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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。

【短編版】お腐れ令嬢、最推し殿下に腐バレしてしまったので切腹しようと思います。

作者: 風和ふわ
掲載日:2023/04/24

 冷静沈着、悪役顔、容姿端麗、無口、ミステリアス。

 ディア・ムーン・ヴィエルジュを表現する言葉を選ぶならば、それらが適しているだろう。

 「エーデルシュタイン王国第二王子の婚約者」と「国立エーデルシュタイン魔法学園の副生徒会長」。

 常人ならば耐え切れない重みをもつその二つの役職を彼女は無表情かつ完璧に今までこなしてみせてきた。


 そしてそれを見た周囲は彼女を、いつしかこう呼ぶようになった。冷えた夜空に浮かぶ孤独の才女──「月の女王」と。


「ディア。これは一体何なんだい?」


 ──しかし、完全無欠の人間などこの世にいるはずもなく。彼女だって危機に立たされる事はある。そう、今の状況のように。


 ディアの婚約者──クリス・サン・エーデルシュタインが困惑した面持ちでそう彼女に問いかける。国立エーデルシュタインの生徒会室にて、婚約者同士の二人の間に重々しい沈黙が佇んでいた。


 ディアとクリスに挟まれているテーブルには、使い古された分厚い手帳が一冊。これはディアが幼い頃から肌身離さず持っているものだ。

 ……そう、この手帳こそ今二人の空気を重くしている原因そのものである。


「ディア、もう一度聞くよ。これは一体何なんだい?」

「……手帳です」

「勿論それは僕も分かっている。重要なのはその中身だ」


 クリスの問いかけにディアはいつもの無表情で答える。だが、いつもより彼女の紅茶を飲むスピードが速い事から多少は動揺しているのかもしれないとクリスは推測していた。

 カップが空になればすぐにクリスの従者であるテルキスがおかわりを入れる。


 ──と、硬直状態の空気にもう我慢できないと、クリスが立ち上がった!


「ええい、もう誤魔化すのはよしてくれ、ディア! ちゃんと僕の質問に答えるまでじっくりと話し合ってもらうからね! 僕が君に聞きたいのは──ど、どうして君の手帳に──ぼ、ぼぼ僕と兄上によく似た男性二人が、せ、せせっ()()()()()()()()が描かれているのか、ということだっ!」


 純粋なクリスの頬がたちまちトマトのように真っ赤に染まる。ディアはそんなクリスに眉をきつく顰め、必死に唇を噛み締めた。それはもう血が出るくらいに強く。

 それを見たクリスは途端にしょんぼりと肩を落とし、ため息と共に再度椅子に腰かける。


「やはり君は何も言ってくれないんだね。それにいつもみたいに僕の前でだけそのような不快そうな顔をする。きっと君は僕の事が嫌いなんだろう。優秀な兄上と違って、何も取り柄のない僕の婚約者になったことを恨んでいるんだろうね」

「…………」


 クリスの言葉に対して、ディアは何も言わない。むしろ今までよりも強く唇を噛み締めていた。ダラダラと彼女の顎に血が滴っている。

 クリスは慌てて彼女の傍に寄り、その口元にハンカチを押し当てた。


「ディア! もう唇を噛むのは止めるんだ! 血がこんなに……」

「…………!」


 ふと、クリスはまん丸と見開かれたディアの瞳をじっくり見つめる。

 思い返せば、婚約者だというのに彼女とここまで接近したことは久しぶりであるような気がした。

 幼い頃の彼女との関係はそこまで悪くなかったはずだ。むしろ貴族特有の政略結婚にしては仲が良かった方だろう。幼いディアはニコニコ微笑んでいつもクリスの傍にいてくれた。


 ……しかし現状はどうだ。ディアは変わってしまった。

 花のように愛らしかったその顔から突然笑みが消えたのだ。特にクリスと二人きりの時のディアの顔は目が濁っており、生気がない。

 彼女の無表情は学園でも有名であり、娯楽小説にて主人公を虐げる役回りをする「悪役令嬢」のようだと例える生徒もいる。終いには実際にディアに「理不尽に虐げられている」と勘違いをした女生徒がクリスに告げ口をしてくる始末なのだ。


 クリスにはディアの心が何も分からなかった。だからこそ彼女が大事にしている手帳を読めば、少しでも彼女に近づけると考えたのだ。しかし結果としてその手帳は余計に彼女の真意を闇で覆う……。


 ──しかし、今日ここでクリスは全てをはっきりさせるつもりだった。


「……そろそろ、例のものが効き始める頃でしょうか」


 ずっと沈黙していたテルキスが不意にそう口にする。何のことだか分からないディアがピクリと揺れた。クリスは罪悪感を覚えながらも、そんなディアの両肩を掴む。


「すまない、ディア。今日の僕は本気だ。本気で君を理解したいんだ」

「?」

「はっきり聞くよディア、君は僕の事をどう思っているんだい? 君は僕の事が嫌いなのか? この手帳はもしかして、憎い僕への鬱憤を晴らすものじゃないのかい?」


 クリスの質問に勿論ディアは答えない。

 ……しかし、今回は違った。どういうわけかディアの口が勝手に動き始めたのだ。


 ──そう、実は今、ディアが飲んでいた紅茶には本音薬(フォルトゥス)という非常に希少な魔法薬が含まれていた。クリスが国王に頼み込んでどうにか手に入れた代物である。

 頑なに口を開こうとしないディアの本音を覗くため、クリスは今日このような強引な手段に乗り出したのだ。


 ディアの口が開く。ようやく彼女の本音が聞ける。クリスは胸を弾ませながら、彼女の言葉を待った。

 しかし待ち望んだそれは──クリスの予想の斜め上に飛んでいくような──


「──か、」

「か?」

「か、かかかか、かか、か──()()()()んじゃぁあああああああああああ!!」


 クリスはポカンとした。


「あまりにも顔が良すぎるからあんまり近づかないでくださいませ、殿下! あ、あああっ、貴方は突然推しに顔を近づけられたオタクの気持ちを考えたことあるんですの!? 貴方の行動一つ一つが私にとってはありがたーい“供給”になりえるのですからもっと自覚してくださいまし!! 顔の、良さを、自覚しろぉっ!! 今まで何年もその顔の良さに、推しからの供給に、唇を犠牲にしてまで顔がにやけてしまうのを我慢した私の苦労を労わってほしいですわ……!! おかげで無表情(ポーカーフェイス)だけはこの世の誰にも負けない境地にまで至りましたけど!」

「でぃ、ディア……?」

「そ、し、て! 殿下が私に突き付けてきたその手帳の件ですが──あれはジェイクルという私の生き甲斐なのです!! 同人即売会も通販も商業BLコーナーもないこの世界で俺様天才イケメンのジェイ(※クリスの兄のジェイド──に似せて作ったオリジナルキャラクター)×子犬系努力家イケメンのクルス(クリス──に似せて作った以下略)という推しCPを摂取するには自分で作るしかないという悲しき運命……! 人の目を忍んで今まで必死に書き溜めていた私の血と汗と萌えの結晶なのです!! 殿下によく似たキャラクターでBL妄想をしてしまったことは謝罪いたします! もう絶対に描きません! だから、どうか、どうかお願いします!! それを返してくださいませぇぇええええびえええええええええええええ!!」


 そうしてディアはクリスに泣き縋った。涙と鼻水が散らかった彼女の必死な顔にテルキスはドン引きしている。クリスもここまで感情の昂ったディアを見たのは生まれて初めてだった。


 そう。彼女──ディア・ムーン・ヴィエルジュはただの令嬢ではなかったのだ。

 男性と男性との恋愛。所謂ボーイズラブ、特に「俺様系イケメン×ワンコ系イケメン」を前世からこよなく愛する腐女子。それが本当の彼女の姿だったのである──。




***




 ディア・ムーン・ヴィエルジュは前世の記憶がある。「日本」という国で「オタク」だった記憶が。

 彼女はその余りある愛を形にするべく、三日徹夜で同人誌の執筆に当てたところ──過労で死亡した。

 そして彼女は「アニメ」も「ゲーム」も「同人誌」もないこの世に生を受け、誰にも知られる事なく「オタ活」をすると強く誓ったのだった。


 ──そう、誓ったはずだったのに。


「も、もう死ぬしかありませんわ!! ぐすっ……」


 あの後。本音薬の効果が切れたディアは全速力で走りだし、女子寮の自室に閉じこもった。

 ここならばここならばクリスが来る心配もないし、思いきり感情を吐露することができるからだ。


 ディアにとってオタ活とは、推し本人や公式に迷惑のかからない形でやるべきだと思っている。

 故に、今回の自身の自白は彼女にとって一生の不覚であったのだ。


(お、オタ活という生き甲斐を失ってしまっては私は生きていけないわ! 最推し(クリス様)にも気持ち悪い想いをさせてしまったし……せ、切腹しかありませんわ!! 今すぐ氷魔法で刃を作って、腹を切りましょう……)


 ──と、そんな物騒なことをディアが考えていると、部屋のドアがノックされる。


「ディア? いるかい?」

「っ!? この声は……クリス様!? どうしてここに!? ここは女子寮のはず!」

「先生に事情を話して許可をいただいたんだ。安心して、僕が強引にこの部屋に入る事はないよ。このまま話を聞いてほしい」


 ディアは恐る恐るドアに近寄る。ドア越しだというのに、どういうわけか、クリスがこちらを見ているような気がした。


「先ほどは悪かった。君を強引に暴くような事をして。でも、どうしても知りたかったんだ、君のこと。婚約者として僕は君の事を全然知らないから」

「…………っ、」


 クリスの真剣な言葉にディアはやはり唇を噛み締める。

 胸をぎゅっと抑えて、「てぇてぇ」と変な鳴き声が出た。


(──ダメ。こんなところで、萌えてしまう自分が憎い……!! たった今、禁忌を犯してしまったばかりだというのに!! その気になれば簡単にこの部屋に入る事ができるのにそうはせず、真剣に私なんかのくさったゴミの話を聞こうとしてくれる最推しが……王太子でありながら私なんかに謝罪する推しが……解釈一致すぎて鳴き声が漏れてしまう! 今までわざと避けていたのは私の方だというのに……っ)


 ……と、そこで、クリスの声が若干沈む。


「ディア。やはり君は僕の事が嫌いなんだろう? 憎んで、いるんだろう?」


 ディアの目が丸くなった。頭の中で「?」のマークが無数に浮かぶ。


「君は、きっと僕のような落ちこぼれよりジェイド兄さんのような優秀な男性の婚約者でありたかったんだろう。だから、僕を辱めるような絵を、描いたんだろう……」


 ──何を。


「いいんだ。僕は怒っていない。むしろ君のような素敵な女性が今まで僕の婚約者であったことが嬉しいくらいなんだ。無理はしなくていい。今からでも遅くないのならば、婚約破棄……しても、いいから……」


 ──何を、言っていますの? クリス様は……!


 ディアはぐっと拳を握り締めた。その手には血管がはっきり浮かんでいる。

 そしてわなわなと震えると──目の前のドアノブを握りつぶす勢いで掴んだ。その表情は、鬼のごとしである。


(オタクには、絶対に許せない時がありますのよ……!)


 ドアが開く。その瞬間、ディアはクリスの両手を掴んで、その瞳を真っ直ぐ打ち抜いた。

 強い怒りの籠ったディアの瞳にクリスは戸惑う。


(それは──自分の愛してやまない最推しが、馬鹿にされた時ですわ──!!)


「でぃ、ディア?」

「私がっ!! ……私が、あの絵を描いたのは、クリス様を愛しているからです!! 心の底から愛していて、だからこそ色んな角度からクリス様を愛でたくなって、あんな絵を……! クリス様は私の生きがいなのです! だから、そのクリス様を貶める言葉はご自身であっても許せませんわ!! いかに貴方が私にとって尊いお方なのかお伝えする必要があるようですわね!!」


 そこでディアは、ペンと手帳を取り出した。目にも止まらぬ速さで様々な表情、年齢のクリスを描いていく。その絵を指しながらディアは早口で語った。自分がいかにクリスを愛しているのかを。

 これはディアが前世で培った“技術”である。


 その名を──【オタク奥義 止まることのない布教(エンドレス・プレゼン)】。


 自分が推しているコンテンツを周囲に布教する際に使う技だ。強く推しすぎると逆に敬遠されてしまう可能性があるため、加減が非常に難しい。また、ゆっくり話した方が相手にも内容が伝わりやすいというのに、愛が止まらずに早口になってしまうのが特徴である。

 これの上級技に【オタク奥義 ようこそ沼へ(イン・スワンプ)】というものがあり、それは布教と同時にDVDや漫画、ゲームを直接相手に渡して、強制的に()()()()()恐ろしい技である。


 いつもはほんわかと疲労も苦労も悟らせないというのに、その陰では人並みならぬ努力を重ねていること。

 兄へのコンプレックスを抱えながらも、そんな兄本人を妬むことなく尊敬していること。

 周囲の大人達の勝手な陰口に気づいていながらも、それを恨んだりせずに受け入れた上で──その大人達をも国民だからと守ろうとしていること。

 ……挙句は初めてクリスがお漏らしをした時や一人で転んでディアに泣きついてきた時の事まで、それはもう隅々と。


 幼い頃から婚約者だったディアだからこそ知りえるクリスの魅力を惜しげもなく、唾を散らして三時間は語った。

 そう、この技の名前の所以は語るに集中しすぎて、時間をわすれてしまう事からきている。故に──


「も、もう、いいよぉ……っ」


 ぐすっぐすっと顔を真っ赤にして半泣きのクリスが、気づけばディアの目の前にいた。

 推しの泣き顔、ドチャシコビッグバン。そんな言葉がディアの中で爆発したのは言うまでもない。

 クリスは慌てて涙をハンカチで拭く。しかしその真っ赤な顔は収まる様子がないようだ。彼の人生の中でこんなに誰かに褒められることは初めてだったのだろう。


「こ、この手帳が、ぐすっ、君にとって僕への愛だって事は分かったからぁ……。こ、これからも僕以外の人間に迷惑をかけないのならば、この趣味を続けていい。だ、だから……これからは僕の事を避けずにちゃんと二人の時間を作ってほしい。お願いだよ、ディア……」

「はうわっ!?!?!?」


 くーん、くーん。ディアの脳内にこちらに申し訳なさそうにおねだりしながら上目遣いをしてくるコーギーの姿がはっきり見えた。


「ディア? あれ……ディア? 顔が真っ青だぞ!? テルキス、テルキスーッッ!! 助けてくれ!! ディアが、ディアが今にも死にそうな顔をして……!!」

「クリス様、覚えておいてください……。オタクとは、推しの動作一つで、死ぬんです、のよ……。推しのウインク一つで一コマ一コマをスクリーンショットして、狂い踊ることもある……ので……す……がくッ」

「!? ディアの心臓が、止まった……!? でぃああああああああああああああああああああああああああああああ!! 死ぬなぁああああああああああああああああああああああああああ!!」


 その日、ディアは一時期瀕死状態になったものの(※ちなみにこれは【オタク奥義 心臓穿つ推しからの雷デス・ハート・ライトニング】というオタクが推しからの供給により感情の許容範囲を超えて仮死状態になる技である)──なんとか公式に(?)認定されたことで無事にオタ活を続ける事ができるようになったのである。



終わり(?)

お腐れ令嬢をお読みくださってありがとうございます。もし気に入ってくだされば、評価・ブックマークをくださると作者の励みになります。


-------以下、宣伝です。苦手な方は無視してください-------

実はこちら、ただいま連載中の「お腐れ令嬢は最推し殿下愛されルートを発掘するようです~皆様、私ではなくて最推し殿下を溺愛してください~」の没案でございます。お蔵入りするのも勿体ないので公開しました。この短編とはまた違ったディアとクリスの物語も読んでくだされば、とても嬉しいです。


https://ncode.syosetu.com/n8453ie/

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