に夢の中から引き上げられ、目を覚ます。悪夢を見ていたからか、全身が汗で濡れていた。


「知らない天井だ……。ここは一体……」

 

 寝台からゆっくりと体を起こす。


 ふと視線を下に映すと、着ていた服は見慣れない白の布でできたシンプルな服に黒のズボンを履いていた。


 少し身体がだるいが問題はなく、十分に動ける程度だったので寝台から立ち上がり、見知らぬ部屋を見回す。


 部屋の内装は極めて質素、椅子や机といった最低限度の家具しか置かれておらず、寝台の横には革のブーツが置いてあり、右手の奥に出入り口がある。


 右手のほうに窓があるのだが今は白のカーテンで閉められていた。


 部屋の作りは全体的に木造でできており、心が落ち着く作りをしている。


 先程から外で小鳥がさえずっていたのが聞こえていたので時間と場所を確認するため、カーテンを開き、窓を開ける。


「――っ!」


 眩い朝日と共に、部屋に新鮮な風が部屋の中に流れ込んでくる。外は辺りは一面、緑の丘が広がっていた。所々に木が立っており、奥には森が広がっている。実にのどかで心安らぐ風景だ。


「ああ、気持ちいい朝だ。」


 無意識に口から言葉が漏れる。それほどに安らぎを感じる風景だった。窓枠から体を乗り出し、短く整えられた黒の髪を風に揺られる。最悪の目覚めから一転、最高の朝となった。


 ――ガチャ。


 不意に部屋の扉がゆっくりと開いた。突然の来訪者は目を丸くし、こちらをまじまじと眺めた後、急に意識が戻り口を開き始める。


「――っ!?お、おはようございます。お体で痛いところとかはありませんか?」


 身長はおよそ百五十六センチ程度で革のブーツを履き、青のワンピースに白のエプロン、腰まで伸ばした栗色の髪、青の糸で刺繍が施された白の三角巾を被った女性が窓の傍まで駆け寄ってきた。


「おはようございます。えっとここは…………。」


 どこかの村か何かということ以外、何もわからないでいたために疑問を投げかける。酒でも飲んで酔っ払っていたところを介抱でもされたのだろうか。


 はっとした表情を浮かべ、女性は優しく微笑む。


「ここはランガ村で、私は村長の娘のミリア・ランガっていいます。よかったらあなたの名前を教えてください。」


 ランガ村という村は聞いたことがなく、余計に何が起きたのかわからなくなってしまったが、自己紹介を始める。


「俺の名前は――」



 ――俺の名前?あれ。俺の名前って…………



 名前、なまえ、ナマえ、名まえ、Naまエ


 思考が邪魔をされる、なぜか名前を言おうとするとノイズが走る。


 違う。名前を思い出そうとするとノイズが走っていた。


 ――どうした、名前を言うだけだろ……なまえを、いうだけ、なまえを……


 なまえなまえなまえなまえなまえなまえなまえなまえなまえなまえなまえなまえなまえなまえなまえなまえなまえなまえなまえなまえなまえなまえなまえなまえなまえなまえなまえなまえなまえ――


「……?どうかしました?」


 ミリアが不安げな表情でこちらを見つめていた。しかしそんなことには構ってなどいられなかった。名前がすっぽりと抜け落ちていた。いやそれだけじゃない、考えればそう、何もなかった。


 自分の中をいくら探しまわっても何もないただ一面の闇がそこには広がっていた。


「――わからない。」


 なぜここにいるのか、何が好きで何が嫌いか。家族は何人いて友達は何人いたか、昔思い描いていた将来の夢は。何もわからない。


 自信を形どる過去の喪失、それは絶望だった。自分という存在が一瞬で保てなくなる。


「へ?」


「――俺は、誰だ。」


 目から涙があふれ続けたがそれは無意識だった。


 悲しみの感情から涙を流すなんて器用なこと、今の■■■にはできなかった。



                  ―――――――



 あれから何時間が経っただろうか、■■■は寝台に座り、隣にミリアが座っていた。目からは涙が流れ続けており、ミリアはその間ずっと■■■の手を握っていてくれた。


 やがて涙も引き、落ち着きを取り戻したころ、村長から■■■とミリアは応接室に呼び出され部屋へ向かった。


 部屋の中は木でできた机に椅子が四つ並べられているシンプルなもので、部屋の中には二人の男女がいた。

 先に入ったミリアが二人の紹介をするといい、言葉を続ける。


「私の父で村長のワイデ・ランガと母のアイナ・ランガです。」


 ワイデは茶色の髪を短くし、髪の色と同じ威厳のあるひげを生やしていた壮年の男で、アイナはミリアと同じ栗色の長い髪を一つに束ね、横に流しているうら若い女性。


 座ってくれと村長に声をかけられ、■■■はワイデの前に座り、その隣にミリアが座る。


「……さて、少しは落ち着いただろうか。」


 ワイデは髭を撫でながら■■■の方を見る。しかしなぜか視線を合わせようとはしなかった。どう扱ってよいのか決めかねている様子だった。


「ご心配ご迷惑おかけしてしまい申し訳ございません。それと介抱していただいていたんですよね。ありがとうございます。」


 椅子から立ち上がり深々と礼をする。


 ミリアと出会った時の口ぶりから察するに、恐らくどこか怪我をした状態でここへやってきたというのは想像に難くなかった。


 「顔を上げて椅子に腰を下ろしてくれ」とワイデに言われ、座りなおすとワイデが話を続けた。


「ミリアの話では今、君は何も覚えていないそうだな。名前も、出身も、何もかもを忘れてしまっている。そうだな?」


 ミリアから聞いたとされる情報を一つ一つ確認し何も間違っていないことを肯定する。


 ■■■が与えられる情報はそれしかなかった。『何も分からない』ただそれだけ。「はい」とだけ短く返す。


「あなた……。」


 アイナはワイデの顔を見て眉を落としている。


「ああ……」


 長年築き上げた信頼からか、夫妻は端的な言葉で意思疎通を行う。


 部屋の中に暫くの沈黙が流れる。


 「あっ」という言葉と共にアイナが微笑みながら胸の前で手を合わせ、口を開く。


「ミリア、そういえばこの前行商人さんから貰ったもの、まだ残ってたかしら?」


 突然のことにミリアの目が丸くなった。少し心当たりを探してアイナの言うものに思い至ったのか、笑顔で口を開く。


「あっ!えと、多分あると思う!持ってこようか?」


「ええお願い。どうです?少し疲れたでしょう?話はお茶を飲んでからにしましょう?」


 連携成功とアイナがミリアにウィンクを送り、ミリアが笑顔で返す。


 アイナはてきぱきと四人分のティーカップを並べ、お茶を淹れる。一瞬の内に行うそれはまさしく華麗と呼べるものだった。


 そしてミリアがなにやら茶色の紙袋を持ってきていた。気恥ずかしそうに口を開く。


「あの、クッキーって知ってますか?」


 記憶をたどるがやはり存在しない。首を横に振るとミリアの顔がぱぁっと明るくなる。机の上に木でできた器の上に袋に入っていたものを綺麗に並べる。


 器に並べられたのは茶色く、丸いものだった。


「とっても美味しいんです。食べてみてください!」


 一つとって口に放り込む。


 その様子をミリアが心配そうにのぞき込む。


「――どう、ですか?」


 噛めば噛むほど口の中に甘さが広がり、多幸感に包まれる。しかし口の中の水分を奪われ、喉が渇いたのでアイナが入れたお茶で喉を潤す。するとお茶の渋みとクッキーの甘さが交わり、よりうまさを感じられる。


「おいしい……おいしいよ!」


 立った一口で■■■はクッキーの虜になってしまった。それを見たミリアは顔を満面の笑みで彩っていた。それによって先程まで冷たかった空気もすっかりと和らいだ。


 ミリアは作戦成功とアイナとワイデを見て後を託す。

 ワイデがミリアに顔を向け、口を綻ばせ軽く頷き■■■の方に視線を戻す。


「辛いだろうが聞いてくれ、君に言わなければならないことがある」


 今度はしっかりと■■■の目を見てワイデが話しかける。■■■も背筋を正し、ワイデに目を合わせる。ワイデが静かに頷き、口を開く。


「それは君の――」


 しかし次に紡がれる言葉をそれは待ってなどくれなかった。


  ――コンコンと家の扉がノックされたのだ。


 突然のことに全員の意識が音の鳴る方へ向く。


「すみません、ルナフレイヤ・ウィット―リアです。本日村を出立するのであいさつに参りました」


 晴れ渡る空を思わせるような澄んだ声が■■■の鼓膜を震わせた。


 ■■■が持つ唯一の過去。薄れゆく意識の中で聞いた少女の声だった。


「……あれ、いないのかな。」


 少女は不思議そうな声を上げる。それが合図となり、全員の意識を戻される。


「あ!います!いますよ!今行きますね!!」


 ミリアが慌てて応答し、応接室を急いで出ていった。


 少しして女性たちの声と共に、応接室のドアの蝶番がキイと音を立ててゆっくりと扉が開かる。


 その瞬間■■■の世界を流れる時間が遅くなり、彼女以外のすべてから色が抜け落ちた。


 年齢は十六歳くらいで髪は腰まで届くほど長い銀髪、それを頭の後ろで大きなリボンで結び、ポニーテールの髪型にしている。


 瞳は青空の様に澄み渡った青、肌はきめ細やかな白、顔立ちは全体的に非常に整ってる。


 身長は百六十センチ程度で、純白のドレスアーマーを身に纏い、膝より少し上まで伸びた丈のスカートによってそれぞれ高潔さと少女特有の可愛らしさを感じられる。


 雨風をしのぐためか、麻色のフードが付いたポンチョを羽織っており、胸元には金の糸で狐の刺繍が入っていることから所々に身分の高さがうかがえる。

 だが腰に挿したロングソードはその身なりと対照的に、非常にシンプルなものを持っていた。


「――ぁ」


 思わず■■■の口から音が漏れる。銀の少女と目が合ったからだ。ルナフレイヤは■■■を見ると微笑み「よかった」と呟き言葉を続ける。


「目が覚めたのね!本当によかった。」


 その様子を見ていたワイデが「ああ」と■■■を見て口を開く。


「君に紹介するのを忘れていた。彼女はルナフレイヤ・ウィット―リア殿だ。君を助け、ここまで運んできてくれたのは彼女だ。」


 ワイデに紹介された彼女は優雅にお辞儀をしていたが、笑顔を浮かべる村長たちとは対照的にルナフレイヤは下を向き、どこか浮かない顔をしていた。


 少しして顔を上げた彼女の目は■■■の目を射抜く程に力強く、そのまなざしを向けたまま口を開いた。


「あの女の人のことはごめんなさい。私が見つけた時にはもう息をしていなかったの。でもよかった、あなただけでも助けることができて。」


 ルナフレイヤの一言で部屋の空気が凍り付く。ワイデ、アイナ、ミリア全員が大きく目を見開いた。


 各々の反応からルナフレイヤの発言の内容は切ることを躊躇うほどの爆弾となる手札だったのは一目瞭然だった。


「――ちょっと待ってください。女の人って!?いったい何のことですか!」


 我を忘れていた。勢いよく椅子から立ち上がり、突然明かされる自分(現在)が知らない自分(過去)に■■■は動揺せずにはいられなかった。


 今■■■の頭の中で疑問が濁流の如き勢いで押し寄せる。


 ルナフレイヤの口ぶりから察するに恐らくその女性はもうこの世にはいない。


 それにルナフレイヤが■■■を連れてきたというのも気がかりだった。話のすべてに事件性が浮かび上がる。


 その様子を見てルナフレイヤは「えっ?」目を白黒とさせ、ただ■■■を空色の瞳に映していた。


「どういうこと……?あなたはあの女の人と知り合いじゃない?」


 口に手を当て考え込む。それを慌てた様子でミリアはルナフレイヤ手を掴み部屋の外へ連れ出す。


「――えちょ!ミリアさん!?」


 集中状態を無理やり解かれ、激しく動揺した状態で強引に部屋の外に連れ出さていった。


 少ししてから部屋に戻ってきたルナフレイヤは部屋に入って来るや否や■■■に深々と頭を下げた。


「いきなり色々なこと言っちゃって。混乱したわよね?さっきはごめんなさい!」


「か、顔を上げてください。それよりも女の人って……。俺は大丈夫ですから、それについて教えてくれませんか?」


 ルナフレイヤは眉を寄せ逡巡を巡らせる。ワイデらの方に視線を向け、ワイデが軽く頷くのを見て口を開いた。


「わかったわ。でも最後にもう一回、これから話すことはおそらくあなたを傷つける。しかもそれは深い傷になるかもしれない。それでも聞きたい?」


 すでに頭の中に迷いなど存在しない。今はただ藁にも縋るような思いだった。ここで回れ右をしてしまったら■■■はもう二度と振り返ることができないような、そんな気持ちが心を蝕む。


「……俺にはここに来るまでの記憶がありません。」


 ■■■に恐怖心がなかったわけではない。ゆっくりと、一歩一歩丁寧に、言葉を紡いでゆく。


「ええ、さっきミリアさんから聞いたわ。」


 ルナフレイヤは目線をそらすことはなかった。■■■の覚悟が決まり、視線を交わしあう。


「今の俺に必要なことは未来なんかよりも過去です。過去がなきゃどこにも進めなくなる。だから教えてください。俺の過去を。」


 ルナフレイヤが「わかったわ」とだけ短く返す。


「でも今のうちに言っておくけど私はあなたを助けただけ、残念だけど後はあなたのことなにも知らないわ。」


 ルナフレイヤは■■■に余計な期待を持たせぬようにあらかじめ切れる線を切ってくれた。


 ――優しいな……。


「じゃあ私が知ることを話すわ。あ、あとこれから私のことはルナって呼んで?それに口調も。私、堅苦しいのは苦手なの。」


 そう言って優しく微笑み、ルナは見たものを語りだした。



17時ごろに続き上がります。


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