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高嶺の花のあの子には、彼氏ができない理由があって……

作者:

「ねぇ南、実は昨日、吉永先輩にデート誘われたのっ」

教室の隅っこに南を引っ張って行って、七瀬がそう打ち明けた。


「えっ、ついに吉永先輩に!?」

吉永先輩といえば、この高校の生徒会副会長だ。容姿が精悍な感じな上に、勉強ができてトークも面白い。校内でも一二を争うモテっぷりだ。生徒会に入っている七瀬は、そんな吉永先輩に映画にさそわれたのだという。

「マジで!? アンタずっと吉永先輩には憧れてたもんねぇ! てかめちゃめちゃお似合いじゃん! いや正直、いままで七瀬に告ってくる奴らには、七瀬には釣り合わないんじゃないかなって思う奴も相当数いたのよねぇ。でも今回は推せる! 私応援する!」

「本当!? ありがとう! どうしようめっちゃ嬉しい」

七瀬はバラ色の頬に手を添えて悶えている。七瀬はモテる。顔つきは、可愛いのと美人の間という感じだ。とくに、キラキラした大きな瞳と、泣きぼくろが可愛いらしい。サラサラのロングヘアに、華奢な体型、色が白くて、どこからどうみても美少女だ。おまけに真面目で勉強もできる。それなのに全く気取ったところが無くて、誰にでも優しくて愛想が良いときているから、高校でも男女問わず人気がある。複数のファンクラブがあり、そのメンバーも男女比が半々だというから驚きだ。男子にとってはいわゆる高嶺の花のような存在のようだし、一部の女子の間でも、何故か「格好いい」と人気だ。もちろん南にとってはそんなことは関係なかった。彼女にとっては、七瀬は大好きな親友でしかなかった。しかしその七瀬に、なかなか彼氏ができない。誘いも絶えないのに、デートをすると何故かフラれてしまう。南にとっては理解しがたい現象だったが、今度こそ本命とデートだ。この機会を無駄にするわけにはいかない。

「そうと決まれば作戦会議よ!」

南は鼻息荒く目を輝かせた。

「作戦会議?」

「だって今回こそはうまくいって欲しいんだもん。事前に先輩とのデートをシミュレーションしておく必要があるわ」

「な、なるほど!」

「もうデートのプランは決まってるの?」

「うんっ。再来週の日曜日に映画観て、新しく出来たタルト専門店でお茶して帰るの」

「じゃあ今週末は私と映画デートよ!!」

「よろしくお願いします南先輩!」

「任せなさいって」

「七瀬ちゃん」

突然クラスの女子が会話に入って来た。

「なんか、一年の子が七瀬ちゃんに会いに来てるよ」

「えっ私?」

教室の出入り口で、一年生と思しき女子生徒がこちらを伺っている。七瀬は「ちょっと待ってて」と南に言い残して、パタパタとそちらに走って行った。

「あ、あの七瀬先輩。この前はありがとうございました。それであのっお礼がしたくて! これ、クッキー焼いたのでどうぞ!」

南は聞き耳を立てている。

「そんなこと気にしなくてよかったのに。当り前のことだよ。でもせっかくだからクッキーはいただこうかな」

「よかった……あと、連絡先教えてほしくて」

「いいよ」

一通り会話を終わらせて七瀬が戻ってきた。

「七瀬って……なんか女子にもモテるわよね」

「そう?」

「うん。なんか女子と話してるときはかっこよく見えるのよね……で、あの子は誰なの?」

「うーん。なんかこの前、電車の中で痴漢されてて、助けたみたいなんだよね、私」

「えっそうなの? ちょっとその話も詳しく聞かせて」

「まぁあんまり覚えて無いんだけどねぇ……」

七瀬は困ったように言った。



 二週間後の日曜日、南は駅前のバス停の影に隠れている。ここからだと、待ち合わせ場所にいる七瀬が良く見える。一週間前に、デートのシミュレーションは済ませている。七瀬は完璧だった。私服も可愛かったし、会話だって弾んだし、帰り道に寄ったカフェでは上品にケーキを食べた。心配なのは、観た映画が別のものだったという点と、入ったのが別のカフェだったというくらいだ。でも七瀬なら心配ないだろう。そうこうしていると向こうから吉永先輩がやってきた。洒落た感じのくすんだ水色のシャツと、セットアップのパンツを履いている。やっぱりイケメンだ。並んで歩き始める二人を尾行する。七瀬が送って来た目くばせに、南は力強いサムズアップで応じて見せた。

 映画が終わる時間に待ち伏せしていると、二人が並んで出てきた。そのまま例のタルト専門店までついていく。二人の背後四、五メートルのところを歩いていると、会話の内容は完全には聞き取れないが、楽しそうに会話しているのが分かる。吉永先輩がリードして、七瀬が相槌を打ち、盛んに可愛い笑い声を立てている。なかなかうまくいっているようだ。そのまま一緒にタルト店に入店した。

 その後小一時間お茶をしてから、二人は帰りの電車に乗り込んだ。最寄り駅で降り、並んで夕闇の中を歩いていく。どうみても似合いのカップルだ。二人の間の不自然な距離感がなんとももどかしい。南は観察をしながらも遅れをとらないように尾行を続けた。この道を曲がって少し行くと、七瀬の家に着く。その時だった。突然吉永先輩が立ち止まり、七瀬がそれに気が付いて振り返った。南も慌てて民家の影に身を潜める。すると吉永先輩は、急に七瀬の手首を掴んで引き寄せた。七瀬は電柱に背中を預ける形になった。二人は見つめ合っている。突然のロマンチックな展開に、南は胸を高鳴らせた。

(もしかして、キスとかしちゃう!?)

そう思った時だった。

「何触ってんだ」

突然、地を這うようなドスの効いた声が響き、南はキョロキョロした。誰かが割り込んできたのかと思ったのだ。

「気安く触ってんじゃねぇって言ってんだよこのクソガキがぁ」

しかし、その声は七瀬の口から発せられているように見える。ふと視線を上げると、鬼の様な形相で吉永先輩を睨みつけている。

「えっいやごめん。嫌だった?」

吉永先輩の困惑した声を、七瀬の声が打ち消した。

「だから触るんじゃねぇって言ってるだろうが!」

ゴシャァっと音がして、気が付くと吉永先輩は道路に伸びていた。一瞬の出来事だったが、南には七瀬が綺麗な背負い投げをキメたように見えた。ゴシゴシと目を擦るが、先輩はアスファルトの上で無様に怯えている。

「二度と触んじゃねぇ。分かったか」

「は、ハイイイイィ」

情けない悲鳴を上げて逃げていく先輩と入れ違うようにして、南は飛び出した。

「ちょ、七瀬どうしたの? アンタ柔道なんて……てか先輩に何かされたの!?」

「あ、南チャン、いやあいつが突然触って来てキスしようとしてきたから」

「南ちゃん……?」

「アッ南!」

普段の七瀬は南を呼び捨てする。何かがおかしい。その時、険しかった七瀬の表情が一変して、いつもの顔に戻った。

「ん!? 南? あれ、先輩は? さっきまで一緒に歩いてたのに、私……」

「いやアンタが投げたよね?」

「投げた!? どういうこと? えっ」

七瀬は訳が分からない様子でキョロキョロしている。どうやら本当に覚えていないようだ。

「七瀬、覚えて無いの? 急に『触るんじゃねぇ』って怒りだして、先輩のこと背負い投げしてたじゃん。めちゃくちゃ綺麗な背負い投げ!」

「せっ背負い投げ!? 私柔道なんてできないよぉ。えっそれで先輩は?」

「怯えて帰って行った」

「えっ帰っちゃったの!? どういうこと、私全然覚えて無い……」

「ねぇ七瀬、もしかして今までのも全部そうだったんじゃないの? 戸田君の時も、桜井君の時も、なんかおかしかったじゃない。二人で帰ったり、デートしたり、その後二人の態度がおかしくなったし、二人ともなんか怯えてたよね!?」

「バレたか」

「!?」

見ると、七瀬は口元を歪めて笑っていた。まるで別人のようだ。

「あんた……七瀬じゃないの!?」

「南チャンは勘が良いなぁ。バレちゃったか。俺は七瀬だけど七瀬じゃない」

「どういうこと」

じりっと後ずさりして距離を取ると、「怖がらないでくれ」と、相手が両の掌を見せてきた。

「俺は七瀬の父親だ」

「父親!?」

七瀬には父親はいない。子供の頃に病気で亡くなったと聞いている。

「怪しいと思うけど怖がらずに聞いてくれ。君も知っていると思うが、俺は七瀬が九つの時に死んでいる。しかし、やっぱり可愛い一人娘を置いて死ぬのに未練があったんだろうね。成仏できなかったんだ。以来こうして七瀬に憑いていて守っている」

「守ってる?」

「そうだ。だから、七瀬がピンチになったときなんかは、こうして俺が七瀬を乗っ取って、悪い奴をやっつけたりしてる訳だ」

「そう言えば……七瀬に聞いたことがある。無くなったパパは柔道家だったって……」

「その通りだ。今はこんな姿だけどね。腕にはまぁまぁ自信がある」

「でもだからって……」

突然南の中に、むくむくと怒りが沸き起こって来た。

「だからって、今まで娘が男子といい感じになったら邪魔してたの!? それはありえない。パパといえども覗きはダメですよぉ! 信じらんない!!」

「お、怒らないでくれよぉ」

七瀬の顔をしたおっさんは、ポリポリと頭を掻いた。

「だって、さっきだってあの男、七瀬に確認もせずに迫って来たから」

「七瀬は嫌がってなかったですよ! それはパパの勝手な判断でしょう!? このままじゃ七瀬は一生彼氏ができないじゃないですか。そんなの覗きだし、ただの過保護です!」

「だってぇ、娘が他のチャラチャラした男とチューしたりするの、パパ耐えられない!!」

七瀬の顔をしたおっさんは、ヒィンと情けない声を出して泣き始めた。全く面倒くさいおじさんだ。

「七瀬の顔だから耐えられるけど、おっさんだったら殴ってますからね?」

「うぅ、でも南チャンのそういうところ嫌いじゃない……いつも七瀬と仲良くしてくれてありがとう」

「もう気持ち悪いなぁ。大体パパにお礼を言われる筋合いて無いんですよ。私は七瀬が良い子だから仲良くしてるってだけで。……あっもしかして」

先日、クラスにやって来た女子生徒のことが目に浮かんだ。

「あなた、女の子の前ではいい格好してるんじゃないですか!? 痴漢された女の子助けたり、七瀬の顔で王子様みたいなセリフ言ってるんでしょう」

「バレた? 相手が可愛い女の子だったら俺も不快感がないっていうか、むしろちょっと気分いいし安心だし。正直、百合展開はありだと思ってる」

「何言ってんの!? 七瀬の体で第二の人生生きようとしてんじゃないわよこの変態が!!」

「イヤァ七瀬には言わないで!」

「言うに決まってるでしょうが!! 早く七瀬と変わりなさいよ。七瀬!!」

「ふぇっ、何どうしたの?」

目の前の人間から気持ち悪さが抜けて、もとの完璧な美少女に戻った。

「あのね、アンタ今時々記憶ないでしょ」

「ん? そう言えば今何の話してたっけ?」

「それね、死んだ柔道家の変態パパに体乗っ取られてるわよ」

「南チャンひどい! 変態扱いはやめて!」

「いやおっさんはすっこんでろよ!!」

「えっなんか今変な感じした! あとパパの声が聞こえた気が」

「それよ! 除霊しにいくわよ、今すぐ」

「いやぁヤメテ南チャン、お願い!!」

「だからおっさんはすっこんでろっつってんだろうが!!」




 一週間後、南と七瀬は下校の道を歩いていた。

「で、吉永先輩とはまたデートできることになったのね?」

「そうなの~。もう本当に良かった。パパのせいでもうダメかと思ったけど」

「パパは七瀬の事が心配でそれで……!」

「もう、会話に入って来ないでよパパ!」

七瀬はムッと頬を膨らませた。

「そうよ。今回は七瀬が優しいから除霊しなかったけど、今度妙な事したら、マジで霊媒師に突き出すから。あと、次のデートはあんた七瀬から離れて私と待機よ」

「ヒィン、南チャン厳しい。でもそういうところも嫌いじゃない……」

「だからいちいちキモいわねぇ!」

「パパ、南に迷惑かけたら許さないからね?」



 何だかんだ、七瀬の高校生活は上手くいき始めている。

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